「リアルな描写とそれを包み込む優しさ。」きみの色 モルチールさんの映画レビュー(感想・評価)
リアルな描写とそれを包み込む優しさ。
[あらすじ]
他人持つ「色」が見えるミッション系の女子校の寮生の日暮トツ子(CV鈴川紗由)は、同級生の作永きみ(CV高石あかり)の持つ美しい青色に惹かれて彼女に関心を持つ。
高校を退学したきみを探したトツ子は再会した古書店しろねこ堂で、きみの奏でるギターの音色に惹かれ、同じく彼女のギターに惹かれた影平ルイ(CV木戸大聖)とともに、バンドを結成する。
ルイが暮らす離島での小さな教会が、バンドの練習場所だ。行き帰りのフェリーでの船酔いや慣れないピアノの演奏を練習する中で、トツ子は天体の授業を元に作曲のインスピレーションを得て、バンドは曲の完成を目指していく。
一方で、きみは同居するおばあちゃん(CV戸田恵子)に高校を退学した事を言い出せず、島で唯一の診療所の息子であるルイは肉親に音楽に熱中している事を秘密にしていた。
「僕たちは、好きと秘密を共有しているんだ」
バンド活動は周囲との秘密の中で進行していくーー。
[所感]
素晴らしい作品を観ました。
四季を通してしっかりと描写して、光と色に関する解説は実験的な描写もあり、迫力のある天体の描写もあり。
しかし、この物語はトツ子の他人の色が見えるという能力も特に超常的な展開を見せることはなく、それぞれの成長と別れに着地します。
この作品のすごいところは、現実の美しい風景を描写し、しかしアニメならではの美しい箱庭として成立させる事に注意を払い、完成させた事でしょう。
パンフレットやエンドロールでは、ロケ地が長崎市や五島列島である事が明記しているけれど、教会がなければ、日帰りできる離島があり、市電が走る瀬戸内地方だと誤解する事もできるでしょう。なにしろ、トツ子の通っている高校の名前も出てこないのです。
山田尚子監督はこの作品を描くとき、キャラクターを優しく包み込み、慈しむ目線で描いていると思いました。
例えば、幼いトツ子のバレエの動きは可愛い。同年代の子に比べてもワンテンポ遅れているのだけど、それがまた幼いトツ子のかわいらしさやキャラクター性に結びついています。
また、トツ子やきみを観た時、デザインの思い切りの良さに驚きました。
トツ子の眉毛もまつげもまぶたも瞳も、繊細な線をいくつも重ね合わせた描き込みによって描画されています。しかし、その体型はスレンダーでスカートも膝丈で、リビドーを刺激するようには力を割いていないのです。キャラクターのシルエットは現実の人間に近く、だからこそ楽器の描写やバレエのダンスもリアルに描いても違和感がないのです。
ルイが演奏するテルミンという楽器は初めて知りましたが、弦もない中で空中の手の仕草だけで演奏する描写をギターやキーボードに劣らないリアルさで表現出来たのではないかと感じました。
リアルさとそれを上回るキャラクターへの優しさは、観ていて安心感があり、トツ子と退学したきみの事を否定しないシスター日吉子(CV新垣結衣)など、周囲の大人が暖かく見守っており、ストレスの多い世の中だからこそストレスのない作品を作りたいとインタビューで答えていた山田尚子監督の言葉も納得できる物でした。
しかし、きみやルイの保護者であるおばあちゃんやお母さん(CV井上喜久子)は、本当に秘密を知らなかったのか、考えてみると彼女たちは知っていて秘密を打ち明けてくれるのを待っていたのかもしれないと感じさせられました。例えば、おばあちゃんはきみに聖歌隊を引っ張っていける実力があると聞いたと話しているシーンがあります。他の方がツッコまれていましたが、生徒の退学に保護者に話が行かないわけはなく、裏ではお話を聞いていたりしたかも知れない、とは思っています。後述するライブのシーンで校長と腕を組んでダンスをしたのは、その場の感情の爆発ではなく、何か縁があったのではないか、と妄想しています。ルイのお母さんも果たしてパーカーで顔を隠したくらいで息子の姿が分からなくなるでしょうか?
聖ヴァレンタイン祭のライブのシーンは、観ていて作中の人物も楽しんでいる感じが伝わってきて良かったです。
はしゃぐシスターたちの姿は『天使にラブソングを』を思い出しますし、おばあちゃんの弾けた姿と校長先生と腕を組んでダンスをするシーンは、作中では全く面識のなかった二人の女性がつながる事に、そこまで楽しんでくれたんだ・・・と最近の言葉で言えばエモく尊かったです。
山田尚子監督と吉田玲子氏と並んで現在のアニメ界の女性作家で旬な方は、岡田麿里氏だと思いますが、『心が叫びたがっているんだ。』で描写された娘の演劇に衝撃を受ける母親とは対照的な学園祭で、こんなアプローチもあるんだと表現の幅を見せつけられました。
これからしろねこ堂のみんなの将来が気になりますが、エンドクレジットの後のSee you! は果たして上映後にyoutubeで「水金地火木土天アーメン」の動画を見てね、という意味なのか、それとも続編を制作する予定があるのかは気になります。
インタビューを見る限り、きみとルイの歌はそれぞれ自身の作詞をお互いが曲を付けたという事で、続編があるとすれば『たまこラブストーリー』のようなきみとルイの恋愛なんかがあっても良いような気もしますが・・・どうなる事でしょうか。
コメントありがとうございます。
山田尚子、吉田玲子のコンビと聞くだけで期待してしまいますよね。
水彩画で表現される世界は、柔らかくて奥行きがあり、鑑賞者が想像を膨らます余地もあって心に残ります。
あんちゃんさん
コメントありがとうございます。
様々な学校を取材して創作されていたのですね…!
この辺り、活動のベースが京都だった山田尚子監督と、東京の武蔵野市にある制作会社のサイエンスSARUなど場所を問わない制作の布陣と、実際の学校を聖地にして迷惑をかけないようにする配慮なのかもしれませんね。
実は瀬戸内かもと思ったのは市電の配色が広島電鉄と似ていたためでした。が、長崎の市電も調べたら同じ配色でした。
神戸なら垢ぬけたデザインも納得ですね!
共感、フォローありがとうございます。
トツ子の通う学校なんですが長崎のミッションスクールといえば誰も活水高校を連想します。でも寮生活や修道女たちの姿を観る限りカソリックの学校にイメージは近く、実際、川崎にあるカソリックのカリタス学院で取材はされたようです。そして学校の外観は神戸女学院を写しているようです。瀬戸内っぽいイメージをされたのはそのせいでかもしれません。