「大ジブリ時代の終わり。」君たちはどう生きるか ふさんの映画レビュー(感想・評価)
大ジブリ時代の終わり。
ジブリの集大成。
そしてスタジオジブリの終わりの物語だった。
原作である「君たちはどう生きるか。」の内容は踏まえつつスタジオジブリの生い立ちから今後までを重ねていて、君たちはどう生きるか。と言いつつ、俺たちはこう生きます。の意思表示をしている映画だった。
正直こんな映画もう誰にも作れないだろ、という気持ちである。
超個人的な見解だが、以下の裏設定があったかと思う。
◼️塔
高畑勲でありジブリスタジオそのもの
急に天から降ってきて、異彩を放ち周りを怖がらせる存在。駿はそれに魅入られてスタジオジブリを作った。
(勲の周りを建物で囲い、スタジオジブリとした)
◼️大叔父さん
宮崎駿。
ジブリを作った創造主。
スタジオジブリが大きくなりすぎた故、世論に押されて気付いた頃には塔の「神」とされていたが、所詮ただの人間。塔(スタジオジブリ)の中で自分の力で世界を良くしようと長年奮闘している。
◼️眞人
宮崎吾郎。
塔の神(スタジオジブリの主としての駿)に後継者として呼ばれた存在。
◼️青鷺
鈴木敏夫。
スタジオジブリを世界とつなぐ存在。
後継者候補である眞人(宮崎吾郎)の案内人。
塔の中の世界観は全て今までのジブリ作品の集大成であった。
眞人の部屋はアリエッティに出てきそうな内装で、召使いのおばあさまたちは湯婆婆を彷彿とさせ、塔に続く道はメイちゃんがトトロを探しに行った草道にそっくりで、高い波はポニョを思い出させた。
(他にも色々あるが長くなるので割愛)
そう考えると...
やはりあの塔はスタジオジブリで、この映画はジブリを取り巻く世界とジブリの関係性を描いた映画だったのかと思う。
つまりこの話の本筋は、13個の無垢な石(今まで駿が作ってきたジブリ作品の個数と一緒)を産み出した大叔父さん(駿)が、眞人(吾郎)には石を受け取ってもらえなかった。
(駿の意志、ジブリを通じて世界をより良いものにしたいという意志を継いだ形でのスタジオジブリ運営はしてもらえなかった)
そのため塔(スタジオジブリ)を終わらせる決意をした、ということだろう。
眞人(吾郎)を元の世界に戻し、自分は塔と共にいなくなること(ジブリの存続はしないこと)を選んだ。
しかし塔の住人であるインコたち(スタジオジブリで育ったアニメーターの隠喩かな?)は世界に飛び立った。
ペリカン(スタジオジブリに魅入られ、スタジオジブリを憎んだ創作者たちの隠喩?)は塔の呪縛から解放された。
そして何よりも、眞人(吾郎)が元の世界に戻ってきたことに、眞人の父(吾郎の父親としての駿)は大層喜んでいた。
これで良かったのだ。駿も吾郎の幸せを願う一人の人間であり、父であったのだ。
(正直、眞人のモデルが吾郎ではなく、庵野などのジブリの担い手候補とされていたアニメーターの可能性もあるが...私は吾郎だと思いたい)
スタジオジブリの存続方法については賛否両論あるかもしれないが、駿の親としての気持ちが見られただけで十分だったと思う。
他にもヒミは駿がスタジオジブリで描こうとした、理想の女性像の集大成だったのか?とか夏子は吾郎の実の母親であり妻である朱美さんのことだったのか、地下世界の墓の主とは宮崎駿の世界観そのもののことだったのか、考え出したらキリがないがこれも長くなるため割愛。
とにかく。
・スタジオジブリが今までの形では存続しないこと(新しいアニメを作らないのか駿を意識したアニメ作りを辞めるのか、具体的なことは分からないが)
・駿がアニメーターとしては退くこと
・駿が吾郎(もしくは後を継ぐ予定だった他の人間)を愛していたこと
は十分伝わった。
駿を中心としたスタジオジブリは終わるかもしれないが、敏夫と吾郎がいる限り、そして過去のスタジオジブリの作品たちを世界中の人間が覚えている限り、スタジオジブリがあったという存在の証明にはなるだろう。
本当にお疲れ様でした。