「そやしていいやら、そしっていいやら」ジョーカー フォリ・ア・ドゥ ジュン一さんの映画レビュー(感想・評価)
そやしていいやら、そしっていいやら
タイトルの「Folie à Deux(フォリ・ア・ドゥ)」は
単純に訳せば「二人狂い」だが、
「感応精神病。精神障害の妄想性障害の一つ」とも書かれている。
五人を殺害(実際は自身の母親を含め六人)し
精神病棟の監獄刑務所に収監された『アーサー(ホアキン・フェニックス)』。
裁判を待つ身も、その体は骨が浮き出るほどに瘦せ細り、
周囲への反応も鈍く、生ける屍のよう。
しかし囚人たちの中には、『ジョーカー』を熱狂的に支持する者は居る。
また、世評も、彼の行為は幼い頃の虐待が影響している、と
同情的に見る向きもある。
『リー・クイン(レディー・ガガ)』は『ジョーカー』の強烈な崇拝者。
策を弄し、彼に会ったことで、二人の間に恋愛感情は芽生え
『アーサー』は生気を取り戻す。
妄想ではない、生身の女性との初めてのふれ合い。
彼女は彼を自身が望む形の『ジョーカー』として蘇生しようとし、
また『アーサー』もそれに応える。
法廷での場面は象徴的。再びピエロのメイクをして現れた『アーサー』は
うってかわって傲岸不遜に。
傍聴席の『リー』もそれを見てほくそ笑む。
相互依存の関係は次第にエスカレーション。
二人だけの世界に酔いしれる。
これがタイトルの指し示すところだろう。
しかし裁判が進み、多くの証人の声を聴くに連れ、
彼の心は揺らぎ出し、『ジョーカー』の仮面は剝がれて行く。
それを目の当たりにした彼女は『アーサー』を拒み、
悲しい結末へと繋がる。
前作は、主人公の造形を含め〔キング・オブ・コメディ (1982年)〕をなぞるように描かれた。
ただ最後に、「スタンダップコメディアン」としての名声が、
『ジョーカー』として名を馳せることにすり替わる。
当初は誇大妄想狂だった『ルパート(ロバート・デ・ニーロ)』が
「キング・オブ・コメディ」の名声を得(妄想かもしれぬが)、
こちらの世界では大物芸人の『マレー』として殺害されるのは寓意に満ちている。
『マレー』の決め台詞「That's life!」が、
本作では「That's Entertainment!」に置き換わる。
劇中に流れる〔バンド・ワゴン(1953年)〕で使われた一曲も、
この歌詞が本作の至る所に偏在する。
賛否両論の評価になりそうも、
劇中の裁判に対する両極の世評が
まさに現実世界でも体現されるよう。
「ミュージカルなど観たくは無かった」との声も上がるだろうが、
本作は{ミュージカル}には非ず。
それらの場面は全て二人の、とりわけ『リー』の妄想であり、
やはりタイトルに帰結する。
ラストシーンに集約される
全ての夢が破れた悲しい男のドラマが実態なのだ。