ジョーカー フォリ・ア・ドゥのレビュー・感想・評価
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見かけに反して極端に(日本では)難易度が高い作品。要覚悟。
今年367本目(合計1,459本目/今月(2024年10月度)18本目)。
※ (前期)今年237本目(合計1,329本目/今月(2024年6月度)37本目)。
社会人にとって3連休というのは貴重なもので、福岡に行ってきました。
以下は福岡の映画館で見た感想になります(まぁ旅行まででも映画館に行くんですか?っていうのはあるんでしょうが…)。
さて、こちらの作品です。
結構評価としては難しくて、主人公を巡る人格の違いを描く映画かな?と思ったら、インド映画でもないのに音楽マシマシで(もちろんインド映画ではないので左下の例のお得意の謎の警告表記はないが、インド映画お約束のダンスシーンではないものの「歌シーン」は他の映画よりも多く、インド映画よりも割合では多い?)、後述の問題もあいまって(映画をご覧になった方はご存じと思いますが、「暗い」映画です。この「暗い」というのは、主人公のおかれた環境による。詳細ネタバレ回避)、理解が一度では難しいかなというタイプです。
おそらく多くの方が理解ができず詰むだろうというのは「アメリカの刑事裁判制度」を使うシーン後半全般で、日本ではこれを深く扱うようなことはないし(資格持ちはある程度はわかるが…)、字幕上の日本語も漢字文化圏という事情から理解を類推できる部分も多々ありますが、アメリカの裁判制度それ自体を知らないと??な字幕もいくつかあり、そこがかなり評価が分かれるのだろうと思います(ただ、元はアメリカ映画なので、アメリカでは当然常識範囲の扱いなんでしょう)。
今週は(10月2週)はおそらく本命に来るのかなと思いますが、視聴にあたってはかなりのハードルが高い映画であることは書いておきます。また、いわゆるマーベルシリーズでは「そもそもない」ようですが、他の方が書かれている通り「マーベル化」(マーベルシリーズではないが、マーベルシリーズにありがちなイベントや特徴を備えている)している部分もないわけではなく、そこもちょっと厳しいところです。
採点に関しては以下まで考慮しています。
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(減点0.3/(日本から見ると)アメリカの刑訴法を理解することが困難)
日本の法律系資格ではこれらは当然試験範囲内ではなくごく最低限のこと自体しか学習しないので、まぁ多少類推できる「地の利」はあっても、後半の法廷シーンは結構理解につまづくのかな…といったところです。
アメリカでは、刑事事件についても「通し番号」はつきますが(日本も同じ)、「誰が誰を訴えたか」ということについて「○○vs××事件」という呼び名がつく特徴があります(2024年だったか、「オッペンハイマー」でもこのことは描かれている)。この点を知らないと、ストーリーとは異なる部分での対立関係が2軸存在するのかという理解の把握が難しく、そこで詰むような気がします(もちろん、「陪審員制度」と日本の「裁判員制度」の異同などの論点もあるが、こっちはもう常識扱いか)。
もう少しこの辺、特に後半の法廷シーンはもう少し字幕に工夫が欲しかったです(日本は漢字文化圏なので、漢字である程度推測が付く部分はあるが、それでも限界はある)。
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(減点なし/参考/「法廷侮辱罪」について)
これは、アメリカではなく、まだ三権分立の概念が怪しかったイギリスにおいて発祥した概念で、主にイギリスの影響を受けた国や、イギリスの統治を受けた国で見られます。アメリカもそうですね。実は「アメリカ発祥ではない」のがポイントだったりします。
日本では、「法廷等の秩序維持に関する法律」という中で、「法廷侮辱罪」にあたりうるような行為を別に規制しています(日本では「法廷侮辱罪」は慣用的にしか使いません。日本では戦後の混乱期に生じたいくつかの裁判でのトラブルをもとに作られたのが同法律(日本でいう「法廷侮辱罪」は、「監置」という制裁)ではありますが、現在では抑止的にしか運用されていません(そもそも秩序を乱す行為は退廷を命ずることができるので、日本では同法が登場するのはレア)。
(減点なし/参考/t-joy博多さんのラインナップ)
映画館って、時間(10分前が多い)になって入ると、予告等がいろいろ流れ、例の「無断撮影しちゃだめよ」や「鑑賞中のマナー」等が流れるのが多いかなと思いますが、地域ローカルCM(博多市内の明太子がどうとか)が数本と、例の「撮影しちゃダメよ」だけだったのがある意味びっくりしました。
丁寧に冷水を浴びてる気分
監督の落とし前
先週のシビル・ウォーは楽しくないロードムービー。
今週は、ちっとも楽しくないミュージカル。
前作は、the rest of usの映画でした。
自分がthe restを思った人たちに、共鳴し、世界的に悲惨な事件が起こりました。
その後はさらに歪んだ自称the restな人たちが現れて、一部から熱狂的に支持されたりしています。言うまでもなく、MAGAな人が代表です。我が国でも、真面目にNPOを運営している人を口撃したり、立場の弱い人を排斥したりして喝采を浴び、クラファンで多額の資金を集めてしまったりしています。監督の望んだのはそこじゃなかったんです。
大事なのは愛。愛されなくても、汝の隣人を愛すること。
肥大した承認欲求が満たされても、「誰とも付き合ったことがない、おそらく童貞」は哀れ。そのうち飽きられて、別の誰かに取って代わられ、忘れられてしまう。一番最後の場面で、アーサーの後ろで何が起こっているかよく見ればわかります。
さて、レディーガガはスター誕生は見ているわけですが、歌唱が素晴らしかったです。ボソッと歌い出すだけで、すごく説得力があります。すでに、「ハーレクイン」というアルバムが配信されていますが、ボソッと歌ったアカペラバージョンもリリースして欲しいくらいです。フォアキンもなかなかでした。大体主演の二人の心情は歌詞の通りなので、字幕をちゃんと読みましょう。
アメリカでも賛否分かれているようですが、トッド・フィリップスの「ジョーカー」を正しく理解するには、2本ども鑑賞することが必要です。万人受けはしないと思いますが、素晴らしい出来だと思います。
ロマンス映画として見応えあり
ジョーカーは如何にして誕生したのか?その過程を描いた前作は、現実世界と地続きのようなリアルな世界観だったこともあり、極めて社会風刺性の強い作品だった。アーサーのような社会的弱者が悪の権化ジョーカーに変貌していく姿には、これまで観てきたどのジョーカーよりも生々しさが感じられ夢中になったものである。
ところが、今回の彼は過酷な刑務所の中でまるで死人同然のような暮らしを送っている。どうやら前作の2年後という設定らしいが、この間にアーサーの中で何があったのか?おそらく観客の多くは稀代のヴィランの次なる活躍(?)を期待したに違いない。しかし、そんな期待を大きく裏切るような展開で物語はスタートする。
聞けば、本作は劇場公開直後から賛否両論渦巻いているそうである。確かに続編として考えた場合、違和感を持つ者が多くいるのも分かるような気がする。ただ、これは作り手側も狙ってやっているのだろう。
悪のカリスマに昇りつめたアーサー。そんな彼に感化され混沌としていく世界。その構図を一旦ひっくり返すことによって新たなストーリーを仕切り直す。何なら前作に熱中した自分のようなファンを煙に巻くかのような大胆不敵な”挑戦”のようにも感じられた。
しかして、その新しい物語とはズバリ、ロマンスである。
アーサーは彼を信奉する女性リーと出会うことで徐々に生きる希望、つまり再びジョーカーというペルソナを被ることでカリスマ性を蘇らせていくようになる。
普通であれば、早速二人で脱獄か!と相成るわけだが、ここでも物語は観客の望む方向へとは向かわない。しかも、二人の関係は決して諸手を挙げてハッピーエンドとはならない。前作同様、ダウナーなトーンが横溢する。
確かに前作のような狂気性、社会風刺的な面白みは後退してしまった感じはする。しかし、前作と一旦切り離して本作単体として観れば大変切ないメロドラマになっていて、個人的には十分に楽しむことが出来た。
また、今回はミュージカル仕立ての作りになっており、これも前作と大きくテイストを異にしている。歌やダンスはアーサーの妄想の中や、音楽療法中のリーが主に担当している。周囲の人間が一斉に歌い踊るような群舞や、セリフを無理やり歌詞に乗せて歌うといったミュージカル映画のお約束は出てこない。したがって、本作は厳密に言えばミュージカル映画とは言えないのかもしれない。自分はミュージカルというよりもドラマに近い感覚で違和感なく観ることが出来た。
楽曲は往年のハリウッド・ミュージカルのスタンダードナンバーや、割と最近のポップスまで幅広い。歌詞の内容がアーサーやリーの心情を表現しているので自然と聴くことが出来た。
とりわけ、二人の面会シーンは白眉だと思った。
但し、ミュージカルシーンはもう少しケレンミがあっても良かったように思う。豪華絢爛とまではいかないにしても、アーサーの妄想の中だけでも、目を見張るようなスペクタクルが欲しい所である。聞けば製作費は前作の約4倍、2億ドルということである。一体どこにこれだけのお金がかかったのか。
アーサーを演じたホアキン・フェニックスの鬼気迫る怪演は今回も素晴らしかった。冒頭で激ヤセした姿が披露されるが、すでにこの時点で引き込まれてしまった。一方、歌とダンスは今一つ。かすれたような悲しげな歌声は味わい深いが、上手いかと言われると正直微妙な所である。
特に、リーを演じたレディ・ガガが見事な歌声を披露しているので、二人のデュエットシーンになると力量の差がはっきりと出てしまう。
あの世界はどこへ行ったのか
「バットマン」に悪役として登場するジョーカーを描いた作品として前作は、その誕生の経過から衝撃のシーンなどラストまで納得の行く作品で非常に良かったです。
で、続編の今作はどうなのか?
どうもジョーカー誕生秘話の続きと言うより全く違う路線になってしまっていると感じました。
確かに前作の続きで、その複数の殺人事件を振り返り、現在のアーサーの状態を内面を含め描いています。でもその映像は収容施設と裁判所での出来事が主で、あとは妄想世界でのものだけです。
悪のカリスマ誕生の世界を描いた前作と今作ではその世界観が異なっていて、今回は現実世界のアーサーを描いただけで、ジョーカーの世界ではありませんでした。
ただ自動車爆弾で爆破した裁判所から逃げ出した時はなるほどここから先に繋がるのかと期待しましたが、また捕まって逆戻りしてのあのラスト。これではジョーカーの世界が繋がりません。フォリ・ア・ドゥでは無かったのでは。
ただ一つ、謎の女リーを演じたレディ・ガガは魅力に溢れていて見応えありました。
リーの出てくるシーンは唯一ジョーカーの世界に希望が見えました。
彼女の妖艶な姿が今作ジョーカーをジョーカーとして描ききれた最大の功労者だったのではないでしょうか。彼女を見れて本当に良かった。
いい映画を見ました
「フォリ・ア・ドゥ」二人の障害者を描いた映画で
アーサー獄中恋愛ミュージカル
ゴッサム版 敏江・玲児と思いきや……
アーサーとリーのど突き漫才の場面が、妙にツボにはまるというか、気に入ってしまいました。
それはさておき。
私はミュージカルが好きで、全編せりふが歌の歌合戦以外は、歌ったり踊ったりする場面は妄想、頭の中の世界なんだろうなと思っていつもミュージカルを見ていました。
なので、今回も歌のシーンは、アーサーの妄想かな、くらいに思い見ていたのですが、傘の場面で、歌のシーン以外も妄想、または現実かどうか分からない世界なのかもと思いはじめました。気づくの遅いけど。
横から見ると黒い傘が上から見るとカラフル。
ニューヨークと言ってみたり、ゴッサムと言ってみたり。
アーカムのこととか(ゴッサムの設定はあるのかないのか)。
メイクも落としたはずなのに、次のシーンでは、繋がっていると思えるのについていたり。
もしかして、そういうことなんだと。「そういうこと」を上手く言葉にできないけど。
そして、映画館からの帰り道。
自転車を漕ぎながら、無意識に「Close To You」を歌っていました。深夜だから、周りに人もいなくて、結構、堂々と。
そして「あ!こういうことなんだ」と納得。
歌が多かったことも納得。
Just like me They long to be close to you.
うーん…なんだろう…
◼️「ジョーカーの全否定」ですよね
酷評だと言う事で身構えていたのですが、まあまあ良かったです。
ミュージカル部分も、そんなには気になりません。
前作から監督・役者は同じため方針はブレていません。
一言で言うと「悪のカリスマとしてのジョーカーの全否定」です。
今回はこれを見てジョーカーに成りきる人は現れないと思う。
ですがこの内容を知り自害する人が現れる様な気がします。
ただの社会に馴染めなかった、哀しい人として惨めに描かれているからです。
この世界線ではバットマンと争うどころか、存在しないかも。
【 酷評の理由 】
前作で大きな誤解が有ったんだと思います。
前作を見た人の多くが、
「これがジョーカーの誕生なんだ…」とか
「ここからあのダークナイトのジョーカーに繋がるのか…」とか
そう思ったに違いありません。
前作は確かにそれを期待させるラストにも見えました。
ですが今回「ダークナイトのジョーカーに繋がらない」ってのが、
はっきりしたため、期待を裏切られたように感じる人が多かったのかなぁと推測します。
なぜこの映画は賛否が分かれるのか
私はこの作品に⭐︎4と付けた。
しかし、自分自身でもこの評価に納得はいっていない。
なぜなら、この映画は評価を与えるのが非常に難しい...いや無理だと感じているからだ。
ドルビーシネマで10/11の公開日に鑑賞。
>まず分かっていただきたいのは、⭐︎4とはいっても全ての項目が⭐︎4前後というわけではない。
満点に近いと感じた部分も多く存在する。
それは“俳優の演技”と“映像美”、“世界観”だ。
前作同様のクオリティを期待して問題ない。
加えて、今作は歌のシーンが多く登場する。
その部分に関しても、世界観にマッチしていて、それにレディーガガの活躍も相まって、非常に満足できる出来であった。
(ホアキンフェニックスの歌唱力については、是非劇場で確認して欲しい)
>さて、今作で議論になるのはストーリーだろう。
正直なところ、面白かったかと言われれば、素直にハイとは言えない。
というのも、前作とはジャンルがだいぶ違うからだ。
前作は内容的にはどちらかと言えばヒューマンドラマになるだろう。
起承転結もそれなりにあったし、小説にしても成り立つストーリーの構造だったと思う。
しかし、今作は個人的には一種の芸術作品という印象を受けた。
しっかりした物語、起承転結があるわけではない。そして、映画でしかできない表現で、人によって多くの解釈ができるようになっている。
私は2作目というより『スピンオフ』という方がしっくり来た。
もちろん、話は続きでで間違いないのだが、とはいえ続編というにはジャンルや話の構成がが違いすぎる。
>なぜ賛否が分かれているのか。
JOKER(前作)にどのような面白さを見出していたか、が大きな理由の一つだと私は感じている。
まず楽しめた人。
その人たちは前作に“俳優や独特な撮影技法を含めた世界観”や“人間の心理描写を含むヒューマンドラマ“に魅力を見出せたのだろう。
一方、楽しめなかった人。
それは上記で書いたような魅力よりも、”悪役としてのかっこよさ“や”純粋なストーリーとしての面白さ“。
詰まるところ、ダークなアメコミとしての魅力を感じていたのではないだろうか。
つまり、
(タクシードライバーのような)『ダークなヒューマンドラマ』として見ていたか、
『アメコミの映画』として見ていたかが大きな分かれ目だったのではないかということだ。
>いろいろ書かせていただいたが、続編としては一つの正解だと感じている。
前作の出来は素晴らしく、そのまま続編を作ったところで2番煎じで終わっていただろう。
だが、あえて方向性をずらすことで、別の作品としての地位を確立している。
とはいっても、個人的には続編を作らないのがベストだったとは思う。
しかし、続編を作らないといけなかった以上、こういう内容にしたのはベターだったのではなかろうか。
>見るかどうか迷っている人へ。
結論としては、前作で世界観や映像表現を好きになれた人は迷うことなくいって欲しい。
きっと満足できるだろう。
しかし、前作で満足しており続きを見たくない、また解釈が分かれる芸術的な作品が好きではない人。
それに前作を見ていない人だ。
※おすすめの映画館
ドルビーシネマ≧imax gt>>その他imax>4dx
長くなってしまったが、最後に、私個人としてはこの作品を見て良かったと強く感じている。
この文を読んでくれた人が見に行くかは分からない。
しかしもし見に行くのだとしたら、私のようにこの映画に浸り、そして自分なりの解釈を持って欲しい。
それがこの映画の正しい楽しみ方だろうと私は信じている。
期待はずれ
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