劇場公開日 2024年2月23日

「これがアカデミー賞ならなんの文句もございません」落下の解剖学 グレシャムの法則さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0これがアカデミー賞ならなんの文句もございません

2024年2月24日
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鑑賞方法:映画館

こんなに色々な観点から書きたくなる映画は久し振りです。もしかしたら、あの『女王陛下のお気に入り』以来かも。
死んだ夫、疑いをかけられた妻、ダニエル‼️
その3人はもちろんのこと、弁護士も検事もダニエルの付き添い人も、どの登場人物についても、それぞれについて自分だったら何を思い、どう振る舞うか。目まぐるしく考えながらスクリーンに釘付けとなります。

などと言いながら、まずは夫婦喧嘩について。
相手のいうことに気持ち的に納得なんかできなくても、一応論点が共有できていたのはさすがに頭のいい人同士という感じ。子どもの受験や進路の話をしてるのに、なぜか相手の人格攻撃になってる、みたいな喧嘩よりは余程マシでした。

夫(男)のプライドの崩壊や才能ある妻への嫉妬。それだけでもしんどいのに息子の事故についての取り返しのつかない後悔の念。肯定でも否定でもなく、ただ、人ごとではないやるせなさが分かるだけに辛い。

作家にとって最大の武器である表現力。それを母国語のドイツ語ではなく、英語(たぶん作品は英語で発表)やフランス語(法廷や日常生活)でしなければならないストレス。最近の日本語で言うならば、たとえば『ヤバくね?』という言葉のニュアンスをその使われる文脈ごとに使い分けて伝えるのは、TOEIC800点の人だって、英語圏の人に上手く出来るとは思えません。

妻は自己表現におけるそんな根源的なストレスを抱えたまま、仕事や家庭生活を送っている。そう思うと彼女の抱えている不安や不満、人間関係におけるもどかしさからくる苛立ちの感情も、決して肯定はできないけれど、仕方ないとも思うのです。

ダニエル君。君はなんて理性的で勇気があって健気なんだ❗️
参審員だって人の子、自分の記憶という曖昧なものに誠実な態度で向き合う君に対しての信憑は高まるのが当然です。

人間というのは不思議なもので、いざという時には、経験で学んできたさまざまな事象から導かれる、合理的でかつ熟慮を重ねた判断よりも、その時の感情や直感による判断を優先してしまうことがよくある。つまり、自然界において人間は極めて非合理的なことをしでかす厄介者。

裁判において被告の言動は、常に『合理的に考えれば、こういうことになるではないか』と検察から責められる。
本人にとっては必然に思えても、他人から見れば非合理的にしか見えないような言動は、往々にして本人も言葉では説明できないことが大半。
だから、警察や検察から強要された自白は合理的に見えさえすれば通ってしまう。

人間の非合理性とそれにより引き起こされる不可解な営みを描くのが小説や映画なのだと思うし、この映画はまさにそれを描いていたように受け取りました。

グレシャムの法則
ぷにゃぷにゃさんのコメント
2024年3月21日

コメントありがとうございます。
そうなんです。
スヌープ(本名メッシ)は、アカデミー受賞式にいたらしいです。
カンヌでもパルムドッグ賞をもらったそうですよ。
そんな賞があったのを、初めて知りました。

ぷにゃぷにゃ
コステロさんのコメント
2024年3月3日

解剖されたのは、死体ではなく、隠された家族関係でしたね。

コステロ
グレシャムの法則さんのコメント
2024年3月3日

コステロさん、コメントありがとうございます。
TOEIC955点なんて私からしたら、ほぼネイティブじゃないですか!と言いたくなるほど凄いです。
それでもやはり母国語との違いは大きいですよね。
翻訳にも力を入れている村上春樹さんも、たぶんそのへんが分かるから、いい作品をなるべく日本語で届けたい、と思ってくれているのだと、私は思ってます。

グレシャムの法則
コステロさんのコメント
2024年3月3日

TOIEC955点ですが、英語の細かなニュアンスは分からないことが、多いです。英語、フランス語が公用語のカナダケベック州で日本人が外国人と結婚生活を送るような感じですかね。そこで刑事裁判の被告となったと考えたら、主人公のストレスは想像できます。

コステロ
ニコさんのコメント
2024年2月27日

コメントありがとうございます。
「人間の非合理性とそれにより引き起こされる不可解な営み」おっしゃるとおりで、フィクションで浮かび上がるそういった人間の在り方の真実を目の当たりにできるのが、物語の醍醐味のひとつですよね。

アカデミー賞の脚本賞、現時点で日本公開されているのは本作と「マエストロ」だけで残り3作未鑑賞の状態ではありますが、少なくとも脚本賞は取ってほしいな! そう思うくらい、人間の複雑さをありのまま描けている作品だと思いました。

ニコ
グレシャムの法則さんのコメント
2024年2月26日

美紅さん、共感とコメントありがとうございます。
それにしても、あの夫婦喧嘩は私の経験も含めて、リアル過ぎて背筋が寒くなりました。そこだけ見ると、間違いなくホラーでした。

グレシャムの法則
グレシャムの法則さんのコメント
2024年2月25日

美紅さん、コメントありがとうございます。映画はただ感じればいいと思います。
レビューすることに義務感を持つ必要はまったくないので、気楽に過ごしましょう。

グレシャムの法則
NOBUさんのコメント
2024年2月25日

今からコヴェナントを観ます。楽しみだなあ。では。

NOBU
NOBUさんのコメント
2024年2月25日

おはようございます。
 今作、オスカー候補なんですか?
 面白かったですもんね。
 私は、妻の人間的な不寛容と罪の意識、夫の後悔と罪の意識がぶつかってしまった結果だと勝手に思いました。では。

NOBU
かばこさんのコメント
2024年2月24日

こんにちは
夫は息子を障害者にした罪悪感(不甲斐ない自分にも罪悪感か)、妻は不倫した罪悪感、息子は自分のせいで両親を苦しめている罪悪感、3人共罪悪感があるようですが、このなかで一番罪悪感が軽いのが妻。開き直って堂々と申し開きしますね。「月」の主人公もそうだったけど、成功する物書きは、自身の感情にどっぷり浸ってしまうのではなく、一歩引いてその感情を眺めて、読者にウケるように脳内で再構成するような、どこか人でなし的なところがあるのかもと思いました。

かばこ
2024年2月24日

言語に関して妻の気持ちがとてもよくわかる気がしました。
今までいっぱいありましたよね。同じ職業(アート)なのに妻が狂ったり、実は妻が作成なりして夫はそれで有名になるとか。同業者で妻が最初に何らかの受賞をしてその後に夫が受賞して妻はほっとして胸をなで下ろすとか。信じられない構図。面倒くさいなあ、男の人って、と思います。が、これから柔軟な世代が育ちつつあると信じたい

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