「Born this way,this is MY WAY!」バービー つとみさんの映画レビュー(感想・評価)
Born this way,this is MY WAY!
観ようかどうしようか、迷っているなら観るべき。そして誰にも邪魔されず、自分の感じたことを大切にするべき。簡単に言うと、「バービー」はそういう映画。
夏休みでもあり山の日でもあり、ほぼ満員の客席には何かしらピンクを身に着けた女性客もかなり多くて、みんな思い思いに「バービーを楽しもう!」としてるんだな、とウキウキした。
映画は誰かのために観るものじゃない。もしも誰かの悪意でその意図が歪められているのなら、それも自分の眼で確かめるしかない。この映画が伝えたがっているものは一体何なのかを。
まず、大事なことだから初めに書いておくと、「バービー」めちゃめちゃ面白かった!テンポが良くてコミカルなくせにシリアス。バービーランドと現実世界の落差も良い。
世界中のピンクを独占したバービーランドのファンシーでファビュラスな世界(ビーチの砂すらもピンク!)から見たら、現実世界はなんて無機質なグレーなんだろうと(笑)。人間世界のほうが見慣れてるはずなのに、なんて味気ない世界なんだろうと。
思った以上にミュージカルなノリなのも良いし、所々に遊び心が滲み出てるのも良い。
「ラ・ラ・ランド」でピアニスト役だったライアン・ゴズリングにキーボード弾かせてたり、「マトリックス」でネオ(アンダーソン君)が働いてたみたいなオフィスで追いかけっこしたり、そもそもハイヒールとサンダルを選択させるくだりも「マトリックス」だろうなぁ。
映画好きをクスリと笑わせるセンス(「ザック・スナイダー版のジャスティス・リーグ」や「マーゴット・ロビーが言っても説得力がない」などのメタ発言)もありつつ、女性たちの実感のこもったセリフの数々や「男って本当アホやな」というシーンの毒気と優しさも見どころ。男ってアホやな、と書いたけど馬が走ってるだけの映像が延々と流れてること(そしてそれが「男らしさだ!」っていうノリ)に気づいたら、笑うなっていう方が無理だと思う。
そうは言っても、ケンの視点からバービーランドと人間界を比べて見たら、バービーランドはピンクな現実世界でもある。言い方が難しいけど、色味が違うだけで二つの世界の構造は一緒だ。人間界は男が社会を牛耳り、バービーランドはバービーだけが全てを手にしているという点で二つの世界は同じ世界なのだ。
この二つの世界で、支配される側の存在は同じ惨めさを味わって生きている。それは自分の存在意義を実感できない辛さだ。「女なら誰でもいい」役割しか与えられないことと、「ビーチの人」としか見られないことはイコールなのである。
家父長制、有害な男らしさ、マンスプレイニング、ハラスメントなどなど、抽象的な言葉でこの映画を語ることは無限に出来ると思うけど、私の心に突き刺さったのは「考えなくて良いってことが、スゴく楽ちん」という物理学者バービーのセリフ。
それなんだよね、結局のところ。生きている中で一番心が折れる瞬間は。
考えようと思えば考えられるはずなんだよ、本当のことを言えばね。でも「お前は考えなくていいよ」って言われちゃったらやる気は削がれるし、自分が無能になった気がするし、それに何も考えなくて良いのは楽チンなのも事実。
だが私は嫌なのだ。
それを「良し」とする人がいても全然構わないけど、それを世界の半分だと決めてかかられることは御免被りたいのだ。でも「良し」派の人を否定するつもりは無いのだ。だから難しい。
世界はピンク1色でもなく、グレー1色でもなく、色んな人がいて色んな色で出来ている。この沢山の色に満ちた世界で、どう生きるのかは「自分のしたいようにする」以外にはない。
思えばグレタ・ガーウィグ監督は「レディ・バード」から一貫して「自分の生きる道は、自分のしたいようにする」だよ、と伝えている気がする。巧妙に世界との関わりを織り交ぜながら、それでも結局最後は自分の気持ちに正直に行動するしかないし、それは誰かに許可してもらうことでもない。
「なりたい自分になるのに許可はいらない」、バービーの産みの親であるルースがバービーに伝えたように、誰の許可も求めず、自分の選択に責任と誇りを持って、そうやって生きていくのが一番自分にとって悔いが残らない生き方だから。
女性が観て共感出来ることは太鼓判を押すけど、男性にももちろん観てもらいたいと思う。ケンの視点にちょっと触れたけど、「バービー」はケンや男性のことも、彼らの抱える悩みや辛さもちゃんと描いてるし。
中々本音を言ってくれない彼女や妻や娘の気持ちがわかるかもしれないし。
むしろ「そんなところ見てたの?!」とか「そんな風に思ってたの?!」とかに気がついてちょっと恥ずかしい気持ちになるのかもしれないけどさ。
あと、なんか勘違いしてる人がいるみたいだから、一応言っておくと、ラストシーンでバービーが婦人科に行ったのは「人間」になりに行ったんだよ?妊娠したわけじゃないから。
女として生きていくことが苦しくて、死を意識したバービーを産み出したグロリアが、女性性を押しつけられることを辛辣に批判したサーシャが、人間の女になろうと婦人科を訪れるバービーに「応援してる!」って言えるようになったんだ。
こんなに素敵なことってないよね。
ちょっと残念なのは、カメオ出演の企画もあったシアーシャ・ローナンとティモシー・シャラメのバービー&ケンが実現しなかったこと。
あの2人のバービー&ケンだったら、どんな感じだったのか…。時代がかった衣装も似合いそうだし、伝説のバービー&ケンとかでバービーランドに飾られてたりしてね。