「心地の良いモヤモヤ感」落下の解剖学 といぼ:レビューが長い人さんの映画レビュー(感想・評価)
心地の良いモヤモヤ感
「犯人はお前だ!」とか「これが真実だ!」みたいな結末のしっかりしたミステリーが好きな人には、もしかしたら刺さらないかもしれない。最初に抱いたモヤモヤ感は観進めるにつれて増幅し、結局最後まで観ても全く解消されない。そして観終わった後も残り続ける後味の悪さ。これは間違いなく観る人を選ぶ作品ですね。
私個人の感想としては、「冗長で退屈に感じる場面も多かったけど、最終的には面白かった」という感じ。大絶賛しているレビュアーさんの気持ちも、批判しているレビュアーさんの気持ちも両方理解できます。
決してエンタメ映画ではないのでデートムービーや家族で観る映画としては不適当だと思います。しかし、映画好きが一人で鑑賞後に色んな人のレビューを読み漁って、「こんな解釈もあるのか」と楽しむには最高の映画だと思いますね。
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人気小説家として活躍するサンドラ(ザンドラ・ヒュラー)は、夫と息子と共にフランスの片田舎にある山荘に住んでいた。一見幸せそうな家族だったが、ある日夫が家の目の前で死亡しているのが発見された。現場に居合わせたのは、視覚障害を持つ息子のダニエル(ミロ・マシャド・グラネール)だけ。窓から転落死したと思われていた彼の遺体や現場の状況にはいくつか不自然な点があり、検察は妻のサンドラに疑いの目を向けることになる。彼女は起訴されて裁判にかけられることになるが、その裁判の中で夫婦間の様々な問題が浮き彫りになっていく。
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本作の最大の特徴は、最後まで観ても結論が分からないことです。
そして本作最大の魅力も、最後まで観ても結論が分からないことです。
私は本作を観て、𠮷田恵輔監督の名作『空白』を思い出しました。万引きをした女子高生を捕まえたスーパーの店長。女子高生が逃走し、それを追いかけている途中で、女子高生が車に轢かれて絶命してしまう。本当に彼女は万引きをしたのか、果たして自分のやったことが正しかったのか。誰も分からないまま、事件の関係者が悩み苦しむという内容の映画です。事件の当事者である人たちでさえ、事件の真相については何も分からないまま物語が進むのに、テレビのコメンテーターや世論は聞きかじった程度の知識で事件の真相を決めつけ、女子高生やスーパーの店長を糾弾し、中には実際に嫌がらせなどを行う過激な者も現れる。これが『空白』の大まかなストーリーです。
本作『落下の解剖学』もまた、事件当事者であるはずのダニエルは真相が分からないまま物語が進むのに、テレビのコメンテーターが「自殺よりも殺人だった方が面白い」と無責任な発言をする。外野の人間ほど、まるで真相を知っているかのように事件を語る。これが本当に印象的でした。
「これは 事故か、自殺か、殺人か―――。」というポスターのキャッチコピーを見ると、てっきり夫の死の真相を探る女性の話かと思ってしまいますが、この映画は最後まで真相は分からないまま進みます。最終的には裁判でサンドラの無罪判決が出ますが、検察側が裁判で話していたように、いくつかサンドラの言動には不自然な点があることは否めません。この映画ではサンドラは所謂「信頼できない語り手」というポジションにおり、観客は完全な傍観者として、確証の薄い証拠と当事者の主観的な証言のみを根拠に、事件の概要を推測することになります。
監督のジュスティーヌ・トリエ氏はインタビューで「この映画に回想シーンは一つもない」と語っています。裁判中にこっそり録音していた音声を聴くシーンで、夫婦喧嘩のシーンが描写されていましたが、あれも回想ではなく録音を聴いた傍聴人が空想したシーンでしかないみたいです。
誰も決定的な証拠を持たない状態で迎えた最後の裁判シーン。最後の最後に、ダニエルが重要な証言を行い、それが決定打となってサンドラは無罪を勝ち取ります。これはこの映画の肝となる素晴らしいシーンで、ダニエルが父を殺したかもしれない母親と共に生きる覚悟をしたという、幼い子供に強いるのはあまりに厳しい判断です。
ラストに飼い犬がサンドラの傍に来て寛ぐというシーンも意味深でしたね。人間より鼻も耳も効く彼は、もしかしたら事件の真相を「知っていた」のかもしれませんし、アスピリンを自分に飲ませたダニエルではなくサンドラを「選んだ」のかもしれない。しかしこれも根拠の薄い妄想にしかすぎません。
この映画を観た方とぜひ語り合いたくなる映画です。難解なところや退屈に感じるシーンがあるのは否めませんが、それでも観る価値のある作品だと思います。オススメです。
まさかの共感ありがとうございました(笑)
内容に触れてすらいないレビューだったのにすみませんです。
「空白」は僕も観ましたがとてつもない傑作と思いました。
あのモヤモヤ感はものすごく味わい深くて楽しめたのですが、
今回は自分でびっくりするほど受け入れ難かったんです。
なぜこんなにも入って来なかったのか、自分でもその理由が
よく分からないんですよね。
まあそれであんなレビューになってしまったわけです。
ところでといぼさんのレビュー、素晴らしいです。
観る側の立ち位置というか視点というか、主観的でありつつ
客観的にも書いて下さるのでとても参考になります。
今後もぜひ拝見させて下さい。