マッドマックス フュリオサのレビュー・感想・評価
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タイトルなし(ネタバレ)
世界崩壊の45年後。
水が枯渇して世界は砂漠化、石油・ガソリンを巡っての争いが繰り広げられていたオーストラリア。
ごく僅かな緑の地があった。
幼いフュリオサは、荒地のバイク集団を率いるディメンタス(クリス・ヘムズワース)によって母を殺され、ディメンタスに育てられることになったが、抗争と和平のはざまで城塞都市の王イモータン・ジョーに引き取られることになった。
姿を隠して生きていくフュリオサだったが、ある事件がキッカケでイモータン・ジョーに認められ、成長した後(アニャ・テイラー=ジョイ扮演)は、運輸警備主任を任されるようになっていた・・・
といった物語。
冒頭のフュリオサ母娘の物語以降、前半はディメンタスvs.イモータン・ジョーが中心。
派手なアクションシーンが続くが、こちらも見慣れたせいか、「なんだか、ヤンキー対決みたいな・・・」といった感じで興が乗らない。
後半、アニャ・テイラー=ジョイ演じるフュリオサが登場。
待ってました! といいたいところだが、肉体が躍動するアクションはそれほど多くなく、マシンを駆ったり、スナイパーもどきの腕前をみせるなどで、少々ガッカリ。
そりゃまぁ、カッコいいのはカッコいいんだけど。
しなやかな肉体が躍動するさまを観たかったのよ。
と、最終盤はフュリオサvs.ディメンタスの一騎打ち。
ここは主役ふたりが立っており、対峙はヒリヒリ。
ディメンタスの最期も、70年代あたりのディストピアSFを彷彿とさせ、『怒りのデス・ロード』へとうまく続けている。
終盤で面白さは持ち直したが、フュリオサのドラマ部分が弱く、延々続く一本調子のアクションシーンに疲れたね、というのが正直なところ。
ドラマとアクションは車の両輪、なんだけど、このクルマ、片方、タイヤが外れているね。
って、それらしきシーンも登場・・・
でしたね。
予告篇に騙されてはいけません。
私はジョージ・ミラー監督のファンであり、マッドマックスシリーズをこよなく愛する50代半ばのおじさんです。この作品のレビューをしている方々は私より歳下の若い人がほとんどだと思います。携帯電話はもちろんインターネットすらなかった時代を生きて来た昭和のおじさんの視点からレビューしたいと思います。
理屈っぽく語りますので、ウンチクが苦手な方は読まないでください、笑。
日本公開前から予想外の全米興行不振のニュースが伝えられました。
これを受けて日本のSNSでは「マッドマックス大コケ、駄作だったみたい」等々の「失敗=駄作」という、ある意味制作者に無礼とも言える短絡的なコメントが散見されました。
で、満を持して日本公開。レビューで限って見ると賛否両論。
日本では健闘しているようです。
そもそも1作目はアメリカでヒットせず、日本では大成功でした。
実は意外なことにフューリーロードも最終興行成績は赤字だったんです。
これは作品の世界観が独自すぎて、批評家や特定のファンにはウケるけど、万人向けのテーマではない、ということなのでしょう。
今の映画は大変です。公開前、公開後もインターネットという敵にも味方にもなるツールと戦わなくてはいけません。
特に鑑賞者レビューは読み進めると、その方向に洗脳されてしまいます(笑)
レビューを読むとわかりますが、フュリオサの評価を下げているレビューワーのほとんどはフューリーロードと比較しています。はい、もちろん私もその気持ちわかります。
シリーズ作品であるスターウォーズ、ジョーズ、インディ・ジョーンズ、エイリアン、ターミネーター、ダイ・ハード。。。(世代がわかりますね)そりゃ前作と比べたくなるのがファンというもの。
マッドマックスのイメージは?と問われれば1000人中1000人が「カーアクション」と答えるでしょう。1979年の1作目公開から45年、みなさんの脳内に「カーアクション」が植え付けられています。
映画に限らず「物語」というのは起承転結で構成されています。
マッドマックスはシリーズ通して見るとわかりますが「結」の2/3がハイライトであるアクションで表現されています。息をもつかせぬカーアクションが終わって、1分程度のエピローグがあってすぐにエンドロールに入ります。ですから観ている人は「おぉ!」とアドレナリンが噴出してアクションの余韻を感じたままエンドロールを見ることになります。
本作品はその構成が違います。
ラスト近く、フュリオサとディメンタス将軍のそれぞれの葛藤が声と表情によって語られて、静かに結末を迎えます。
観ていたほとんどの人はハイライトがイモータン・ジョーとディメンタス将軍の直接対峙とそれに関わるフュリオサ、に期待していたのではないでしょうか。
初見の鑑賞中、「あれ?まさかこのままエンディング?」と私も心の中で思っていました。
ではなぜこの構成なのか、これはフュリオサの15年の人生を描いた作品だからです。
ですので、なぜ多くの人がフューリーロードと比較したがるのか不思議なのです。
フューリーロードは「九九ができなさそうな奴らが出ている、行って帰るだけの映画」と
表されました(とても作品を言い当てている)
対してフュリオサはフューリーロードで登場する前の人生を描いているので、そら心理描写が増えてドラマティックな要素が強くなりますね。
余談ですが、邦題は配給会社の戦略なのでしょうが原題と同じが良かったと思います。
単純な人はマックスが出てないのになぜマッドマックス?って呟いていましたから、笑。
ミラー監督とこのシリーズが大好きな私の、本当は両手を挙げて絶讃したいけどあえて「弱いなぁ」と思うところです。
ディメンタス将軍が究極の悪人ではない。
下っ端から「俺はお前の部下ではない」的なことを言われたり、途中で仲間割れしてますね。くまさんのぬいぐるみを差し出す時に「娘の形見だ」ラストで「俺もお前と同じように多くの大切な人を亡くしてきた」など、悪人なんだろうけど人間味を感じさせるセリフ。
あえてこうしているのでしょうけど。
VFXがちゃちいシーンがある。
特に見せ場の空中戦は実走行とグリーンバックの差がわかりすぎて、もうちょっとうまく
合成できないものかなぁ、と思いました。エンドロールのVFXスタッフの人数は相当多かったですが。
実際はオーストラリアで緑の木々があるロケ地だったそうで、まぁ背景合成の難易度が高いのはわかります。
それと、制作するにあたって俳優ユニオンの力が強いとか、実走行させると撮影時間がかかるという大人の事情もあるみたいです。
フューリーロードと比較すると、本作品の公開されているメイキングはかなり少ないので、「え?このシーンこんな撮影だったの?」ってネタバレの楽しみが少ないです。
幼少期の描写が長い。
実際は長く感じることはなかったのですが、そういう意見ありますね。
幼少期をもっと短くして、成長したフュリオサとイモータン・ジョーの関係性と確執を描いた方が良かったような気がします。なぜ、フュリオサはフューリーロードでイモータン・ジョーに反旗を翻したのか。
ミラーはその答えを最後の語りに答えを出した、ということでしょう。
フュリオサが心を開いたジャックがあっけなく死んでしまった。。。
キラーカットが少ない。
本作と前作をご覧になったみなさん。パッとすぐに思い出す印象的なシーンありますか?
1作目ならバイクが暴走族の頭を直撃するシーンとか。
フューリーロードだったら、オープニングチェイスのギター野郎(笑)とか、炎を砂で消すシーンとか。
意外とフュリオサは印象的なチェイスカットが少ない気がしますね。
その判断で良し悪しつけるわけではないのですが。
音楽がイマイチ。
前作と比較するなと言いつつ比較しますが、感情移入できる旋律が少なかった。
義手になった理由。
これ、一番肩透かしでした。逃げ出しすために自ら切断したということ。
で、なぜ多くのバイカーがいるところで気がつかれずに逃げれたのか、とか。
私の脳内脚本だと、緑の地の場所を記した刺青がバレそうになったから、とか勝手に想像
していたのですが。
良かったところ。
オープニングがフューリーロードとほぼ同じ構成。
クレジットされるフォントが同じということに気が付きましたか?
幼少期のフュリオサが可愛い(変な意味ではありません)
どこかの記事で読んだのですが、実際はなんと!演者さんとAIで作り出したというこの世に実在しない顔とのことですが、本当でしょうか。
母ちゃんがかっこいい。なんか妙な色気があって良い。
フュリオサがなぜ狙撃手の名手なのか、わかります。
衣装やバイクの装飾が細かい。私は2回鑑賞しているのですが、2回目は脳内処理に余裕があって、そういうところも見るようにしました。
後半出てくる人間が叫んでいる形のシフトノブ、あれ欲しいです、笑。
あと最後に将軍が乗っていたマネキンフロントのバイク。。。。
カーアクション
随所に散りばめられたカーチェイス。こういう表現は失礼かもですが、大粒ではなく小粒がたくさん。一瞬ですが走りながら車の荷台にバイクが駆け上がるとか、アイデアが詰まりに詰まっています。決して前作に劣るものではないです。アクションがドラマの繋ぎ役になっている感じ。
ズームレンズではなくカメラが寄っていき、被写体を中心に、という構図が素晴らしいと思います。
一瞬の静寂。
フュリオサが道路で周囲を見回すシーン。本作はほぼ全編に音楽が薄っすらのているのですが、ここで無音になります。聞こえるのはフュリオサの呼吸音と衣服が擦れる音だけ。
観ているこちらが息を止めたくなる静寂がいい。
オマージュ。
マッドマックス2のワンシーンを思い出させる砦の上から噴射される火炎放射器。
オマージュではないですが、ギター野郎が後半、ヒキ画の奥でギターをかき鳴らしていました。
そしてインターセプターと佇むマックス。トカゲを食うオープニングシーンですね。
マックスが見ていたのはあの光景だったんですね。
マックスは誰が演じていたのでしょうか。
目の強さ。
本作の特徴はこれでしょう。VFXで誇張されているとはいえ、外であろうが暗がりであろうが、すべてのキャクターの「目力」がすごい。
ちょっとヒラメ顔のアニャ・テイラー=ジョイの目力が素晴らしい。
道路でジャックを睨みつけるあの鋭い目。あれはすごい。
総じて、
長尺ですが、それでも修羅の道をすべて描くには足りないでしょう。
「セリフではなく、画で表現したかった」というジョージ・ミラーの意図は伝わると思います。
ラストの二人の掛け合い。
流れるフュリオサの涙は、ディメンタス将軍が語る「お前も俺も同じだ。同じ過去を背負っている」という言葉に復讐だけではなく、他の感情も流れていたのではないでしょうか。
フューリーロードの脚本とほぼ同じ時期に本作の脚本も完成していたようです。
順調にいけば、フューリーロードの続編が制作されるはずです。
トム・ハーディとシャーリーズ・セロンは続編の出演契約にサインしてある、ともコメントしていました。
ただ、本作が途中ミラーとワーナーが裁判沙汰になったこと、ストライキの影響で1年公開が伸びてしまったこと、パンデミックによる映画ファンの心理変化があったことが理由になったとしても全米の興行成績が残念な結果に終わると、ワーナーが莫大な資金を出すとは思えず、ウェストランドは制作中止になる可能性が極めて高いです。
なにせヒットした印象のあるミッションインポッシブル最新作ですら、儲けはちょいだったそうです。
ジョージ・ミラー監督は79歳。
高齢ではありますが、、ファンとしてはもう一本監督作を観たいです。
今夏、午前10時の映画祭でマッドマックス初期2作が期間限定で劇場公開されますよ。
私は観に行きます!
V8インターセプターを讃えに、みなさん観に行きましょう。
長文駄文にお付き合いいただき、ありがとうございました。
タイトルなし(ネタバレ)
シリーズ初鑑賞でした。
アクションやカーチェイスは大迫力でよかったです。
個人的に復讐物でハッピーエンドでないことや心が荒むような血で血を洗う戦いで唯一信頼できたジャック隊長と一緒に宿敵に処刑されてしまい、救いがなさすぎるなと感じました。
スピンオフなので本編でフュリオサにどんな結末が用意されているのか気になります。
バイクや車や機械が好きな人はもっと楽しめるのかもしれません。
主人公が好きになれなかった
いいとは思うし、これは完全な好みの問題だと思うので、好きな人は読まないで欲しい。特に女性。かなり愚痴に近いレビューです。
何をどう星に反映していいかわからず、自分の気持ちに正直に2
たぶん作品としては5
やってる事はわかるし、完成度がどうというのじゃなく、完全に主人公が好みじゃなかった、という映画。
作品としてはとても良いと思うのに、本当に自分の好みの問題でクサしたくなる映画。
フュリオサがどうしても好きになれない。これに尽きる。強さが中途半端。予告で見えてた「この世の全部がクソッタレ」感が、本編でなかった。
楽しかったのは、ジャックとの邂逅まで。
ジャックに完全に絆されてしまったのが、もしくは絆された経緯が気に入らない。愛する男ってこれのこと? 愛する理由、あった? なんとなくぬるっと、なんかいい感じの言葉かけられて、庇護されただけで?
まだ踏み台に利用するんだったら良かった。
逃がしてもらっといてわざわざ戻って2人とも捕まるって、何。しかもお母さんの時と合わせて2回目。もうその頃には映画に退屈していて「もう、また面倒おこすやんー」と飽きてきてた。
2回目はいったん危機を脱したし、二度繰り返したからより怒りが強化された、なのかもしれないけど、何を犠牲にしても故郷に帰る、復讐を果たす、というような信念の強さが中途半端。
主人公のいろんな面での弱さが私にとって好ましくない弱さで、本当にストレスだった。お母さんはあんなにカッコよかったのに。
あんなに辛気臭いのに、ことの動機はよく見るエンターテイメント的わかりやすさのもの。もうちょっと新しさや極端さやなんなら繊細さがあったらもう少し好きになれたかもしれない。
最高の映画体験
すみません。
長いです。
「もう、さっさと決着つけてね」思った堪え性のない自分に困りました。
しかし
映画は最後まで観るもんです。
「復讐の方法」
自分は何十年も映画観て来ましたが
「復讐」に関しては過去最高の映画体験でした。
で、ここまでの長さはこの展開への「壮大なタメ」だったと納得いたしました。
怒りのデスロード見直したくなった
怒りのデスロードのフュリオサの来し方についての話
前作は映画館で見て、好きなジャンルじゃないけど楽しめたという感想をだったけど、
いかんせん1回しか見てませんので、全然覚えてないわけですよ。
なので、白塗りの男の子たちって誰だっけ的な、不案内ぶりでした。
この映画も楽しめたけど、めったにないものを見たという新鮮味はなかったかな。
2015年以降に、多少好きなジャンルでない映画も嗜んできたし、
特にバイオレンスアクションには結構免疫が付いたというのもあるのかな。
まあ楽しく見られました。時間があったら配信で、怒りのデスロードを見直したいです。
100点満点中、295点
なんて美しい映画なのかな、と。
母親など、愛する人を失うシーンを残酷に描けば描くほど絶対に面白くなるのに、やらなかった。
分かってるはず。
そこがこの映画をそこら辺の陳腐なアメリカ映画にしないところかなと思った。
フュリオサの目がとにかく素晴らしい。
あの目が全ての行動に説得力を生む。
生きるために腕を失うことをためらわない。
見ていてボンヤリとした自分に喝を入れてくれる。
没入して観れました。
素晴らしい作品です。
新たなる幕開け、マッドマックスは神話となる!
文句なしの傑作と呼べよう。
昨日で4回目の鑑賞。前作の「FR」も何度観たか分からない程の大傑作な訳ですが、「フュリオサ」も観る度に新たな発見のあるMDMXファンにはたまらない映画になってます。
まずファーストシーンから「これは新たな神話ですよ」と我々を誘ってるかのような幕開け。
そして壮大なフュリオサの復讐譚が5章に章立てされて物語を紡いでいく。
明らかに前4作とは趣きの違う作劇である。
このチャプター化されたことにより、観客はフュリオサに感情移入していき、ストーリーに没入しやすくなっていたと思う。もちろんストーリーと言っても、複雑さは排除されあくまでもアポカリプトムービーとしてのバイオレンスやアクション主体の大活劇なのは言うまでもないが。
とにかく今回も練りに練られたカーアクションシークエンスが出色の出来!オクトボス軍団とウォーリグ、ウォーボーイズとの15分にも及ぶ死闘。
前作で出来なかった、空中からの攻撃や、新兵器のボミーノッカー⁈(この装備が凄い!)
バレットファームでの死闘も凄かったし、ディメンタスを捕えるフュリオサの追撃シーンも見事でした。
シャーリーズセロンからバトンタッチしたアニャテイラージョイは豹のようなしなやかさで、フュリオサを言葉少なに演じていたし、ディメンタス役のクリヘムも統率力に欠けるヴィランを嬉々として演じてた。ラッキーヒュームに代わったイモータンもヒューキースバーンをリスペクトしてるのがわかる名演でした。
私がMDMXに求める全ての要素がこの映画には凝縮されて入っている。御年79歳のミラー監督には長生きしてもらって、次作「ウェイストランド」を完成させてほしい。溢れ出るイマジネーションが枯渇する事はないと思うが、一年でも早くマックスの前日譚を観てみたい。
これこそ最高のプリクエル
マッドマックス怒りのデスロードのプリクエル、
フィリオサの修羅の道を描いた本作
観ないわけにはいきません。
幼くして緑の地から誘拐されたフィリオサ
自分の腕に家への道のりを刺青までして
帰るチャンスを狙っている。
何度もチャンスがあるのだが、
その度につぶされていく。
よき理解者(パートナー)を得て、
帰路につくのだが…
いろんな批評でも言われているが、
やはり結果を知っているため、
前作を超えるのは難しいと言わざるを得ない。
デスロードで観た色々の答え合わせになってしまう
それでも、気が付くと下っ腹に力を入れて
観ていることに気づくほど、堪える映像の
オンパレード、口の中が砂でジャリジャリ
しそうな感覚。
終始それが続くのはさすがミラー監督。
今回の新キャラ、ディメンタス。
彼の衣装の色が徐々に変わっていく。
白から赤、最後は真っ黒に。
彼の心情を示しているように思えた。
結局一番萌えたのは「怒りのデス・ロード」での
フィリオサの慟哭を改めて見せてくれたところ。
タイトルにも書いたが、最高のプリクエル。
一気に「フィリオサ」から「怒りのデス・ロード」を
連続で
映画館で観たい。
映画館でエンジン音を腹で喰らう快感
チケットを貰ったので109シネマズプレミアム新宿で鑑賞。
良い音響で聴くエンジン音・銃火器音は最高でした。
ああいうのを体験するために映画館に行くまである…
前作の怒りのデスロードがとても好きで複数回鑑賞。
フュリオサの前日譚という事は、前作の頭に繋がるわけで…
つまりは今作は救いのない結末なのでは?という点で鑑賞を迷っていたのですが、結果、映画館で観て良かったです!
当たり前のことながら、今作もアクションシーンが素晴らしすぎて
どうしたらあんなに豊富なアクション演出や流れを思いつくのか…と感心しっぱなしでした。
個人的に好きだったのは、
・アクション中に無駄にオーバーな感情表現がないこと
・不要な恋愛要素がなかったこと
・セリフがなくても、目線や間、動きで端役のキャラクターたちにも感情移入できてしまう演出
叫びや漏れ出る声、オーバーめな表情がアクションをより盛り上げる要素になっている事が多い気がしますが、今作はそれを抑える事で逆にリアルな戦闘を見ているような感覚でよりハラハラできました。
多分、現実で闘っていたら顔は強張ったままだし、声も出せないくらい全身に力が入るだろうなと思います。
前作もですが、直接的な表現は無いものの、うっ!と緊張してしまう死にっぷりや痛ぶられっぷりが今作も随所に。
母親が多勢に無勢で捕えられるシーンのリンチ感は見ていてなかなか辛かったです。
それもまたマッドマックスの魅力…
グロいのはわかっていたので楽しめた
見やすさ△
ストーリー○
キャラクター◎
没入感◎
個人的好み◎
楽しめるが、予習したほうが良かったかもと、感じました。
前作の記憶がなさ過ぎて最後にこの人がこうなるのかと気がついたレベルでした。タイトルで気がつけば。
見やすい作品では無いが、事前に覚悟していれば大丈夫かなと思います。
ラストは好みありますが個人的には好き。
肝心の所がカット
今回はマックス抜きなので、フュリオサを軸にデスロードのボス イモータン・ジョーvs今回のボスのバイク軍団、悪の軍vs悪の軍で楽しそうなの期待したら、まあ全面戦闘シーンがカットされて、小隊規模や1人か2人vsザコ軍の 仮面ライダーやアベンジャーズやトランスポーターで見飽きた構図多くて 良くなかっです、レッドクリフの世紀末版みたいなの見たかった。
毎回変わるテイスト
Mad Maxは毎回、雰囲気と形が変わる。監督はまるで同じ雰囲気と話運びを意識的に避けているようだ。車との追跡という点では同じだけれど状況が異なる。今回は年代記のような構成だった。前回を期待してみるとちょっと違うと思う。それでも大がかりな爆音と疾走はわくわくする。そして最後には主人公と悪党は少し哲学的な会話を行う。ただデイメンタスが悪党に見えない。悪党の冷ややかなところがない。Maxのような主人公の相棒も鋭い所がない。要するにミスキャストだからだ。最後に話の運びを見せるために前回のシーンが付け加えられている。するとやはり前回の方が面白かったなーと思ってしまう。これはない方が良かっただろう。
CGはすごい景色を作り出せるけれどあの肉弾の恐怖が薄れる。それは発展なのか退化なのか?犬が足をくわえてやってくるシーンがある。これは用心棒だ。この監督は様々な映画特に黒澤明をよく見ているようだ。実はかなり高度な映画制作のテクニックを持っている監督だ。巨費をかけなくてもMad Max2のような線で新たな地平が見えるかも知れない。
前作との整合がいまひとつ
★3ですが、長々と文句しか書いていません。
2015年のフューリーロードとはテーマが違うので、映画のジャンル自体別物だということは理解していても、全体的にちょいと雑だなという感じがしました。
以下、文句の箇条書きです
1・あのSKSカービン
冒頭、フュリオサの母が構えたのを見て、私は何度も静かに小膝を打ちました。フューリーロードで、フュリオサがマックスの肩にレストした状態で撃つ、あの銃です。はいはいはい、あれはお母さんの銃ね、なるほどね~となったのですが、同じようなSKSカービンが何挺も登場して最後の方はよく分からなくなってしまいました。
そこは、あの母親の銃ってはっきり分かった方がよくないか?
2・フュリオサの器用さ
マックスがキングオブ陰キャなら、フュリオサはクイーンオブ陰キャ。両方飲み会では「ソッスネ」しか言わない。そういうタイプだと思ってました。
しかし、本作のフュリオサは、母親を殺したディメンタスにしても、女性を物扱いするイモータンジョーにしても、特別扱いされるのがデフォルトというか、気づいたらいい立ち位置にスポっと収まっているんですよね。逃げ出せるタイミングでも男装してちゃっかり戻るし、子供時代から中々器用に立ち回るなと。
あと、自分のために作られたか分からないものを、結構ぱっぱと持って行きます。
3・左腕の地図
悪い大人たちが「これは何?」って興味津々で聞き始めたとき、私はまた勝手に小膝を打って、「これは、緑の地を守るために自分で切り落としたな」と想像していました。
その腕、クレーンに残していって大丈夫かと。
4・ディメンタス
ちょっとプレイングマネージャーすぎて、もう少しどっしり構えておいてほしいんですけどね。ヒューマンガスとウェズの間ぐらいの人でした。会社組織だと、関わるとややこしい係長ぐらいじゃないでしょうか。本棚に「嫌われる勇気」が置いてありそうなタイプの。まずは、「ついていきたいと思われるリーダーになる51の考え方」を読んでほしいです。
5・ジャック
ジェネリック版マックス
どうして、ビジュアルをモノマネ芸人ぐらいの半端な絶妙さで寄せてくるのでしょう。全然違うキャラでいいじゃないですか。あの見た目でタンクローリーを運転している姿は、マッドマックス2と被るんですよね。退場もやたら適当でした。
6・フュリオサの子役
アリーラブラウンという名前の女優ですが、大人フュリオサ役のアニャテイラージョイにバトンタッチしたとき、目の形だけではどちらか分からないぐらいに似ていて、驚愕しました。このキャスティングは奇跡だと。あとから調べたところ、子役の顔をAI補正でジョイに似せていたことが分かり、今度は膝の裏を打ちました。
それは、子役にクソ失礼では?
補正するなら、ブラウンとジョイの両方を変形させて、真ん中の地点に寄せろよと。
7.リメンバーミ―
フューリーロードでの、フュリオサの決め台詞です。
片腕がなく、坊主頭。イモータンジョーの部下でありながら、実は宿敵。一体、どんな過去があったのか。幼少期に親を町ごと焼かれたのか、何かの因縁で腕を切り落とされたのか。前作から十年近く、それはずっと頭の片隅にありました。今回答えが出たわけですが。
普通に会っとるんかーいと、背もたれがなかったら後ろにコケていたと思います。
フュリオサはディメンタスにも同じことを聞くので、前作での台詞も初老向けの認知クイズに思えてきました。
8・左ハンドル
アメリカの車が、どうして、世紀末のオーストラリアに、ある? (これは前作でも思いました)
9・マックス
お前は、ずっとそこでソロキャンしてたんか?
※演じたのがトムハーディのスタントマンなので、立ち姿はよく似ていました。
あと、片腕になったフュリオサを洞窟まで引っ張って助けたって解釈でいいんですよね? もし面識があるなら、前作で水をがぶ飲みした後「フュリオサやんけ、ワレ」と言いたかったのにまずボコボコにされた可能性もあるわけで、それはそれで悲しい。
前作とのつながりを考えるとあちこち変ですが、それを忘れることができれば面白い映画です。
引きずり込まれる
もう冒頭から集中力を持ってかれる。
ビジュアル的な世紀末の描写も、精神的な世紀末感も凄まじい。下地がいいと言うかなんと言うか…1979年に打ち出した世界観やビジュアルが2024年になっても色褪せる事はなく…寧ろ異彩を放つというか、煌めきを放つというか、極上だ。
物語もちゃんと整理はされてて、見やすかったと思うのだけど、感覚的には見たというより体感したような没入感がある。圧倒された148分だった。
その世界観を背負い立つ、幼い頃のフェリオサが…まぁ見事。アレはなんなのだろう?新人類とかなのかな?ちょっと非凡過ぎる才能の塊のような俳優さんだ。
全く埋もれない。
負けもしない。
超大作の冒頭の数十分を牽引していく。
…監督の演出もあるのは勿論だけど、それにしても目が離れない。彼女の目に映る世紀末を追体験していくような感覚にもなる。
いわゆる「怒りのデスロード」以前のフェリオサが描かれるのだけども、骨組みは凄くよく出来てたと思う。
彼女の内面が分かった分、前作のフェリオサの慟哭の意味もより深く理解できる。
故郷に帰る為、世紀末に種を植え続ける為に暴力が支配する荒野を生きる。
生き抜く術を覚え、鉄騎を駆り、血に塗れても尚、尊厳を失われも奪われもしなかったのには、そういう確固たる信念があったからなんだな。
今作のアクションも凄まじい。
CGの恩恵も勿論あるんだけれど、アングルがいちいち気持ちいい。新型のタンクローリーが襲われるとこなんて、てんこ盛りでお腹いっぱいになってもいいようなもんだけど、麻薬のようにもっともっとと欲しがってしまう。
セカンドユニットがおそらくスタントパートを撮ってると思うんだけど、監督のガイなんとかさんはホントにいい仕事してくれた。
そのアイディアを実現させたスタントチームにも拍手喝采だ。机上の空論にせず、ちゃんと実現させたのだから。
もう、どこをとっても隙がない。
一回、無音というか爆音が轟かないシーンがあって、タンクローリーからフェリオサが蹴落とされるとこなんだけど、あの喪失感ったら…極上の演出だも思う。
砂漠の広大さと無慈悲さが際立つ。
何が起ころうと折れなかったフェリオサになす術がない。「無力」取り巻いてる砂漠から断定されたようにも見えた。
名作と呼ばれる事はないとは思うのだけど、映画史に残る一作ではないかと思う。
なにせ、他に類を見ない。
なぜだかファンタジーを感じないのだ。
説得されちゃう。
あとはフェリオサ愛だろうか。
監督はフェリオサを通して何かを語りたかった訳じゃなくてフェリオサを語りたかったんだろうなぁと思う。
すげぇもんを見せられてしまった。
日本映画がこの作品の境地に行き着く未来はあるんだろうか?…無いんだろうなぁ。ムカつくなぁ。
アクション映画の皮を被った金ピカの芸術作品!
前作は「駅馬車」と比較されたが、今作はフェリーニの「サテリコン」にかなり似ていると思った。アクション映画でありながら、ものすごくガジェットにも拘った重厚な作りになっている。桃の種がまさかの結末へと導く――衝撃――。ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスの「ヒュラスとニンフたち」という絵画の登場するシーンやディメンタスのマントの色が変わって行く様、フュリオサの髪、警護隊長ジャックがフュリオサへ渡すショットガン、鳥の頭蓋骨のボブルヘッド等、まさにフェリーニ的な小道具の散らかし方が楽しい。終盤のイモータン・ジョーとディメンタスとの40日戦争のくだりを「見せ場をショートカットしている」との意見もあるが、ボクは脚本的にはこれで良かったと思っている。そうでないと、フュリオサをヨハネの黙示録の第五の騎士だと語る賢者のセリフとラストが生きない。また、40日戦争はおそらくイエス・キリストの「荒野の誘惑」をも暗示している。これはきっとフュリオサにとっても【試練】の期間であったに違いない。おそらく観客は、誰かを殺してスカッとしたいのだろうが、この映画の最大のハイライトは相手を打ち負かす闘いではなく――再生――、そのための戦いなのだ。そのあたりが国民性というか、特に北米では受けいられなかった理由かも知れない。まあ、日本ではけっこう検討しているようなので嬉しく思っている。
すっごく
前日譚だから、そこまで期待して無かった、正直。
蓋を開けてみれば補完以上の出来でした。
映像は勿論何だけど、マッドマックス前回のストーリーで、フュリオサの成長?の物語として様々な紆余曲折がよく描かれていました。
脇を固めるキャラも強烈で話がより一層盛り上がった。
デスロードまた見たくなるなぁ、これ。
しかしほんと、このシリーズ、良い人はほぼ生き残らないなw
ジャックが素敵すぎる。
迫力とヒューマニズムの映画でした!怒りのデス・ロード又みたくなったよ。
IMAXをバージンンデビューです。さすがに音響と映像が素晴らしいかった。その上に砂漠の中のカーチェイス、バイクチェイスが迫力凄い。本当に自分も砂漠の中にいるような感じでした。子供のフュリオサに会えて幸せ♪初めて見た時に、”レオンのマルチダ?”と思ってしまいました(古?)兎に角、最初から最後まで目を離せませんよ。あっという間でした。
そして、若き日のフュリオサをここまでみてしまったら、最強の戦士となった”怒りのデスロード”を再び見るしかありませんです。あーどちらも最高です。
前日譚としての作りこみに満足
賛否両論のレビューをチラ見しつつIMAXにて鑑賞。
確かに前作に比べてストーリー性が高く、会話も多い。だから若干の間延び感、スケールのダイナミックさは劣っているような気はした。
がしかし、この作品はあくまでも前作「怒りのデスロード」の前日譚。であるからして、前作を超えるような大興奮映画でなくて良いのではないか、いやむしろそれが正解のではないかとさえ思う。
その観点からいくと、アニャ・テイラー=ジョイ演じる若干頼りなさを感じるフュリオサが実に心地よい。これが最初からシャーリーズ・セロンだと強すぎて逆に若干引いたかもしれない。
イモータン・ジョーへ復讐する前にまずは母を殺したディメンタスへ復讐するあたり、しかも殺し切らず新たな生命、緑へと再利用するあたり、なかなか面白かった。
前作では作りこまれた車を通してのアクションが魅力だったのに対し、今回のバイク集団も
なかなかの魅力。特にディメンタスの乗る馬車のような仕立てのバイクは古代ローマを思わせるよう。
ウォー・ボーイズの銀のスプレーのシーンは個人的に大好きなので、今回も観れて大満足。
観客の期待に応えるというより、監督がやりたいように思ったままを映像化するのがマッドマックスシリーズなので、途中、話の展開が最後まで描かれていなくても、多少強引な話の進め方でも、そんなのは超越できる世界観で今回も大満足。
ただ1点苦言を呈すなら、映画館へ。なぜ続けて前作を上映してくれないのか。この映画を観たら絶対前作を続けて観たくなること間違いないのに。それも家でではなく、映画館の大きなスクリーンで、大音量であの興奮を味わいたいのに。
ただそれは映画館への苦言なので、映画そのものの評価としてはあくまでも満点で。
このシリーズは噂によるとどうやら3部作とのこと。世界的には今作の興行が上手くいってないようなので心配だけど、ぜひ次回作も観てみたい!ジョージ・ミラー監督がまだお元気なうちに、どうか完成披露をお願いしたい!と願って止まない。
何ならイモータン・ジョーにスポットを当てた作品も観てみたい。
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