ジョーカー フォリ・ア・ドゥのレビュー・感想・評価
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前作に共感したならば観る価値がある
かなりの酷評だがそんな事は無かった。
映画を観入る際、批評家の最もらしいご意見に惑わされてはいけないという典型だろう。
ヒールが法廷という絶対的現実な場で丸裸にされることは、アメコミフィルム史上類をみないだろうが、描き切れなかった着地点をパート2では素直に表現したかっただけなのでは?と個人的には理解できた。監督は否定しているが、表現上理解し易いのであえて“ミュージカル”と記すが、悲劇と喜劇とを接着させる心理描写としてはミュージカル仕立ては有効な手法だったのでは、とも思えた。
私ならば…ラストシーンの殺害者を第二のジョーカー誕生と仕立ててエンディングとするだろう。象徴は神格化され、イデオロギーは受け継がれるのもまたリアリティがあるためだ。それでも、この現実的な着地点には良い意味で驚かされた。エンドロール後の“DC”ロゴがここまで不釣り合いなDC作品も、あの高笑いが聞こえてくる様で良いではないか。
陰キャ中年の悲哀を表していた!!
冒頭のアニメで嫌な予感がしましたが、配信で観たら挫折していたと思います。前作からの期待値の高さは打ち砕かれました。映画は総合芸術なので、喜怒哀楽を表す為に歌やダンスのシーンを入れるのはまあ分かりますが、やり過ぎると「またかよ…」となります。また私達が観たいのは、純粋な悪であり常に体制側を混乱させる格好良いジョーカーだと思うので、陰キャ中年男性の悲哀を表した本作は文字通り「観とうなかった」ジョーカーだと思います。加えて、「裁判所の外に集結したプラカードを持った民衆」も表示されず、私達は高揚感を味わう事すら許されない為、映画を観て良くも悪くも目覚める者が現れないよう極力配慮されていると感じました。かといってロマンス全振りという訳では無く、弄ばれただけで惨めでした。裁判シーンは、まあ良くはないですが実際の宅間守の発言の方が印象に残るものでした。アーサーが早漏で笑えますが、終盤で「子供もできたし」とか言い出して、キモすぎて笑えました。ジャレッドのジョーカーは編集で「いたの?」という感じにされたので良く分かりませんでしたが、ヒース・レジャーのジョーカーは、偶々上手く行っただけなのかも知れませんがやはり偉大でした。もう終わったと思われた人生が、女と音楽によって再び回り出す事は大いにあると思いますが、殆ど楽しめなくて残念な映画でした。一人の精神病がもう一人に感染するという、「フォリ・ア・ドゥ」(二人狂い)では無かったです。Dancing in the Moonlightは好きな曲ですが、それまでの曲調と違い単に俺の選曲センス良くね?という感じ(ネトフリの「ヒットマンズ・ボディガード」のラストでも流れます)で、何か嫌でした。
途中まで
ここがゴッサムシティだってこと忘れかけてたわ
前作と比べれば比較的スプラッタ耐性は不要だし、重苦しい空気感は少な目でミュージカル的なポップさがあるのでライトユーザーにもオススメしやすい…わけない
自らジョーカーの仮面をはずした男の最後
エンドロールで流れるダニエル・ジョンストンの歌がダイレクトにテーマを伝えてくれている気がするので、うろおぼえの歌詞を記載する。
きっと真実の愛があなたを見つける
でもこれは条件つきの約束なんだ
それはあなたも真実の愛を探すこと
きっと真実の愛もあなたを探しているから
アーサーは「誰も僕に見向きもしなかった」と言ってジョーカーの仮面を被り、すべてを暴力という形で破壊した。かつての職場の同僚ゲイリ-はそんなアーサーの心優しい部分をきちんと見てくれていたが、目の前でアーサーに同僚を惨殺され、法廷で「いまでも恐怖で眠れない」と目に涙をためてアーサーに訴える。「僕の気持ちが分かるかい?君だけが、僕を笑わないでいてくれたのに」と。アーサーはこのとき、自分の暴力によって心を深く傷つけられた友人を目の前にして、かなり動揺したんだろうと思う。その後、自己弁論を無理やり切り上げる。
これまで誰かと親密な関係になることがなかったアーサーは精神科病棟で出会ったリーを愛すようになるが、リーはアーサー本人ではなく、最初からジョーカーという仮面のみを愛していた(ふたりの間にあるのは愛というより共依存っぽいけど)。だから、独房でセックスするときもリーは「本当のあなたを見せて」と言って、アーサーにピエロの化粧をほどこす。本当の姿のアーサーを彼女は求めていない。その後、法廷で自身の罪を懺悔し、ジョーカーの仮面を捨てたアーサーのもとを彼女は去っていく。
ゴッサムシティの民衆もまた、本当のアーサーを見てなどはいない。すべてを破壊する象徴としてのジョーカーとしてアーサーを見ている。爆破された裁判所からアーサーの脱走を手伝った住民は、車を降りて走り去るアーサーの背中に「ジョーカー!愛してるよ!」と叫ぶ。爆発が起きる前に、アーサーがもうジョーカーを演じることを降りてしまっていることも知らずに。民衆はアーサー本人の意思に関わらず、彼にジョーカーであることを求める。ジョーカーという影はアーサーから切り離せない。逃げる背中に浴びせられた叫びは、アーサーが求めた愛のかたち、もしくは承認のかたちなのだろうか。たぶん違うだろうと思う。
アーサーの「誰も僕を見向きもしない」の反対は「僕を見てほしい」で、「僕を愛してほしい」だったのかなと思う。でも、真実の愛と出会うためには、自分から真実の愛を探すこと、つまり自分から他者を愛することが必要。アーサーはそれができず、孤独・不満・不安・鬱屈を暴力という形で他者にぶつけて発散し、民衆にジョーカーとして持ち上げられることに快感を覚えてしまった。ゲイリーのように本当の自分を見てくれるひとが傍にいたのに、そのようなひとたちと正面から向き合わず、ジョーカーという歪んだ形で世界から認められようとしてしまった。だが、最終的に法廷でみずからジョーカーの仮面を外し、アーサーとして「彼らを殺さなければよかった」と告白する。
愛は実らなかったけれど、そこまで見られてわたしは満足です。加害者と被害者のあいだを行ったり来たりする、アーサーの複雑な人生と内面を言い表すのは難しい。けれど監督は、これでもかというくらい丁寧かつ真摯にアーサーの人生を最後まで描いてくれたと思う。
しゃあないのかな・・・。ただ、ラストのあれは
「自分をイジメたやつら、がっぺムカつく!(怒)」
そんなエガちゃんが自分のファンのあたおかな女性と良い感じになって、やったー!彼女できたー!と思ったら、「おもんない」ってフラれたみたいな話。
(エガちゃんは面白くて素敵だと思いますが)
このままだとこの映画クソだぞ、と思ってたら爆破。
「よっしゃ!やっぱりゴッサムシティっつったら爆破やろ!」と一瞬喜んだのも束の間、元に戻る。
酷評されるのも分かる。
なぜならこの映画は、俳優の演技や映像や世界観など、非常に素晴らしいのだけど、内容が酷くて、評価が「良いとこもあるけど酷い」なので、人によってどっちかかな、と思う。なので私は中間の3にした。
さらに期待されてた分、失望される。そして続編作るとなるとこうなるしかないのかなとも思う。
演技など、色々素晴らしいんだけど、内容が退屈で面白くない。
バットマン出すわけにもいかんし、捕まってる状態で、アーサーは現実を乗り越える知能も能力も勇気もないし、レディ・ガガ出して、妄想のミュージカルを膨らまして埋め合わせるしかないのかな。
続編作るの難しかったと思う。
ホアキンが凄い。
調子に乗って「弁護士なんていらない!俺がやるんだよぉ!」なんて言って結局頭が悪いからグダグダ。んで有罪。そんなマヌケなアーサーを演じきった。セックスシーンがあるが最近演じたナポレオンのセックスシーンと全く違う。アーサーの経験のない童貞のセックスシーンなんですよね。
この映画は「沼な人」の描き方がとにかく秀逸。よく理解している。ホアキンもよくわかってる。
タバコをよく吸うのは
左手がジョーカーで右手がアーサーを意味してるからかな?持つ手で使い分けてるらしい。タバコを使って分かりやすく表現しているのかな。
ラストの刺した犯人は
口を割いたのか?
首を切ったのか?
もし口を割いたなら、
新たなジョーカーの誕生かな?
アーサーはジョーカーじゃなかったということだが、ジョーカーを生んだのかもしれない。口を割いたなら次があるかもね。
酷評の理由
海外では「マダム・ウェブ」よりも低評価で大酷評されていると聞き、それなりに覚悟を決めて観に行った。
一言で言うなら「メッチャ良くはないけど酷評する程は悪くない」って感じ。個人的感想としてはエメリッヒ版ゴジラに似ていて、僕らファンが望む「ジョーカー」ではないが“そういうもの”として観れば決して悪くないというか、むしろ前作とセットで芸術点はかなり高め。
酷評の理由の大部分を占める「なぜミュージカルにしたのか」も、前作からの繋がりで考えればそんなに不自然ではないと思うし、レディーガガとホアキン・フェニックスの歌がいいので観ていられる。
前作からして“DCユニバースのジョーカー”とは別アースの作品として制作されてたし、DC作品オマージュではあるが、完全に別物と切り離して観れば評価も変わるんじゃないかなとは思う。
賛否の理由が分かった。
賛否両論だというので、期待と不安が入り交じる気持ちで鑑賞。
賛否の理由が分かった。
衝撃のラスト…
そりゃ、そうだわなと(笑)
まあ分からんけどね(笑)
心配されたミュージカル具合は『ラ・ラ・ランド』よりも少し多い?
もう少しミュージカル部分が少ない方がベストでは?
当たり前だけど、ガガはメチャクチャ歌が上手い!!
ホアキンも頑張ってます。
1に出てきた人物も再登場します。
これから、このシリーズを観る方には、1を先に観るのをオススメします。
コッチを先に観ると、豪快に1のネタバレになるし、あまり理解できないのでは?
時間が経つほどネタバレが転がるので、あまり調べずに早めに観て下さい。
映画スコアは、70点ぐらい。
※IMAXで鑑賞
本当のジョーカーは監督
米国のレビューは当てにしなくていいですよ。
画家になりたかったのに、映画監督になった黒澤明。画家になりたかったのに、独裁者になったヒトラー。
コメディアンになりたかったのに、万歳者になったアーサー。
冒頭で物語のメッセージ性と世界観がかなり強調されてます。
各々がもつジョーカー像や、前作のジョーカーがめちゃくちゃ好きな人は好きになれないかも。
レディーガガのハーレイは台詞よりも歌が多い。
好みが分かれるポイントではあるが、物語のキーパーソンになるから必要。
ボクは最高でしたよ!!
虚しい
前作のようなカタルシスは感じなかった。
弱い自分をアーサーに重ねて観ていた。気に入らない権力者を粛清する彼に夢中だった。まさに作中のジョーカーの信奉者のように悪のカリスマに酔っていた。しかし前作も含めこの映画は、悪のカリスマジョーカーの物語ではなく、哀れな弱者アーサーの物語だと観賞後に気付かされた。弱者の行き着く先は程度の差はあれど破滅しかないということだろか…
やりたいことはわかるけど
前評判に戦々恐々としながら鑑賞。ある意味、不安は的中した。
終わってみればアーサーとは、冷酷でコミカルでイカれたカリスマ的知能犯、みたいな虚像(アメコミのジョーカー)に魅せられた信者に勝手に期待され、振り回された挙げ句、勝手に失望された哀れな男。
ハーレイは実物に虚像を期待して近付けようとするけど、現実が虚像になるわけもない。真に愛があったとも思えない。
元々前作からしてアメコミのジョーカーとは違う、リアル寄りの表現が受けた作品。その路線のまま続編を作れば、そりゃこうなるのも道理かもしれないが、長く鬱々とするばかりで面白かったかと言うと、どうだろう。
そこにアーサーの妄想の表現なのか、はまっている場面もあるが、基本しつこくて怠いミュージカル。
せめてアーサーが最初のジョーカーであり、虚像に魅せられた第二、第三のジョーカーが明確に生まれたなら意味もあっただろうが、やはり続編はいらなかったと思う。
新感覚、どんよりするミュージカル
コリャ賛否は分かれるでしょうね。
ジョーカーを模倣する犯罪者が現実社会に(日本でも)生まれてしまうという状況下で、悪のカリスマをどの様に描くかでの、苦肉の策というか自己批判的に落とし込んだのでしょうか。
作品のほとんどが法廷シーンですが、裁かれるのはジョーカーでありながら、同時にそれをヒャッハーと消費していた観客も裁かれている様な肩身の狭さを感じました。
前評判から、単純な映画ではないとは思っていたが、超絶カッケェピカレスクロマンを期待していたのは確かで、そういう意味では結構な肩透かしを喰らいましたね。
観たいものは観れませんでしたが、作る意味のある作品だったとは思います。
まあまあだった
画面が常に暗いし、刑務所と裁判所が大半でドラマとして起伏に欠ける。何より長すぎる。いくら演技や演出が素晴らしくても退屈なものは退屈だ。
ハーレイ・クインが出るとワクワクしていたら目立ちたがりで虚言癖の放火魔だ。リアルな存在を追求したらそんなものなのか。妊娠したのも嘘だろう。
前作は2回見たので大丈夫だと思ったら、がっつり前作のことを語っている。特に人物名だけ言われても思い出せない。見返してから見た方がいい。
本当の僕を見てほしいと言えても、社会はそれを許さないのだろう
2024.10.11 字幕 イオンシネマ京都桂川
2024年のアメリカ映画(138分、 PG12)
前作『ジョーカー』の続編映画
前作の事件の裁判を中心に、閉鎖病棟で出会った女患者との関係を描いたクライムドラマ
監督はトッド・フィリップス
脚本はスコット・シルバー&トッド・フィリップス
物語の舞台は、ゴッサムシティにあるアーカム州立病院
そこには5人を殺して裁判を控えているアーサー・フレック(ホアキン・フェニックス)が収監されていた
アーサーは社会現象化しており、それを封じる目的もあったが、病院内でも徐々にその影響は出つつあった
ある日、別の病棟に足を踏み入れることになったアーサーは、そこでリー・クインゼル(レディ・ガガ)と出会う
彼女に心を奪われたアーサーは、時間を作っては彼女と会う時間を増やしていった
映画は、ほぼ法廷劇になっていて、その他はミュージカル映画のような演出がなされていた
かなり体感時間が長く感じる作品で、1、2行でまとまりそうな軽い内容が薄く薄く引き伸ばされている感じがした
見どころは元同僚のゲイリー(リー・ギル)が証言台に立つシーンで、それ以外はあまり印象に残らないシーンが多かった
ジョーカーと言うアイコンに成りきれないアーサーが、ジョーカーであることを捨てると言う流れになってリーは彼の元を去り、狂信的な崇拝者に刺されて終わるのだが、元々アーサーにはジョーカー的な資質はなく、前作で神格化しすぎたものを普通に落とし込むと言うアンサー的な内容になっている
社会現象となって模倣犯まで生まれたことを考えると、「ジョーカー誕生」を望んだ人々は映画内の狂信的なファンと変わりはない
そうしたものを裏切ることになっているのだが、前作でアーサーがジョーカー化した経緯を考えると妥当な落とし所にように思えた
いずれにせよ、前作の予習は必須の作品で、それを踏まえた上で本作を観てどう思うかを素直に受け止めた方が良いと思った
「ジョーカー=アーサー?」という感じの人だとこの帰結は当然で、それでもなお「アーサーにジョーカーになってほしい」と言う人には不評なような気がする
アーサーを超えて自分がジョーカーになると言う気概のある人以外は、結局のところ踊らされているピエロを俯瞰したいだけの人なので、1週間もすれば映画のことなど忘れているのではないか、とも思った
見る価値がある続編。酷評されるほどでは全くない。
DC物である必要は全く無いがアーサー・フレックの物語を追っていた人ならこの映画は見る価値がある。私は最初からアーサーの物語にしか興味がなかったので個人的にはこれで正解。
ミュージカルとしての出来も全然悪くない。音楽好きであればあるほど楽しめる映画です。「ジョーカー」がタップダンスするシーン(ホアキンが実際に踊っているがなかなかキレがあって素晴らしい)やアーサーとリーが踊り出すシーンは動きも派手で最高。それからインタビューで知りましたが実際に撮影しながら歌った生歌を使っているらしいのでミュージカルとしてもかなり真面目にやってます。ホアキン・フェニックスはワザと不器用に歌ってる。でもかつてジョニー・キャッシュを演じた経験があるのでやっぱり歌は上手いです。世界の歌姫レディー・ガガは圧倒的で技術的なことは彼女の歌が全てカバーしてくれます。ヒドュル・グドナドッティルのスコアは今回も美しくてダークです。ニック・ケイヴがカバーしたバート・バカラックの名曲もCMや本編冒頭のアニメで使われていたけどこの辺りも素晴らしいです。
このジョーカーシリーズは良い曲を発掘できる毎回選曲が素晴らしい映画。例えば前作の「JOKER」では哀しい運命を辿ったシンガーソングライターのジャクソン・フランクの隠れた名曲「my name is carnival」が使用されていました。今回も「ジョーカー」が裁判所でブチギレる盛り上がりの場面で「The Joker」という60年代のブロードウェイ物の曲が使われていました。Bobby Rydellという歌手が歌ったバージョンに近いけれど今時知ってる人は少ないと思われるこの曲をよく見つけてきたなと感心しました。歌詞も映画にぴったりで泣けます。ジョーカーとなったアーサーの心境を表す極めて重要な場面に登場してミュージカルに詳しい私としてはめちゃくちゃ嬉しかった。
音楽の要素が無ければダメなぐらいダークなトーンで進んでいく映画なので今回ミュージカルで良かったと思った。これから歌を抜いてしまったら本当に救いが無くなってしまう。
アクションの見せ場というものは特に無いし全体的にドラマ仕立てです。意図的にそうなっているから派手なアクションには期待しないように。
殺人を犯して囚われの身となったアーサーが裁判にかけられて裁かれるというのが大体の話の流れです。そこで次々と明かされるアーサーの哀しいバックグラウンド、そして証言するかつての知り合いや友達。。。自分の犯した罪と向き合うことになったアーサー。アーサーは明らかに知能障害も精神障害もありますが誰もがそこを無視していきます。。。中にはいち早くアーサーの知能障害に気づきそれを利用しようとする人まで。。。果たしてアーサーは自分を本当に気遣ってくれる人々に気づくことができるのでしょうか?
この映画最初から最後までめちゃくちゃ暗いです。「衝撃的なエンディング」よりも最後の裁判でのシーンの方が刺さります。アーサーがマイクを握ってある決心をするシーンに思わず涙する人もいるのではないでしょうか。そのシーンがこの映画が現在受けている評価にも重なっていて切ないです。しかしこのシーンがアーサーが見せる「本当の強さ」であり、「最後の悪意に対する抵抗」です。見逃せないラスト10分。
トッド・フィリップス監督がやりたかったことは前作への回答とかではなく、「アーサー・フレック」を最後まで丁寧に描きたかったんだろう。皮肉なことに「ジョーカー」を求める世の中からは完全に叩かれる結果となってしまった。だけどこれで良いと思う。
私はこの映画を「前作に対する落とし前をつける映画だ」という解釈には同意しません。
弱者は大人しく恵まれない環境や運命を受け入れて道を踏み外すなというメッセージになってしまうから。そういう解釈をする人が大量に現れていることも非常に残念に思います。よく見てください。アーサーは人間扱いを受けたいのです。人間になりたい、人間を知りたい、愛されることを知りたい、これがアーサーの強い願望です。人を笑わせたい、幸せにしたい、コメディアンになりたかっただけなのに気づいたら怪物になってしまっていた。。。そんなアーサー・フレックの身に次から次へと降りかかる悲しみの連鎖に浸ることがこのシリーズの正しい楽しみ方です。ゴッサムシティで虐げられることに耐えきれずに犯罪者となったアーサー・フレックというアイデンティティに苦しむキャラクターを知ろうとせずに犯罪者だから虐められて当然と解釈するだけでは何の学びも無い。それでは新たなジョーカーが現実世界に生まれていくだけです。
アーサーは「誰からも求められていない」のだから。
前作があまりに社会現象となってしまった為にトッド・フィリップス監督も世間の目を気にしなければならないところもあったでしょう。
でも監督が前作と真逆にすれば丸く収まると誤ったメッセージを最後残す為にわざわざこの映画を作ったとは思わない。ジョーカーを英雄視する人向けに作ったとかどれだけ限られた人向けに作ってるんだ?って話ですよ。トッド・フィリップスはもっと優しい監督ですよ?
この映画を見て「自分もジョーカーかもしれないと勘違いしてる奴らに冷や水をw」みたいに言ってる人達は無視しましょう。心を病んだアーサーが様々な形で世間に消費されるとみる方がよっぽど納得できる作りになっています。アーサーは虐める側には決してなれなくても世間に対する怒りは最後まで捨てた訳ではないのです。解釈の仕方は人それぞれだと思うけど見下すような態度で見るか自分より弱き立場の人々に対する優しい眼差しで見るかで全く意味が変わる映画です。
監督はちゃんと映画のラストに毎日希望もなく精神ギリギリの状態を生きる全ての人へのメッセージを用意しています。これは不幸で何者にもなれずに苦しむアーサーというキャラの願いでもあるし真に苦しい思いをしながら日々を繋いでいる、「虐める側には絶対なれなかった」全ての弱き者への監督、そしてホアキンからのメッセージです。決して「道を踏み外したらこうなるからな!」というような上から目線の説教とかではありません。エンドロールの最後まで是非見てください。
前作とまでは行かなくても物語もちゃんとしてて編集も良くできてます。ジャンルが少し変わっただけでクオリティは全然落ちてません。求めていた物と違うから感情的になりすぎて低評価にしてる人が多い気がします。酷評されるほど出来の悪いものでは無いです。見る価値は十分にありますよ。
【追加】
2回目見て気になったラストのシーン。
「衝撃的なラスト」シーンで奥に映る人物に是非注目してみてください!
【追加 10月15日】
沢山のイイネありがとうございます。皆さんとこの映画の良さを分かち合えることを幸運に思います。
『なんてもったいない!?』
JOKER
IN
ME and MY
SHADOW
映画も始まり...
"ワーナー・ブラザース・アニメーション" を代表する "ルーニー・テューンズ" のロゴとともにこの映画が始まる。でもそれは、必ずしもあたしが知っているお話とは冥王星くらいかけ離れている。理由の一つには、この物語のシノプスにはある意味欠かせないメタファーとして... 特定の人の精神構造を示すが為に映画全体をシンボライズしてもいるところによる。
また具体的に別の言い方をすれば...
"I don't like to see the films cut at all. They make
some cuts that are so arbitrary and stupid,
you can't believe it."
- Chuck Jones
ルーニー・ティーンズには、"Censored Eleven" がある。
人を不快でステレオタイプに描き表現することへ60年代後半から70年代にかけてテレビで放送された11のエピソードが恣意的にカットされている。それに付け加えるように暴力、飲酒、喫煙といった大人社会の普遍性が子供向けアニメーションのサガに対するアンチテーゼとなっている。(※例えばサイボーグ009の008の容姿は...)
でもそのエッセンスとも呼べる不快さこそが、"面白さ" であり、なくすことで "つまらなさ" へと転じ、あたかも表裏一体とも呼べる "sp*it person✖✖" と同化しているようにも見受けられてしまう。だから
本作『Joker: Folie a Deux』は、そんな暴力を管理するだけの社会に対して健常者との社会的共存のできない二○人格者への賛辞であり、二人の人間の共時性へと通じているシノプスへの言葉...「リピドーを感じるか? 感じないか?」 なんて無視をして映画の印象的質感は...
"The road to hell is paved with good intentions."
と個人的に思える。
"method acting" を取り入れたガガの演技に対しては何も感じる事がないけど、鎧を脱ぎ捨てた彼女を見ていると「あ~ぁ」というか...
とはいっても映画紹介ではバート・バカラックの曲となっていたけど、あたしの内の感覚ではカレンの曲としか考えられないのとガガ本人がアカペラで歌うシーンが本作の中ではピカイチかな?
コミックの中での
ハーレー・クイーンの性格を含めたキャラを表現するならこのセリフが彼女にはよく似合う。(2017年のカトゥーン『Batman and Harley Quinn』より)
Batman: I don't make deals with psychop*ths.
Harley Quinn: Socio*ath!
So-ci-o-path!
話を変えると...
"ラセグ-ファルレ症候群" と "フィルムスコア" と"喫煙" と
(字余りでした。失礼)
According to large epidemiological studies, smoking
frequency in ✖✖✖✖ is about two to
three-fold higher than in the general population
(『Smoking and mental illness: a population-based
prevalence study』
K Lasserによる研究著書より ).
そして、
“We use music to make us whole” より「音楽は常にジョーカーのDNAの一部だ」とのたまう人にとっては、この言葉は金字塔ぐらいに不滅らしい。このことについて監督であるトッド・フィリップスはインタビューでこのように語っている。
“I like to say it’s a movie where music is an essential
element,” said Phillips. “It doesn’t veer too far from
the first film. Arthur has music in him. He has a grace
to him.”
そしてラスト近くになると
このセリフは...
Knock, knock.
Who's there?
Arthur Fleck.
Arthur Fleck who?
この感情失禁をするシーンに答えを見つけた。アメリカ合衆国の掲示板型ソーシャルニュースサイト "Reddit" に寄せられた投稿より。
Thinking about the “joke” more makes me so sad
for Arthur.
Arthur knows he’s a complete nobody when he isn’t
the Joker. No one cares about him. He has no family.
No friends. No fans. He simply doesn’t exist. Such a
depressing ending for his character.
それではあまりにもつら過ぎるのであたしなりに "AI" に聞いてみた!?
The idea of "do not kill the villain because he will
become a god" is a common trope in storytelling,
often used to create a complex moral dilemma
where the hero must choose between immediate
justice and a potentially catastrophic future where
the villain gains immense power by being allowed
to live.
こんな答えでは "AI" はまだ人には追い付いていないらしい... 安堵!?
あたしは、本作『ジョーカー フォリ・ア・ドゥ』の主演俳優が出演する映画を観ないようにしている。それはあまりにも個人的で... でも彼が出たある映画で「アメリカには義理と人情という言葉は存在しない。」と言われていてもそれらの言葉に通じるものも...
この映画に対する質感は観終わった後でもあまり変わらない。でも...
孤独とはどういうものかという事を改めて教えてもらったことから、最後のシーンの在り方が...
『なんてもったいない!』
と思えてしまう。だから、レビューを改変しながら
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