「一人の力では」658km、陽子の旅 sankouさんの映画レビュー(感想・評価)
一人の力では
東京で鬱屈したものを抱えながら孤独に生きる陽子。
ある朝、彼女はしつこく扉を叩く音で目が覚める。扉を開けるとそこには従兄の茂が立っており、父親が亡くなったことを告げる。
茂はきちんとお別れをするべきだと彼女を実家のある青森に連れていこうとする。
どうやら彼女と父親の間には大きなわだかまりがあるらしく、彼女自身が父親の死をどう受け止めてよいか分からずにいるらしい。
陽子は茂の家族と共に車で高速を走りながら青森を目指す。
しかしサービスエリアで茂の子供が事故に合ったため、彼らのもとを離れていた陽子は置き去りにされてしまう。
携帯が故障中の陽子は連絡を取る手段もなく呆然と立ち尽くす。
やがて彼女は片っ端からドライバーに声をかけ、ヒッチハイクで青森を目指そうとする。
とにかく人の目を見られず、まともに会話すら出来ない陽子の姿に、彼女が東京で過ごした日々の暗さを感じさせられる。
人はそれぞれに事情を抱えて生きているが、それを分かち合える他人と出会える機会は決して多くない。
この映画もやはり人の善意と悪意を強く意識させられた。
人の親切につけこんで悪事を働く者もいれば、困っている人の弱みにつけ入ろうとする者もいる。
だからヒッチハイクはする方もされる方もリスクが伴う。
それでも世の中を動かすのはやはり人の善意であると信じたい。
陽子は何度も冷たい反応をされてしまうが、それでも最初に彼女を車に乗せてくれたシングルマザーに、同じようにヒッチハイクをする孤独な少女、親切な老婦人に3.11のボランティアをきっかけに何でも屋を始めた女性と、彼女を助けてくれる人間はどこにでもいた。
もちろん自己責任だと言いながら、彼女にセックスを強要する卑劣な男もいたが。
そしてヒッチハイクの旅で様々な人間に会うことによって、陽子も少しずつ成長していく。
最初は相手の目を見ることも出来ず、質問にも答えられなかった彼女だが、最終的には相手に握手を求め、感謝の言葉を伝えられるようにまで変化する。
そして旅を通して彼女の中で父親に対する想いも変化する。
最初は葬儀のために父親のいる青森に向かっているのに、父親の影から逃れようとする彼女の行動に矛盾を感じた。
幻として現れる彼女の父親はとても若く見える。
だからそれだけ彼女は父親と長らく会っていないのだろうなと思った。
結果的に彼女は20年も父親と会っていなかったのだと、彼女を乗せてくれた親切な父子に告白する。
時間は過ぎてみればあっという間だが、確実に積み上げてきた時間の長さは心に刻まれる。
この658キロの旅は、彼女が父親の死を受け入れ、また人としての心を取り戻すために必要なものだったのだろう。
東北が舞台なのでやはり東日本大震災の爪跡を感じずにはいられなかった。
あれだけの災害もあっという間に過去のものになってしまったが、まだまだ現在進行形で復興は続いている。
そのことも決して忘れてはいけないと思った。