「夜明けを追い求める密度の濃い熱意が良い。」AIR エア すっかんさんの映画レビュー(感想・評価)
夜明けを追い求める密度の濃い熱意が良い。
◯作品全体
本作のような何かの目標にのめり込む人物を描く時、多くの作品では目標達成に至るまでに「主人公の躓き」を挿れる。よくあるのはミスやライバルからの妨害、あとはのめり込むことで家族を疎かにする、と言った描写だ。それによって目指すべきものに辿り着くまでの困難さを表現するわけだが、本作ではその「主人公の躓き」が物語を左右しない。
特に特徴的なのは、主人公・ソニーの家族についてほとんど語られない部分。中年男性の主人公にありがちな妻や子との対立などは一切なく、そもそも結婚しているのか、していたのか、子供はいるのかなどの情報がない。ソニーの情報で出てくるのはジョーダン母に語った、自身の母がずいぶん前に亡くなったということだけだ。上司のロブは自身が離婚していて、別居の子供がいるという話をするにも関わらず、だ。
ではなぜそれを描写しないのかといえば、おそらくソニーの物語にしたいのではなく、マイケル・ジョーダンと出会ったナイキを描きたいからだろう。薄暗い中でソニーが見つけたマイケルという輝きと、それに魅入られたナイキという構図を大事にしているからこそ、焦点がブレる要素を入れなかったのだと、そう感じた。
そしてそれによってソニーの屈託のないマイケルへの熱量と、それを信じるナイキ職員の「チーム感」が際立つ。中年男性の集まりでありながら、業界の常識すら破ってマイケルの背中を追うその熱意。そこに物語の密度を集約させた本作は、学園祭の準備をしているような「楽しい徹夜の時間」に熱を入れ、没頭するソニーたちの姿のようにも通じているような気がして、とても魅力的だった。
ナイキとしては株式市場で上場し、安定した経営を進めたいと思う時期。お腹に脂肪がついた中年男性のような動きの鈍さを覚え始めた時期とも言える。その時期にさらなる一歩を進めようとするソニーたちの若さに、なんだか励まされたような気がした。
◯カメラワークとか
・淡い青色が画面にかかっていることが多かった。ナイキにとって、そしてマイケルにとっての「夜明け前」というイメージだろうか。週末に会社に残って仕事をするソニーたちを映すシーンも明け方のカットが多かった。
◯その他
・ラストシーンでソニーが走るのをすぐ辞めてしまうのが良い。マイケルへの熱意という以外では普通の中年男性なんだ、と思わせてくれる。普通の人間だけど、熱意をもってすれば世界を大きく変えることができる。そんなメッセージをこのシーンから感じた。