「相手や自分自身の“アンダーカレント”を知った時…」アンダーカレント 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
相手や自分自身の“アンダーカレント”を知った時…
人が分かるって、どういう事ですか…?
劇中の印象的な台詞。
家族や友人、恋人など親しく一緒にいたり、長く共に暮らしているが…、本当に相手の事を分かっているのか…?
たまに俺は相手の事をよく知っている。人を見る目がある。…なんて抜かす輩がいるが、人の心読めるのかよ? どんだけ傲慢なんだよ?
人は友情や絆や愛で結ばれるが、結局は赤の他人。血が繋がっている家族でさえも。
長く付き合っているのに相手の事を真に知らない。初めて知る事も。
その為人は、何かしらの嘘を付く。が、それは決して相手を欺こうとしたり、貶めようとしたりではない。相手の為に。
まさに本作はそれを象徴。
あなたは人を分かっていますか…?
この問いは同時にこうも聞こえた。
あなたは自分を分かっていますか…?
かなえ。
父亡き後休業していた家業の銭湯を継ぎ、再開。夫の悟と共同経営で、これからや子供の事も考えていたが…、突然夫が失踪。
心当たりナシ。…いや、夫が何か話したげだったのを私が気付けなかった…?
そんなかなえが時折見る夢。水の中に没していく。
ある朧気な記憶も思い出す。何者かに首を絞められ…。
子供時代、かなえには仲良しのさなえがいた。背格好も似てて、唯一違うのは髪の長さくらい。
ある日さなえは不審者に首を絞められ殺され、沼に沈められた。
ショックと自責から記憶が曖昧。
首を絞められるイメージは私が殺されば良かった…? それを望んでいる…?
親友を亡くし、夫がいなくなり、私は何を望んでいる…?
堀。
銭湯組合の紹介でやって来た男。住み込みで働く事に。
口数少ないが、真面目。謎めいているが、男手失ったかなえにとって、少しずつ心開ける存在。
黙っていなくならないで下さい、とまで。
そんなかなえに対し堀は、何処か微妙な距離感。
組合の紹介ではなく、本当は自分から働きを申し出たという。
何故、この銭湯を…?
この町やかなえとは全くの無関係ではなかった。
かつてこの町に住んでいた。妹がいた。妹は殺された。
堀は、さなえの兄だった。
以来この町を避けていたが、ある時たまたま通り掛かり、かなえを見かけ…。
妹と双子のようだったかなえに亡き妹の面影を見たのか…?
自分は何を求めていたのか…?
悟。
かなえの失踪した夫。
かなえが友人の紹介で雇った探偵の調査で、驚きの事実を知る。
出身地は別。幼い頃に交通事故死と聞かされていた両親は最近まで存命だった。
嘘を付いていた…?
探偵が居所を見つける。会いに行く。
再会。
夫の口から話される失踪の理由、自分の人生。
ずっと嘘を付いて生きてきた。その嘘を隠す為に、また嘘を。
それがバレそうになると姿を消し、また別の地で嘘を。
そんな時出会ったかなえ。彼女にだけは本当の自分を明かそうとしたが…、結局出来なかった。
かなえとの将来に口をつぐんだのもそれ。
嘘で塗り固め、嘘から逃げ、また嘘で塗り固め、また嘘から逃げ…。
自分は何者…?
自分自身に彷徨うかのような3人。
その孤独な心、本心を知られたくないが為に、自分の心を偽る。
脆く、今にも壊れてしまいそうな心を守る為に。
相手に合わせ、相手を思いやる為に。
それは優しさなのか、哀しみなのか…?
真木よう子、井浦新、永山瑛太が複雑な役所を、繊細かつ巧みに熱演。
胡散臭そうながらも有能な探偵でリリー・フランキーが好助演。カラオケでの選曲が秀逸!
美しい映像や音楽。
海外でも高い評価の原作コミック。
スローテンポながらもじっくりと、今泉力哉が手腕を存分に。
タイトルの“アンダーカレント”とは、発言の根底にある抑えられた感情。つまり、心の奥底。
また潜流とも呼ばれ、表層部の海流と独立して流れる海面下の海流をも指す。
全く相反する意味や流れだが、不思議と何故かそれらが相乗するような心と思いやりをも感じた。
心の奥底や海面下なんて見えやしないが、相手の為に付いた嘘、本心を知った時…
人が分かるって、どういう事ですか…?
あなたは自分自身を分かっていますか…?
水面を漂い、彷徨うかのように。
不安定に流れ揺らめきながらも、“アンダーカレント”に身を委ねる自分がいた。