「江戸の庶民生活を通して、現代社会を考える」せかいのおきく おじゃるさんの映画レビュー(感想・評価)
江戸の庶民生活を通して、現代社会を考える
最近観た時代劇「仕掛人・藤枝梅安」が思いのほか良作だったし、本作の予告がモノクロで描かれていたことも興味深く、公開初日に鑑賞してきました。
ストーリーは、江戸時代末期、貧乏長屋で一緒に暮らしていた父を侍に斬り殺され、自身も喉を切られて声を失った武家の娘・おきく、人々に蔑まれながらも下肥買いとして生計を立てる矢亮、儲からない紙屑拾いに見切りをつけて矢亮とともに下肥買いをすることにした中次ら三人の若者たちが、先の見えない苦しい生活の中でも、自分にできることを探し、懸命に生きる姿を描くというもの。
時代劇といえば、武士が主役の剣劇や捕物、幕府内の権力争い、史実ベースの歴史物などがほとんどだと思いますが、本作で描かれるのは江戸庶民の市井の生活です。それも、下肥買いという汲み取りを生業とする若者の日常を描いていることが斬新です。当時の江戸は大都市であったにもかかわらず、インフラもしっかり整備され、とても衛生的であったと聞いたことがあります。それを支えていたのが、彼らの存在だったのだと気づかされます。
とはいえ、糞尿まみれで悪臭を放つ彼らを、世間の人は蔑み、ひどい扱いをします。そんなつらい現実を前にしても、ユーモアで自身を少しでも明るく励まし、懸命に強かに生きる矢亮の姿が印象的です。そんな矢亮を兄貴と慕う中次も、最下層の立場にあっても人として大切なものは失わない生き方が立派です。また、おきくも、落ちぶれても武家の娘としての誇りをもって生活する一方で、中次に思いを寄せて一人で恥じらう姿がなんともかわいらしいです。
そんな三人の姿を通して描かれるのは、当時のサスティナブルな循環型社会、それを支える最下層の生活の苦しみや悲しみ、それでも変わらず紡がれる親子や恋人との絆。江戸時代が舞台ではありますが、今に通じるものが多いです。というより、今だからこそ考えなければならない、感じておきたいものばかりです。
ただ、映像的には3人の生活が淡々と描かれるだけなので、ストーリーとしてのおもしろさは薄いと感じました。また、章立てで進むのですが、各章の終わりでところどころカラーになったのはなぜなのでしょうか。イマイチよくわかりませんでした。むしろカラーに違和感を覚えるほどで、モノクロの描写が矢亮たちの色のない生活を象徴し、ディテールを際立たせるのに奏功していたと思います。
主演は黒木華さんで、演技はもちろん、着物姿も所作も素敵でした。池松壮亮さんは、「シン・仮面ライダー」の本郷猛とはうってかわり、矢亮をいきいきと演じています。寛一郞さんと佐藤浩市さんの親子共演も見ものでした。あと、石橋蓮司さんが、めちゃめちゃイイ雰囲気を醸し出していました。