「それでも、あなたの元へ。」658km、陽子の旅 humさんの映画レビュー(感想・評価)
それでも、あなたの元へ。
他人との間に張り巡らされた溝に静かに半身を澱ませているような陽子。
語らない過去はどれだけ長く続いていたのだろう。
蓄積するほどにその内側には誰も近づけなくなるのを感じながら、払いのける手段を探ることもあきらめたようにもみえた。
他人との関わりを極力排除するかのようにカーテンを閉め切った暗い自室で、世間と陽子をギリギリに繋ぐネットの白い光。
ただひとつ安心できるその無機質な相手を前にしていれば、時々笑いもしながら時は進みいつものように次の日はやってくる。
そこに映し出される40過ぎの女性は、寝癖のついた黒髪とインスタントのイカ墨パスタで汚した口を気にすることもなく、飾り気のない暮らしにぶらさがって出番を待つトイレットペーパーを慣れたふうにからからと回す。
彼女の存在感は生活に漂う白黒の一部に溶けて一体化することを望んでいるみたいだ。
そんな陽子に降りかかってきたのは、長年会っていなかった実父の死がもたらした仕方なく始まるヒッチハイク。
道中の出会いにより直面するのは何気ない親切さや見返りをもとめない優しさ。
そして、無関心、笑顔のなかに誰しもが抱えている裏の面、不条理なできごとの数々。
それらは、陽子が避けてきた人間らしい日常そのものでもある。
彷徨うようにたどりつき倒れ込む海辺のシーン。
恨みやくやしさや不甲斐なさが溢れ大声で泣き叫ぶ陽子に、激しく行き来する波が今の生きた感情にざぶざぶと打ちつけては引いていく。
同時に、陽子がこれまで固く握りしめていた過去の何かも指の隙間からするするとこぼれ波に運ばれ消えていったような気がした。
まばゆいオーラを打ち消して全身で陽子になりきっていた菊地凛子が、亡き父が自分を心配しながらそばにいてくれるのを感じる時、もうちょっとだけ父に甘えかったような心情をのせて娘の頃の顔に戻るのがわかる。
そこに、陽子にとっては簡単ではない道をあきらめず、はじめて苦しくても辛くても気持ちを駆り立てていった理由があったのかもしれない。
この別れにある思いがじんわり伝わってくると、弘前の風が吹雪く真っ白な景色の前にいながら、不思議なほどやわらかなあたたかさに包まれていた。
丁寧なコメントありがとうございました。人は小さな切っ掛けからでも変わる事が出来るのかもしれませんね。いやその切っ掛けが小さいか大きいかは他人が決められることでも無いですね。仕事柄そこにある痛みに敏感に在らねばならないと常に気を付けているのに、その人の背景にばかり気を取られていたなとレビューを読んで色々反省させられました。
コメント&共感ポイントありがとうございざいます
只々、お恥ずかしい身の上話を、作品と重ねてしまっていること、お許し下さい
世間に上手く迎合できる人 プライドなのかなんなのかちっぽけなわだかまりで生きづらさを抱えている人 それでも後者に光を当てる作品は、ともすれば世間的には需要が無い程、無価値な題材かもしれませんが、同じ後者として、少なくても私には必要なのです・・・
コメントありがとうございます。海辺での激しすぎる慟哭シーンはこの映画のクライマックスですね。それ以前の描写があるからあの場面で観客が一緒に痛みを共有できる。
それにしても菊地凛子は陽子そのもので人間はこんなふうに嗚咽するのかと鳥肌が立ちました。
コメントありがとうございます。
確かに言われてみれば、あの波打ち際の慟哭で、爆発させた感情と一緒に過去の何かがほどけて流れていったような気もします。美しい文章のレビューありがとうございます。
陽子のような人間は、一般的には自己責任論の向かい風に晒されることもままあります。でも、陽子のようにある種の袋小路にはまってしまうかどうかは、意外と誰でも環境や運不運の流れ次第で紙一重のような気がします。
自分の力の及ぶ範囲で頑張ることも自分以外の何かのせいにして投げやりにならないことも確かに大切ですが、人間が人生につまずく原因は常に本人のみにあるかというと、そこまで単純な話ばかりではないとも思っています。
陽子の過去の細部が語られないことで、個人的にはそういう複雑さを想像することができてよかったです。
陽子のような人間が最後に「他人のやさしさなしには自分はここまで来れなかった」という謙虚な発見をするところが私は好きです。
(コメント欄でレビューの続きのように長々語ってすみません)
こんにちは。
コメントありがとうございます!
2泊3日で5本観れました!
本日も夜から抜け出し
「セフレの品格」「イノセンツ」
19時半から0時で行ってきますw
本作は陽子の希望が見られて良かったです。わずかな一歩でも大きな一歩でした。
そして、、福島を通過するシーン。原発事故の後遺症を思わせる傷跡が、痛々しくあの日を呼び起こされて辛かったです。
東北はまだ復興の途中なんだと、風化させてはいけないと、監督からのメッセージとして受け取りました。
震災についてもテーマとして組み込まれていたと思います。
そして!いつもながら!
優しい眼差しで、本作を正しく評したレビュー!
陽子の部屋の様子の描写が最高にスキで痺れました!!
humさん!小説書いて下さい!
読みたい☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆