劇場公開日 2024年5月24日

「恐怖を封じ込めたような、おそろしい映画」関心領域 pekeさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0恐怖を封じ込めたような、おそろしい映画

2024年6月29日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

こわい。恐怖を封じ込めたような、おそろしい映画です。
そこに封じ込められた恐怖は、ふさいでもふさいでも、じわじわと我々のこころの中に侵入してくるのだった。

とくにオープニングとエンディングでは、ぼくが昔カンボジア、プノンペンのトゥールスレン収容所跡やキリングフィールドを訪れたときの感覚がよみがえってきました。トゥールスレン収容所跡では、ポルポトによって虐殺された無辜の民の怨念のようなものが壁一面に染み付いているような気がした。そこには、なんともいえない不気味で生々しい陰惨な空気が漂っていた。霊感の強い人なら、心身に変調をきたすんじゃないかと思うほどでした。また、キリングフィールドの施設内には、殺害された人々の頭骨が積み重ねられ、彼ら・彼女たちが生前着用していた衣服や眼鏡などが多数展示されていました。ぼくは山積みにされた頭骨よりも、それらの遺品のほうに強いリアリティーを感じ、恐怖したのでした。

そう、そのような恐怖を生むのは、まさに人間の想像力なんですね。人間は想像する生き物だから。
本作も、そういった人間の「想像力」を最大限に、巧みに利用して作っているなと感じました。

塀の向こうから悲鳴や銃声が聞こえ、黒煙があがる。
実際に殺戮の場面を見せることなく、いわば「描かずにして描く」。塀を隔てた“こちら”と“あちら”を対比させて、人間の残虐性を表現していく。
こういうコンセプトはわりと思い浮かびやすいのかもしれないけれど、作品全体にわたって、異様な緊張感を持って、えもいわれぬ不気味さを描き切っているのは見事だと思いました。

また、本作は、劇映画というより、現代アートのような作品だなという感想も抱きました。
とくにストーリーらしいストーリーはなく、収容所の所長とその家族の生活を淡々と描いている。

この作品の一番の特徴は、人物のクローズアップがほとんどない(まったくない?)ことではないでしょうか。
カメラは一定の距離を保って人物をとらえている。まるでテーブルに置かれた静物を撮影するように醒めた目で。
登場人物の感情や主観性といったものをできるだけ排除したこのような手法が、一般的な劇映画と一線を画する要因となっているのでしょう。

それから、撮影レンズの効果によるものなのか、映像の微妙な空間の歪みが遠近感を異質なものにしていて、本作に描かれた世界の不穏さを強調しているようでした。また、夜間のシーンの特殊撮影や、時折挿入される幻想的なイメージも非常に効果的だった。

映画『関心領域』は、我々鑑賞者に、考えたり理解することよりも、まず「感じる」ことを強いてくる。
そのようにして、人間の冷酷さや残虐さを強烈に感じさせる作品でした。

そして、ポップコーン片手に虐殺の映画を眺める私たち……。

peke