シック・オブ・マイセルフのレビュー・感想・評価
全57件中、21~40件目を表示
どちらも過剰。薬量も自意識も。
<映画のことば>
「ウソをついていた。
『謎の病気』じゃあないの。
こんな状態になったのは、リデクソルを大量に飲んだから。」
「病気で注目を集めようとしていたけれど、ウソだなんて。イカれてる。
自分を哀れんでいるだけ。
正気の沙汰じゃない。」
本人は「謎の奇病」と言っているのですけれども。
それは、重篤な薬物依存、薬物の過剰摂取の故であることは、彼女にも認識はあったはずです。
(現にネットで、自分が使おうとしている薬物の副作用の情報を集めていたようですし、シグネの「病院嫌い」も、その実は、受診で薬物依存を指摘されることが分かっていたからのようです。)
本作の製作国・フィンランドでも、問題になっているのでしょうか。薬物の過剰摂取は。
時あたかも、日本でも(女子高生などを中心として市販薬のおーばーどーず(Overdose 過量摂取)が問題とされている昨今、その意味では、日本でもタイムリーな作品なのかも知れません。
それにしても、彼女の行動の端々から垣間見える彼女の自己顕示欲の強さからすると、その自己顕示欲が充分には満たされてこなかったことの、いわば「捌(は)け口」とし
て、その方面に暴走してしまったといったところが「正解」だったのではないかと思われてなりません。評論子には。
つまり、「人の目を惹(ひ)きたい」という彼女の意欲が、本作の全編を通じて透けて見えるようにも思われました。評論子には。
食物アレルギーの虚偽(過大)申告したり、たまたま主役になった「あの救命活動」でも、普通なら彼氏に頼んで自宅から取り寄せてでも着替えて帰宅するのが普通かと思いますけれども。
しかし、彼女が(あえて?)そのままの服装でなに食わぬ顔で街を歩いて帰るという彼女の「神経」は、その異常さを見て話しかけて来た人に、自分の功績を吹聴するきっかけを作りたかったからだろうとも思いますし。
家に帰り着いてからも、彼氏にすがることなく、彼が気づくのをむしろ待っていたかのような彼女の振る舞いは、少なくとも「フツー」ではなかったように思われます。
(あとには、他人の犬にちょっかいを出して、「あの事件」を「再現」するかのような振る舞いもありました。)
ケネディ大統領がダラスで暗殺されたとき(1963年)、パレードのオープンカーに同乗していた妻のジャクリーンは、空路でホワイトハウスに帰着するまで、夫の血が着いた洋服を着替えなかったそうですけれども。
同じく「着替えない」でも、その意味には、天と地ほどの違いがあるなぁと思った評論子でした。
自分を取り上げる映画の撮影中に、発作を装って、スタッフ一同の面前で倒れてみたり、痙攣(けいれん)までしてみせたり…。
枚挙に暇(いとま)がなかったというべきでしょう。
シグネのそういう人間性とも相俟って、遂には人を廃人にまでしてしまうという薬物依存・薬物依存の危険性・恐ろしさを、そんなに「声高に」というわけではなくても、静かに暗示していることは、冒頭の映画のことばに、ものの見事に昇華していると、評論子は思いました。本作を観終わって。
描かれている内容はともかく、映画作品としては、その点では、佳作と評するに足りる一本でだったとも思います。
観て、考えることに意味のある映画
笑ってしまうほどに現代人(と括るのもあまり良くない気もするが)のイヤな部分をこれでもかと見せうけられ冒頭から胸糞ブースト全開。だが見続けているうちに「今したいことをしている」という刹那的であっても素直で正直な主人公の生き方がどこか羨ましくも思う。この世の中に正しいことでは決して無いが、重大な犯罪とされることはせずに自分のなりたいように(未来への想像力の欠如、モラルに反していることには不快感がハンパないが)しているところは尊敬するレベルだ。
現代において、いかに注目されるかをアイデンティティにしていたり、したいと思っていなくても無意識下でそれに縋っていることは誰しもあると思う。それは悪ではなく、自覚することが出来るかできないかが重要だ。良くも悪くも人は独りで生きることは難しいし、何かに所属しているという実感こそがアイデンティティを形成する一つとなるのか。
みーんなグロテスク…かも?
かつて出会った事のある人々を思い出し、今彼女たちはどんな人生を送っているのかと思い巡らせてしまった。
とにかく自分を特別なものに見せたくて、話す言葉、立ち居振る舞い、眼帯や包帯の小道具に至るまで、自分を表現できる全ての手段を使って叫んでいたように思う。
私を見て と。
見てもらって、さてその先に何があるのか。
この映画の主人公には何もなかった。
その事実がとてつもなく残酷でグロテスクで、観終わった後はなんとも居た堪れない気持ちにさせられる。
巷に溢れるSNSの投稿は、今日も「私を見て」の叫喚で溢れかえっている。
誰に、何を、なぜ、見てもらいたいのか?
それを答えられる者は、おそらく彼や彼女たちの中にはいないんだろうな。
私にもわからない。
ただ、彼や彼女たちをエンタメ代わりに画面越しで観ている自分が、この病気の一因なのかもとはうっすら気づいている。こんなふうに我を失わない自分で良かったと、そう安心するために、彼らには叫んでいてもらわないと。
なんてグロテスク。
主人公の闇堕ちが凄い
強烈なインパクトをのこしたという点でシック・オブ・マイセルフを推したい。
ここまで闇堕ちする主人公を予想通りの顛末ではあったが、それをいかにして自らの注目を浴びたいがために違法薬物に手を染めるわけだがワンシーンの描写が非常に生々しく描かれているということもあってか、特に心配されることに対して快楽すら覚えてしまうシーンには恐怖しかない。
発想が尖ってるだけで、映画としての作りが緩いし 映像の見た目もそん...
発想が尖ってるだけで、映画としての作りが緩いし
映像の見た目もそんな良くない気がするから
観てて少し退屈だった上に不快感が強い。
ただ注目を浴びたいが為に病気を偽る彼女と、彼女より注目を浴びていたい彼氏のお前らだけでずっとやってて下さい。みたいな感じは面白かった。
あと、もしこうだったらの妄想シーンのシームレスな入り方とかよかった。そこの部分映像の作りもカチッとしてて良い感じなのはワザとなのかな?(現実部分のほうはずっとうっすらモサついた印象がある)
この映画でミュンヒハウゼン症候群のことを知ったので、それ自体はとても興味深いと思う。
ただ尖った題材だけに、もっと手練な監督に撮らせたら、、、と思ってしまった。
あとこの映画のポスタービジュアルは最高。
映画のテイストと内容を毒っぽくポップにビジュアル化されてて、このポスターで映画観たくなる最高なデザイン。こうゆう愛のある送り出されかたされる映画は幸せ。
映画館で鑑賞
異常な承認欲求から生まれるもの
OUT❗嵯峨三智子か❗
彼女の誕生日と嘘ついてレストランで高いワインを頼んでちょっと飲んで、瓶を持って逃走。無銭飲食。ピンポンダッシュか❗彼女を先に逃がしてあげるのは唯一の思いやり?なんですか?このカップル。見た目はステキなのに。男も芸術家といいながら高いソファを盗んで、改造して個展?浅はかすぎる。それを許す周りの取り巻きたちもワケわからん。
この映画、北欧家具メーカーの協賛で成り立っているんでしょうね。
彼女はものすごくイタいかまってちゃん。
自分の身体を痛めてもやるんか。もっと自分を大事にせい。もはや自傷行為。
薬買ってくれた軟体自撮り変態男も素直に信じてあのありさま。
確かに最初はカッコいい縞模様だったけど、だんだん整形失敗して崩れた人みたいになっていって、キワモノ芸術雑誌もなんで契約切らないのか疑問。
嵯峨三智子(瑳峨三智子)を思い出して、暗~い気持ちになってしまいました。整形する前はゾクッとするほどきれいだったのにねぇ。残念だった。
もっと笑える映画だと思ったのに~
くやしい一本。
人間とは
神聖ならぬ、申請かまってちゃんのお肌はドモ○ルンリン○ルでも無理なぐらいw
劇場で予告編を見た時から鑑賞意欲が沸いていた作品を鑑賞しました。
で、感想はと言うと…すんごく変な作品w
ここまで承認欲求が強いのか?と正直口アングリ。
ちょっとナニやっているのか、よく分かんないですw
とにかく自分が話の中心で目立たないと我慢出来ない女の子のお話ですが、その目立ちたい方向が斜め45度どころの騒ぎではない。
何故、こう思った?何故、こう考えた?何故、こうした?と?マークが幾つも頭の周りをグルグルする。
理想や妄想を思いつつもあ~だこ~だとグダグダと知り合いや家族に愚痴を言っている輩には“口ばっかりでなく行動せいや!”と言いたくなるけど、この行動はアカン。アカーーン!!と声を大にして言いたくなりますw
SNSなんかは基本的に承認欲求の類いの物と考えてますが、登録者数増加と「いいね」に固執し過ぎてしまうと過激な方向に走りがちになってしまう。
なんでも程好くが良いんですが、まあ“認められたい”“分かって欲しい”と言う気持ちはよく分かりますw
仕事に関しても“自分はここで燻っている人間ではない”と様々な妄想を張り巡らし、恋人にも嫉妬すると言うのは分からなくはない。
目立ちたいのは分かる。承認欲求も分かる。でも謎の病気と偽って、酷い皮膚病になり、自身の健康と美貌を削ってまで目立とう!成り上がろう!と言うのはよく分かんない。
もちろん、そういう人もいるかも知れないし、病気になってでも目立ちたい!と言う欲が強い人もいるかも知れないけど、男性よりも女性の方が美に対しての拘りは強いようにも思えるんですよね。
「ミュンヒハウゼン症候群」と言う症状に当たるらしいので、病気ならば仕方無いと思いつつも、手段の選らばなさが極端すぎて、そう考えると、もう別次元の考え方で手段を選ばない様はある意味モンスター映画にも思えてしまう。
主人公のシグネは面倒くさいの一言ですが、恋人のトーマスもまあまあ面倒くさいw
似た者同士のバカップルと言えばそうなんですが、どちらかと言うとシグネの方が1枚も2枚も上手。
理想と妄想と現実に苛まれていくけど、唯一の救いは人を蹴落とそうとしてと最悪の手段まで手を染めないコト。若さゆえの過ちと言えば、そんな感じですが、ブラックコメディにしては些か行き過ぎ感があってもテンポがあって、97分と上映時間もサクサク進んで観やすい。
あと、シグネが退院した際のマスクがプロレスラーの「ザ・デストロイヤー」に見えますw
すんごく変な作品ですが、面白かったと言えば面白かったw
こういった作品を鑑賞出来たことのラッキー感はあります。最後までシグネの行動に理解不能な感じで?マークが付いて回りながらも自業自得で落ちていくのを笑うまでは行かないけど、行き過ぎた行動は明日は我が身と身の丈にあった生活をしていこうと襟を正す気持ちw
オジサン的には若いうちの美貌は大事にした方が良いよと言いたくなる感じの作品ですw
怖っ!
アホっぽい…(笑)
途中から何を求めて見にきたか忘れてしまった…
可哀想な私を見てったら!
怪我を負った人やアクシデントに巻き込まれた人は、人々から注目や同情を引く。
それは、特別な才能や正当な努力で注目されるよりも、よっぽど簡単。
彼が世間からちやほやされだした途端、彼女は彼よりも注目されたくて暴走が始まった。
そんな矢先、彼女は夢のような薬を発見!
ロシア製の抗不安薬が、皮膚疾患を引き起こしているというニュース。
さっそく手に入れ、さっそく乱用
その結果、思った通り皮膚疾患が現れた☆
これで原因不明の皮膚疾患と偽って、彼や周囲の人々に同情を集められる!
可哀想な病気の自分を周囲にアピール、SNSに投稿。
さらにメディアニュースに売り込み。
こんなになっても、彼は特に彼女と別れる気配はない?
(結局似た者同士な部分があるのか)
…服用している薬が、抗不安薬という精神に作用するクスリなので、
どこまでが現実でどこからが彼女の妄想か曖昧なのが、
見ている方はちょっと混乱したけど。
この作品、今のSNSやっている人たちは気軽には笑えないよね
主人公はただただ、自分の身体を傷つけて「可哀想な私を見て~」と言ってるだけ。
かわいい私を見て♪ こんな素敵なカフェでくつろぐ私を見て☆
入手困難なもの手に入れちゃってスゴイでしょ!
日々こんな発信する人の状態とベクトルが少し違うだけ。
一歩間違えば彼女のように、と自覚しなくちゃね。
認められたい、愛されたいという欲求が根深い所で狂気と歪みになり、壊...
認められたい、愛されたいという欲求が根深い所で狂気と歪みになり、壊れていく様子を描いているということと、
狂っている当人の悲痛な心の叫びが台詞中で描かれるという点で、宣伝文句にもあるA24の「パール」とよく似ていました。
向こうは連続殺人という手段を用いていたのに対し、
こちらはとにかく人の注目を集めるために、ネットでもリアルでも悲劇のヒロインを自作自演し続け、肉体的にも社会的にも取り返しの付かない事になっていくお話です。
こういう作品を見る度に思うのは、
パールもシグネも狂いたくて狂っているのではなく、愛されなかった経験だとか、周囲の輝かしく生きている人々との比較だとか、何か原因が奥深い所に存在しているはずで、
それを生み出す社会構造の中で生きている私達のほとんどが経験していくことであり、彼女らは本来は特別ではないということです。
(その感情を処理しきれなくなり、度を越した行動を取る点では特別かもしれません)
障害者グループやインクルーシブという福祉用語が出てきますが、物凄く広い意味で捉えるのなら、こういう心の闇を抱えた人も、障害者や病人という名前の付いたカテゴリーには入らないけれど、課題を抱えながら社会での共生を目指していく存在だというメッセージも含まれているのかなと感じました。
Funeral
最近増えつつあるインフルエンサー、もしくはそうなりたい人が承認欲求を拗らせて暴走する系の作品、直近で観たものだと「DASHCAM」「#ミトヤマネ」と国内外問わずそういう作品が生まれてきています。特に「DASHCAM」はそういう人の成れの果てのような姿をこれでもかと映し切っており、そこにホラーも加えるという暴れっぷりには一周回って拍手を送りたくなりましたら、「#ミトヤマネ」はとても中途半端で、日本ではそれ以上のことをしでかす輩がニュースで世間を騒がしてるのもあって、フィクションが現実を超えられてない感じがしていました。
そんなところに自傷行為で注目を集めようとする作品が登場という事で、それは見に行かなきゃという事で鑑賞。ボディホラーなのかと思いましたが、基本的には注目を集めるための行為なので、顔面の崩壊っぷりはそこまで期待しない方がいいです。
この作品、主人公のシグネと彼氏、この2人の普段の過ごし方や他人との接し方に問題があり、彼氏は流石に構わなすぎだし、人の目を気にし過ぎて無意識に自分中心になってるダメな人。
シグネは注目を集めるためならばどんな手段も厭わない本当に危ない人。血まみれのTシャツで街中を闊歩しますし、犬に噛まれようと犬を挑発したりしますし、アレルギーを持っているかのような行動をしますし、挙げ句の果てには違法薬物に手を出して皮膚が爛れてしまったのに、それに対しての注目で喜んでしまうというイカれっぷり。
シグネはそもそも話下手なのか見栄を張った後の対応が杜撰すぎたのもあって見ているのがとても痛々しかったです。何も考えずにとりあえず注目を浴びたい一心で行動しているので基本的に彼女のみ得をしているようで良い意味でイライラさせられました。
印象的だったシーンとしてシグネの人生の最高到達点が葬式だったというところです。生きてる時の功績や誰かとの協力で手にした成果よりも、自分が死後にどれだけ多くの人に讃えられて、死を悔やまれているかという妄想にふけっているシーンは衝撃的でした。妄想の中でも父親や見舞いに来れなかった親友を突き放して気持ちよくなっていたりと、本当に自分中心で動いているなとこれでもかと伝わってくるシーンでした。
顔や体に怪我を負ったり病気をしてしまった人々が集まるセミナーみたいな場所でも自己顕示欲全開で自分の事、彼氏のことをぺちゃくちゃ喋るので案の定追放されますが、やはり同じ立場で無いと喋りたくないというセミナーの面々も凝り固まった考えではあるなと思いました。
同じ立場になって話し出したら聞き入ってくれるというのも、偉ぶってる人も蔑んでる人も受け入れずに同じ悲しみを背負ってる事が必須条件というのもまぁなんと残虐なんだろうなと思いました。
シグネは妄想癖が激しく、現実でどれだけ大変な事になっていようとその妄想にふけっている時だけは自分を保ててそうなのがキツい描写ではありますが、自分も大小問わずあぁすればこうすればと妄想する事はあるので、成功体験のような妄想は自分を見ているようでもどかしくもなりました。
現代のSNSでも注目を集めたいがために炎上まがいの行動をしたり、虚言で人々を翻弄させたりとそういう目立ちたがりが多く蔓延っています。シグネはその最終形で行動に移して他人にも自分にも迷惑をかけるやらかしっぷり、それに対してもっと大きな罰が下ればなと思っていましたが、終わり方はあっさりだったのは残念でした。
インフルエンサーの闇をこれでもかと描いていました。もう少しインパクトが欲しかったかなというのが本音ですが、人となりや普段の過ごし方を見直すには十分な作品だなと思いました。
盗人アーティストってなんなんだ笑
鑑賞日 10/19
鑑賞時間 10:00〜11:45
座席 D-1
「私は生きたい」
高福祉国家の一翼を担うノルウェー そしてアメリカナイズの道を突き進む自己責任の国、日本 しかし結局のところ、その先に待ち受けているのは社会制度とは括れない、人間の原資的欲求である『承認欲求』をデフォルメした寓話的作品である
勿論、寓話なので主人公のバックボーンや思想、社会的願望は盛り込まれていない あくまでも彼氏の彼女に対する愛情希薄による不満や不平 二次的な部分での『トロフィーワイフ』的立ち位置への足掻き、最終的には自分がタクティクスを掴みたいというイニシアティヴの戦いを、バーフェクトに露悪化した作品として構成されている
変にどっちつかずにさせず、偏った造りはいっそ清々しい 綺麗にバランスを取ろうとする友人カップルに対しても攻撃するその姿勢は、観客の共感を得るのではないだろうか
登場人物の全てが利己的で何一つ寄り添わない、その振り切った作品に対して、絶大な賛美を送る
映画はこれ位主張しないと、観客を陥れない どん底に堕とす覚悟を映画界はもう一度戻るべきである!
PS.ちなみにこれだけの妄想シーンを差込む画作りも特質すべきである 観客を裏切り続ける演出は、いっそ面白いし、そして嫌いだ(ということは好きw)
駄作であり傑作
出だしから主人公カップルがロクデナシとわかるエピソード。
次々と襲い来る不快感。
他人から注目を集めるために、自分の身体を傷つけるという思考が全く理解できない。
しかし、山頂から生配信で滑落死したり、コロナ禍でのノーマスクノーワクチン連中や、因縁つけての私人逮捕を繰り返す恐喝連中のふるまいなどを思い返すと、大差ないなと。
承認欲求というより、何物でもないくせに自分が世界の中心じゃないと気のすまないモンスター駄々っ子で、見苦しさと不快感しか存在しない。
SNS依存症や活動家、自爆系迷惑ユーチューバーがいかにクダラナイのかを示していて、「そう感じる風に作っている」と、よくわかる。
不快感への耐性がない人にとっては、まったく面白くないというか、「主人公ら早く死ねばいい」しか感想が出てこないであろう駄作とも受け取られる可能性があるんですよね。
その意味で、傑作ですね。
全57件中、21~40件目を表示