「真実ほど見えない」落下の解剖学 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
真実ほど見えない
2023年のカンヌ国際映画祭パルムドール受賞作。
カンヌのパルムドール受賞作って、アカデミーの作品賞より時々合わない。一昨年のゲロクソ映画『逆転のトライアングル』なんて何であんなに評価高いの…?? マジ分からん。
しかし今回は…
フランス雪山の人里離れた山荘。
一人の男が不可解な転落死。
発見者は、11歳の視覚障害の息子。
容疑者は、男の妻。
裁判が開かれる。疑惑と嘘が入り交じる中、明かされていく真実。夫婦の関係…。
事件の経緯はこうだ。
その日、妻サンドラは取材を受けていた。サンドラはベストセラー作家。
ところが、夫サミュエルの部屋から大音量の音楽。集中出来ず、取材は中止。
サンドラは仮眠の前に少し仕事を。夫が大音量で音楽を流すのは日常茶飯事で、耳栓すれば支障は無い。
その時、夫婦の間で話が。言い争いか、喧嘩か…?
程なくして、飼い犬スヌープと外に出ていた息子ダニエルが、物置の近くに倒れていた父親を発見する。
状況から、山荘のバルコニーから転落した模様。事故か、自殺か、それとも…?
事件には幾つもの疑惑と嘘が。
転落死した夫だが、致命傷となったのは、頭部の強い殴打。
物置の血痕。ただ転落して付いたようなものじゃなく、突き落とされてその際付いた状況が濃厚。
犬と外に出ていたダニエル。両親の言い合いが始まると、いつも外に出ていたという。
その日の言い合いを外で聞いたと始めは供述。その後一転して、勘違いで家の中で聞いたと。
夫婦は日頃から言い合っていた…?
サンドラの供述も信憑性が…。
一見、良妻賢母。知的。
その一方、底知れぬものも…。
腕の痣についてキッチンでぶつけたと言うが、本当は…。
不倫していた事やその人数も偽っていた。
裁判でマイナスのイメージが付くからと弁解するが…。
元々ロンドンで暮らしていた家族。夫の故郷であるフランスに戻ってきたのは最近。(ちなみにサンドラはドイツ人)
教師であった夫。山荘を改装し、宿泊もやる事で借金を返そうとしていたが、上手く行かず…。
精神科医に通い、薬も飲んでいた夫。借金が理由ではなく、その前から。
ダニエルの失明。ある事故で…。夫が原因。サンドラはそれを責め…。
薬の服用を始め、自殺未遂も…。夫を責める事を止めたサンドラ。
だから今回も自殺したと主張するサンドラ。しかし以前の自殺未遂の事を急に思い出したように言う。
ダニエルの事故があった時、夫は苦悩。サンドラは…。不倫。相手は男ではなく、女性。バイセクシャルであった。
事件当日も、サンドラを取材していたのは若い女性。サンドラは少しお酒を飲みながら。
いい雰囲気。仕事も順調。それは俺への当て付けか…?
裁判中もサンドラはダニエルに心配かけまいと、パパを愛していたと言うが…。
夫のUSBメモリーから事件前日の修羅場の音声が…。
サンドラの為にずっと譲歩してきたと言う夫。仕事も、ダニエルの世話も。
サンドラも反論。
夫は教師の傍ら、執筆も。行き詰まり、書くのを止めた。
そのアイデアをサンドラが貰い、小説を出した所、ベストセラーに。
サンドラは一部のアイデアは了承の上貰い、ほとんど自分のオリジナルと言うが、端から見れば…。特に夫からすれば…。
本の内容も少々問題。自伝を兼ねた内容。息子の事故、夫婦の修羅場。夫へ殺害意欲を思わせる描写も…。
日常の音や会話をよく隠し録りしていた夫。わざと妻を挑発していたようにも…。
疑惑と嘘。憶測と真実。
いずれも確かのようであり、偽りのようでもあり…。
どれもが紙一重。『羅生門』の如く、分からなくなってくる。
そんな時、ダニエルがもう一度証言を。何を話そうとするのか…?
ジュスティーヌ・トリエの緻密な演出と夫アルチュール・アラリとの共同オリジナル脚本は、非常に見るものを引き込む。
第一発見者を視覚障害者にした事、回想シーンでも最も重要な点を敢えて見せない。真実は見えない、もしくは見えにくい。それを大胆にも活写。見る側を惑わし、意欲的な挑戦にも感じた。
初めて知ったのは、2017年日本公開の『ありがとう、トニ・エルドマン』。その時も印象的だったが、本作に於けるザンドラ・ヒュラーは圧巻。普段は物静かで知的だが、あるシーンでの爆発的な感情。女として、妻として、これが本当の顔なのか…? 昨年のカンヌではもう一本の出演作『関心領域』も絶賛され、まさしく“ザンドラ・イヤー”であった。
旧知の弁護士、対する検事も好助演するが、とりわけダニエル役のミロ・マシャド・グラネールくん。視覚障害の第一発見者、作品に於いても事件に於いてもキー。複雑難しい役所を素晴らしく演じ切った。
カンヌでは“パルム・ドッグ”も。あのワンちゃんも好助演。でもお願いだから、ワンちゃんで実験しないで~!
“落下の解剖学”というタイトルから、もっと“ガリレオ”的な科学的ミステリーと解明を期待した人もいるかもしれない。
作品の主軸は事件のサスペンスや犯人より、その背後にある秘密。
超冷めた言い方をすれば、夫婦喧嘩の裁判。それを2時間半延々見せられるだけ。日本のことわざにあるじゃないか。夫婦喧嘩は…云々って。決して夫婦で見てはダメ。家族やカップルでも。
退屈、中身ナシ…。否定派の意見も分からなくはない。私だって『逆転のトライアングル』はダメダメ派なのだから。
しかし個人的に裁判劇が好みという事もあり、見応えあった。カンヌ・パルムドール受賞作としては『パラサイト』以来の当たり。
ラストも尾を引く。
判決が下された。
本当にそれが正しかったのか…?
サンドラもダニエルも本当に真実を語っていたのか…?
ふと、思ってしまう。
何処か晴れない。心に影を落とした母と息子の今後…。何だか映画版『白い巨塔』の最後が頭を過った。
夫婦の関係。家族の関係。子供から親への思い。親から子供への思い。…
真実はいつも一つ!…と何処ぞの名探偵は言うけれど、時に真実ほど見えない。
ザンドラ・ヒュラー、圧倒されました…
あとやはりワンコ、事前に「犬は無事」と聞いてなければ見られなかったかもしれません💦「真実」とは?と考えこまずにはいられない作品でした。
ワンちゃんで実験しないで〜
と、私も思いました。
カワイソウすぎ😢
でもダニエルがそこまでする理由を考えてみたら、あの生活環境と状況、障害があるなかでその様子を実際に理解することが母を助けることにつながったのでしょうね。
あーしかし、カワイソウ。