「私たちは生きていく」君たちはどう生きるか 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
私たちは生きていく
宮崎駿監督最新作。
あれ、『風立ちぬ』で引退しなかったっけ?…なんてのは『もののけ姫』の時から毎度の事。
引退詐欺なんてよく言われるけど、きっとこの人は、新作を発表するとやりきって燃え尽きて引退を表明するけど、暫くしたらまた創作意欲が湧いてくるんだろうなぁ。毎回毎回それほどの入魂って訳で、何だかんだ新作を見れるのはやはり楽しみ。日本のみならず世界にも誇る宮崎駿=スタジオジブリ!
でも今回こそ本当に最後の作品になるかもしれない。宮崎監督は現在80歳超え。次また新作作るにしても5年~10年はかかるだろうし、年齢的に見ても。
それをこの目で見て、しかと受け止めたい。新作の度に昔の方が良かったと気の毒なくらい言われ続けているが(世間には高慢な輩が多すぎる)、長年に渡って我々を楽しませてきてくれた宮崎映画なのだから!
にしても今回は異例だった。言わずもがな、7月14日の公開初日まであらすじも声の出演も主題歌担当も非公表。それどころか、予告編も流さず一切宣伝もせず。全ては公開されてから分かる。
映画は宣伝して話題を作ってなんぼなのに、この徹底ぶり。『~SLAM DUNK』方式なんて言われているけど、極力宣伝を抑えて逆に興味を惹き付ける手法も面白いと言えば面白い。個人的にその昔、『トゥルーマン・ショー』なんて情報を抑えて公開すれば面白かっただろうに。
情報化社会の今。予告編でバンバン映像を流し(一番の見せ場すら)、SNSで調べりゃ公開前にネタバレすら出てる事も。そんなんで新作映画を見て果たして本当に面白いのか…? 映画は新鮮な気持ちで見たいのが本音。この点、今回のNO宣伝の仕掛人の鈴木Pと意見は等しい。
情報も出さず宣伝もしなかった事ですでに色々言われている。
ジブリの新作は9年ぶり(『アーヤと魔女』? 何それ?)。このブランクは予想以上に大きいと思う。ジブリはレンタルや金ローで見るものと思っている若い客層を劇場に誘う事出来るか…?
TVドラマやアニメシリーズを倍速で見、映画をネタバレ見てから見る今の世は、秘密のベールに包まれたこのスタジオジブリ最新作をどう見るのか。
公開から2日経ち、声の出演や主題歌担当などすでに情報がちらほら漏れ始めている。もうこれ以上待てないので、当初は休みの明日(月曜朝一)で観に行く予定だったが、仕事終わりの今日(日曜夜)急いで観に行く事にした。
宮崎作品の宿命。早くも賛否両論真っ二つ。
まだ数日しか経っていないのに、もうレビュー投稿数は500超え!
さすがは宮崎…!
見た直後の率直な感想を単刀直入に。
確かにこれは賛否分かれそう。
これまでの宮崎/ジブリ作品のエッセンスは詰め込まれている。それを醍醐味と見るか、新味ナシと見るか。
終わり方もあっさりで物足りなさも感じる。作品的にもあれやこれはどういう事だったのか、もっと情報が欲しい所。
でもその分、考察のしがいはある。
『もののけ姫』だって初見時は難しく、賛否分かれた筈だ。何度も見ていく内に、見て考察していく内に、人それぞれの鉱脈を見出だした筈だ。
本作だって同じ。すでに意味が分からないと酷評意見も多い。
分からなくて当然だ。初めて見るのだから。
これは自分に合わないと見るのもいい。分からなかったらまた見るのもいい。自分に合い、色々考察してまた見るのもいい。
新たな作品を見るは、異世界への冒険。そういった意味では、れっきとした宮崎作品だ。
個人的には、宮崎作品のベストとまではいかなかったが、そう悪くなかったと思う。宮崎/ジブリの王道的作品を素直に楽しめた。
それを踏まえて、自分なりの考察を。
※※がっつりあらすじやネタバレに触れてますので、まだ見てない方はこの先は絶対に読まないで下さい※※
まず予告編も流れていなかったので、本作の映像を見るのも初めて。
2014年に一時映画製作から撤退し、多くの逸材やアニメーターが離れたそうで、クオリティーを心配したが、あぁちゃんとジブリの画だ。
やはりジブリはセル画アニメ。ビミョーなクオリティーの3Dジブリなんてない…?
舞台は戦後直後。こう始まるのか…。
今まで伏せられていたあらすじだが、要約すると…
戦争で母親を亡くした少年・眞人。軍事産業に携わる父親は亡き妻の妹・ナツコと再婚し、相手の屋敷で暮らす事になる。
広大な敷地には池もあり、鷺が飛ぶ。裏山には古ぼけた塔が…。
不思議な塔が気になる眞人。
ある日ナツコが姿を消す。塔の中に消えたかのように。
眞人は鳥人間のような青鷺に誘われ、塔から異世界へ足を踏み入れる…。
これまでの宮崎/ジブリ作品のみならず古今東西のファンタジーを詰め込んだような話や設定、展開だ。
現実の世界で心の傷を負う主人公が異世界での経験を通じて生きる意味を見出だしていく。本作の主人公・眞人の場合、母親を戦争で亡くした事が深い痛手となっている。それ故父親や新しい母親になるナツコに隔たりを感じている。性格は真面目で誠実そうだが、跳ねっ返りの面も。
異世界の描写は美しい。さすがはジブリ。
が、全てがファンタスティックで美しいだけじゃない。暗や死、滅びの陰も。
何処となく異様でもある世界観は『不思議の国のアリス』を彷彿させた。
我々の世界が“上の世界”と言っていた。ならば地下世界…? 否。
その昔、空から落ちてきた石によって出来た世界。いや、通じ、開いた世界というべきか。
我々の世界とは全く異なる。単純に異世界でもあるし、死後と通じる世界でもあるし、現実世界や自分の心が反映されたような世界でもある。
この世界へ通じる塔は『千と千尋の神隠し』の不思議のトンネルのようだ。屋敷内も湯屋のよう。
謎の少女・ヒミとの出会いや誘われた洋風世界はジブリの洋ファンタジーのような世界。
このヒミと眞人の関係…。『思い出のマーニー』のようだ。
毅然とした眞人の姿や弓矢を構えた姿などは『もののけ姫』のアシタカだ。
戦争時代は『風立ちぬ』や『火垂るの墓』と通じる。
他にも彷彿させる点や要素も。
ジブリ異世界には個性的なキャラは付き物。奇妙なキャラもいれば、まっくろくろすけのような新たなマスコットにもなりそうなキュートなキャラも(“わらわら”と言ったっけ)。
食指そそる“ジブリ飯”も勿論。
ジブリはジブリだ。
同名小説はあるが、その映画化ではなく、宮崎のオリジナル・ストーリー。
見ていて眞人は、宮崎の少年時代を投影したのではと思う。
年代的にも同世代。好奇心旺盛で小生意気。
宮崎は同タイトル小説に多大な影響を受け、眞人も小説を読んで涙する。
眞人…いや、宮崎少年はこの異世界での冒険を通じて何を見出だしたのか…?
現実の世界なんて悲しい事、嫌な事、辛い事ばかり。眞人もそう言っていた。
だからつい我々は、別の世界へ行きたいと思う。現実逃避でもあるし、最悪の場合この世界から旅立とうとも…。
別の世界が理想的な世界とは限らない。より過酷で現実的で、試練を強いられる事も…。
あの異世界は生まれ変わりの世界とも考えられる。何かの事情でこの異世界に落ち、必死に生まれ変わろうとする。
本当の生死でもあるし、眞人のように生きる活力を見失ったものがまた生きる活力を取り戻していく。
独りぼっちだと思っていた。が、ヒミ、キリコ、青鷺…。
異世界で友達と出会えたように、きっと現実世界でも見つける事が出来る。改めて触れる事も出来る。見守ってくれる父、ナツコ、おばあちゃんズ。亡き母も…。
君は生まれ変わる事が出来るか。
確かにちとストーリーに分かりづらい点はある。と言うか、突然話が飛んだ?…と思った点も。
公開まで唯一の情報だったポスターの“鳥人間”。なるほど鳥がモチーフにされているが、青鷺やインコやペリカンなどどういった意味合いがあるのか…?
不思議な異世界ファンタジーの雰囲気は充分だが、胸躍る冒険活劇心は今一つ触発されず。
これは心の彷徨を描いた旅であり、深いようで抽象的でもあり…。
本当に宮崎作品の中でも好みが分かれるだろう。良くも悪くも。
まだまだ把握出来てない点も多々。
伏せられていた声の出演だが、眞人にはこれからブレイクするであろう若手俳優を配し、周りはこれまた豪華。菅田将暉は『打ち上げ花火』や『シャザム!』吹替では下手だなぁ…と思ったが、今回はなかなか良かったのでは。キムタクも脇に徹してた。木村佳乃は何だか艶があり、柴咲コウやあいみょんらも好助演。
同じく伏せられていた主題歌担当は、米津玄師。宮崎×米津…果たして合うのかと思ったが、エンディングを美しく謳い上げた。
久石譲の音楽も言うまでもなく。
眞人は終盤、思わぬ人物と会う。その人物から託される。
新しい世界の創造。
世界は悪意に満ちている。少しバランスを崩しただけで崩壊してしまう。積み木のように。
新しい世界を美しい世界にする事が出来るか、醜い世界にしてしまうか、君たちの手に掛かっている。
大おじから眞人へ託された新しい世界の創造は、宮崎から今を生きる若者たちへのメッセージだ。
いつの時代、どの作品でも宮崎は問い掛けてきた。
生きるという事。
死ぬという事。
立ち向かう事。
切り開く事。
冒険する事。
夢を持つ事。
愛する事。
自分自身の手で。
君たちはどう生きるか。
宮崎駿からの直球の問いに、我々も直球で応える。
私たちは生きていく。