「宮崎駿のプライベートフィルム(俺はこう生きた)」君たちはどう生きるか yoshiさんの映画レビュー(感想・評価)
宮崎駿のプライベートフィルム(俺はこう生きた)
ジブリのエンターテイメント新作ではなく、
世間的に大きくなった宮崎駿という人物をエンターテイメントとして見る作品だと感じた。
監督の最後の作品というだけで、事前情報なしに鑑賞。
冒頭は遺作かぐや姫と対応するような表現。
奥さんと昔から関係があったことをほのめかすようなセリフ
結果をわかりながら自傷した主人公の子供的なずる賢さ
子供を守る正義を得て活き活きと力を振るう父親
など、ジブリでは見せてこなかった人間的な多面性(負の部分)を出しており、リアル路線で主人公の動きとともにテーマに迫るのかなぁと思っていた。
が、途中から次第にファンタジー要素が強くなり、構造的には千と千尋のようなあちらの世界にいき戻ってくるというストーリーに。
あーファンタジーものかぁと思っていたら全然整合性がない。
どうもすべてがバラバラで途中から考察して追うのは無粋だと感じ始めた。
時間:登場人物の年齢
空間:場所
登場人物のモデル:主人公は監督自身であったり息子であったりと、場面によって登場人物のモデルが変わる
場面の背景:銀河鉄道の夜、不思議の国のアリス、セルフオマージュ、多分もっと色々な作品が散りばめられている
こういったものが一貫性がなく、交差しながらストーリーらしきものに繋ぎ合わされて進んでいく。
主軸となっているのは監督の感情・メッセージであり、それが場面場面で強烈に表現されている。
しかも一貫して整理されている訳ではなく、その場(主に制作人生)で感じてきたであろう迷い、想い、後悔といった生の感情をそのまま表現してぶつけてみようという感じを受けた。
想いの場面を映画の構成要素に当てはめ繋ぎ合わせて、最後まで持っていたような印象だ。
ゆえに物語を楽しものうとすると訳がわからない。
監督がどういう想いをこの場面に乗せているのか、というのを受けとるように鑑賞した。
息子と監督、監督と母、観客やファンに対して、などなど
多分に大衆に向けたというよりプライベートな感情が乗っているよう感じ、ある程度ジブリと監督のバックグラウンドを知っていて興味があれば楽しめる作品かもしれない。
エンディングに向かうにつれ、これは今まで制作人生や制作してきたものをどう考えているのか、またそこから視聴者を解き放ちそれぞれの人生を生きてほしいという、詰まるところシンエヴァと似たようなことを言っているのかなぁと感じた。
ただディティールはもっと心象風景と相まって生々しくて、作品が生まれる聖域やそれを守ろうとする王国であったり、制作の原動力となる得体のしれない黒い石であったり、やっぱり映画にこもっているものは純粋な綺麗なものもありながら清濁こもったものとして捉えているように思えた。
この石には悪意がある、と言っていたが、制作者の業というか、自分の思想を乗せて大きく世間に影響を与えた監督がもつ恐怖や自責の念みたいなもの持っているのかもしれない。
映画館から出てこの感想を書いてしばらくしたら、私は普通のインコに戻ります。
石のかけらを持って帰っても、どうせすぐ忘れちまうよ(残って欲しいエゴと、それでいいんだという気持ちと感じた)、と監督は言っていましたが、幼少のころ実家に帰るたびにみていたラピュタ。
冒険のワクワク感、パズーの前向きな男気、漫画版ナウシカのそれでも生きていくという力強さ。隠された悪意と対局にあって共存して含まれていた、監督も信じたであろう人生の光や希望といった理想はたぶんこの先も私の中で生きていくと思います。
ジブリに限らずよい作品ってそういうもんでしょ。
私的にはこういう内面むき出しの作品はすごく好きなので、理解できなかった部分も含めてまた鑑賞しようと思う。