劇場公開日 2023年5月26日

  • 予告編を見る

「もう二度とあの頃には戻れない家族の肖像」波紋 牛津厚信さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0もう二度とあの頃には戻れない家族の肖像

2023年5月30日
PCから投稿

荻上直子は作品ごとに進化している。特に本作では日本人として忘れることはないであろう震災や原発事故に端を発する、心の中で何かがねじ切れてしまったかのような歳月を、奇妙に、緩やかに、しかし人間の内面を抉るような鋭さで綴っていく。皮肉な運命を辿る須藤家は、さながらこの5〜10年間の世の中の縮図というべきか。とはいえ、そこは荻上監督、夫の失踪直後の家族がバラバラになっていく崩壊図ではなく、期せずしてもう一度食卓を囲むことになる再会図に焦点を当てたズラシが効いている。それは涙や怒号が飛び交ういちばん悲惨な時期を過ぎて、もはや各々があの頃の家族のかたちには二度と戻れないのだと身をもって理解に達するための儀式。あるいは達観のダンスか。物語のそこかしこを「水」の要素が貫く構成が興味深く、家族という名の水上で波紋を起こしあう筒井と光石の妙演には、夫婦が互いの存在意義を根底から否定するような静かな凄みが漂う。

コメントする
牛津厚信