「解なし問題との向き合い方」ワース 命の値段 Fractleさんの映画レビュー(感想・評価)
解なし問題との向き合い方
9・11同時多発テロの事件性は広く知られているが,その後,遺族に対してどのような対応がとられたのかはあまり知られていない。実際は補償基金を設立し,遺族に対して保証金が支払われたということである。だが,原理的に一人一人の「命」に値段をつけることはできない。便宜的に生涯賃金を概算することはできるが,人間の尊厳をそこへ繰り込むことは困難だからだ。ケネス・ファインバーグ(マイケル・キートン)はその「唯一解のない問い」に取り組んだ実在の弁護士である。補償を計算式で合理的に処理していこうとするファインバーグはヒューマニズム観点から批判を受け,遺族の声に耳を傾け,双方は少しずつ歩み寄っていく。ファインバーグは「大切なのは公平さでなく前へ進むことだ」とし,遺族にプログラムへの参加を求める。白と黒,0と100で物事をすべて割り切っていくことはできない。しかし,さまざまな境遇の遺族と対話し,かけがえのない背景を知っていくなかでファインバーグは自らの合理性を手放していく。「死」を数字でなく,個別的なものであるととらえること。ファインバーグがそのことに気づくことで,遺族のプログラム参加率は90パーセントを超えた。真実はここになかったかもしれないが,本作がテーマにしているのは「命に値段をつけられるか?」という深遠な問いであり,この物語それ自体がひとつの解を提示していることに価値がある。さまざまなファクターが絡み合った複雑な問題にベストな解答はない。そこには無数のベターがあるだけだ。そしてそれらはいずれも最後に「人間」という壁にぶちあたる。「人間」は数学的解法が通用しないひとつの「問い」である。それを理解したファインバーグはこの後もいくつかの災害補償プログラムに関わっている。