劇場公開日 2023年4月28日

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「腹下し」せかいのおきく かなり悪いオヤジさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5腹下し

2024年7月3日
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美術監督原田満生氏から持ち込まれた企画、サーキュラーエコノミーをテーマに作った映画だという。ゆえに、映画の美術や俳優が着ている衣装は、全て廃材や古着をリユースしたものらしく、昼休みスタッフに提供される弁当にいたるまで、名前入りの弁当箱を繰り返し使用するなどしてゴミをなるべく出さないように心がけたのだとか。要するに地球環境にとっても優しい作品なのである。

モノクロのチャプター仕立てになっている本作ではあるが、ご覧になっておわかりのように、この映画には起承転結を伴うストーリー性がほとんどない。じゃあその代わりに何があるのかというと“糞”である。ふーん😒?普通の映画だったら絶体にフレームインを避ける人間の糞尿を執拗に映し出した大変珍しい作品なのだ。何せヒロインである武家の娘おきく(黒木華)が恋する男の職業が、汚穢やと呼ばれる肥え汲み男なのである。

江戸時代当然下水道などない長屋で用を足すには、簡素な囲いをほどこした共同便所を使うしかない。大雨でも続こうものなら肥溜めから糞尿が溢れだすわけで、この汚穢やの皆さんが下水の役割りを担っていたわけである。別に実際に撮さなくてもと個人的には思ったのだが、阪本順治はあえて江戸時代の糞尿がどのように循環していたのかを克明に描き出す。人間のエピソードがむしろオマケに見えるくらい、“糞尿様”を主人公にした超マニアックな演出なのだ。

肛門の別名“菊”を連想させるヒロインの名前もさることながら、おきくは喉を切られて“肥え”ならぬ“声”を失ってしまうのである。口をきけなくなったおきくを元気づける新入りの汚穢や中次を、きくの父ちゃん役佐藤浩市の息子でもある寛一郎が演じている。だが劇中最も気をを吐いていたのは、中次とコンビを組む汚穢やの先輩矢亮役の池松壮亮だ。いくら作り物とはいえ、糞尿がこびりついた肥え桶に躊躇なく素手を突っ込み、丁寧にこそげおとすシーンにはまさに度肝を抜かれた。究極の“汚れ”である。

私はそのシーンだけでお腹が一杯になり、映画を観賞したその日になんと5回も便所に通ったのだが、その他特筆すべき点が見当たらないのである。もしもデヴィッド・ロウリーあたりが本作の監督をつとめたならば、シナリオそのものを円環させるストーリーに仕立て上げたことだろう。「せかいには果てがない」という台詞や超広角レンズを使ったラストシーンだけで、観客に“循環”をイメージさせるのはちと無理があった気がするのだ。“肥え”が“声”となり“恋”の華を咲かせるシナリオ上の演出が、是非とも欲しかったところではある。

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かなり悪いオヤジ