「芸術を維持するということ」わたしたちの国立西洋美術館 奇跡のコレクションの舞台裏 鶏さんの映画レビュー(感想・評価)
芸術を維持するということ
2020年から2022年に掛けて行われた上野にある国立西洋美術館の大改修工事に密着したドキュメンタリー映画でした。7月に国立西洋美術館に行ったこともあり、どんな内容なのかと思って観に行きました。
元々国立西洋美術館の本館は、世界的な建築家であるル・コルビュジエの設計で1959年に建築されました。開業から60年以上の歳月を経た今回の改修工事は、老朽化した建物の防水処理をやり直すなど建築物を維持するという要請とともに、2016年に世界遺産に指定されたことに伴い、創建当時の姿に戻すという目的もあったそうです。外観も、従来あった入口付近の庭園がなくなり、前庭が広々としました。ただ個人的には、7月の炎天下に行ったので、庭園があった方が若干涼し気な感じがしたかなという気がしないでもありませんでした。
暑さ寒さはさておき、改修工事のために展示作品を一旦取り外して倉庫に移動させたり、この機会を利用して傷み具合を再確認したり、はたまた地方の美術館に貸し出しを行ったりと、美術館のスタッフたちは通常以上の業務を行っていました。特に「考える人」をはじめとする彫像は土台に固定してあるため、本体に損傷がないように取り外すのも一苦労。こうした作業は運送会社の専門スタッフや建設会社と連携しており(輸送系は主に日通とヤマト運輸が、建築は清水建設が担当していました)、美術館だけでなく、外部の熟練者の力も美術品の維持に必要ということがよく理解出来ました。
また日本の美術館の財政的な在り方が、世界的に見ても珍しい位置付けにあるということも初めて知りました。通常の常設展示は美術館が基本的に100%運営しているようですが、「ピカソ展」とか「バーンズコレクション展」と言った企画展は、主に新聞社やテレビ局などのメディアとコラボするのが一般的な姿だそうです。これは日本独自の様態だそうで、要は国立美術館ですら予算やスタッフの人数の少なさが原因で独自に企画展を開催することが難しいそうで、コラボ相手の企業の財力に頼らざるを得ないそうです。そのため、リスクは少ないもののリターンも少ないとか、企業側として収益を確実に得られる有名どころの企画展が中心になるため、知られぬアーティストの開拓が難しいなどといった問題もあるのだとか。
さらに予算上の問題は、企画展に限らず美術館運営の全般に渡る問題のようです。現館長の田中正之氏が、一旦外部に出向して、2021年に14年ぶりに当美術館に館長として復帰した時は、予算が半分程度になっていたとか。防衛費は倍増するけれども、文化活動に割ける予算はないようで、名実ともに日本という国の在り方が変わってきているのだと痛感せざるを得ない話でした。
先月報道されたところによれば、大阪府が所有する美術品が、きちんとした保管場所を確保する予算すらなかったようで、6年以上にもわたって地下駐車場に置かれたままになっていたとのこと。それに比べれば少ない予算で当美術館は最大限のパフォーマンスを発揮していると思いました。ただ数々のスキャンダルにもかかわらず、自民党に取って代わる勢いがあるのは第2自民党を自認する維新の会。その本拠地である大阪における美術品の取り扱いを見ると、万一維新が政権を取るようなことがあれば、当美術館をはじめとする国立(実際は独立行政法人だけど)美術館の運命も結構ヤバいことになるんだろうなと、悲観的な思いがよぎったところでした。
そんな訳で、文化国家の象徴とも言うべき美術館の運営が、いかに風前の灯火にあるのかが切々と伝わってきた、非常に有意義なドキュメンタリー映画でしたので、評価は★3.5とします。