「複雑なものを複雑なまま丁寧に描く映画」落下の解剖学 バーネットさんの映画レビュー(感想・評価)
複雑なものを複雑なまま丁寧に描く映画
ファクトというのがいかに曖昧かというのは羅城門を彷彿とさせ、言葉とコミュニケーションが夫婦の軋轢になるのは、ドライブマイカーと似ている。
他国が舞台だが、人間の描写がとてもリアリティーがある。たぶん、それぞれの人間が法廷では真実を語っているのに、完全には信用ができない。しかし、演技の迫真さにより、それぞれの感情はスクリーンを通じて伝わってきて、それぞれの立場に感情移入はできる。だけど、完全に信じることもできない。見ているものに複雑な気持ちを常に突きつける。
すっきりしないもやもやは2時間半続く。証言を裏付けるものはとても曖昧で、証言そのものが発言者の立場や気持ちにより、バイアスがある。よく考えたら当たり前の話なんだけれど、緻密な脚本と演出により、胡散臭さく人間臭い人たちのまるで人狼ゲームのように虚偽を言っているのではないかと見ている側は感じてしまう。
いちおうの結末は決してワーストな結末ではないが、ベターなものでもなく、ハッピーなものでもない。真実はなんであれ、悲しみを感じる結末だ。
こんなカタルシスもミステリーが解決するともなく、正義に酔えるものでもない、ただ不安定な気持ちを鑑賞後に突きつける作品は珍しく貴重だ。
夫婦のコミュニケーションをテーマにしたドライブマイカーの方が救いがある。
夫婦はお互い母国語で会話するとも出来ずに、自分は我慢していて、お互いの犠牲になっていると感じていて、家庭のために生きていて、相手を思い遣ってると思っているが、それが苦しみや歪みを産んでいる。傍目からみたらうまく行っている家庭もこのような苦しみがあるのかもしれない。言葉さえお互い不自由なく使えたら問題は解決するのかと言えばそうでもない。
しかし、不幸な家族なわけでもなく、ありふれた家庭に起こりうるミスコミュニケーション。
全くすっきりしない。何も解決しない。だけど、2時間半の長丁場を飽きさせることなく見せれる映画。人を選ぶだろうが、見て良かったと思える映画だった。