「滑稽に生きてこそ人生」波紋 @花/王様のねこさんの映画レビュー(感想・評価)
滑稽に生きてこそ人生
常識的な人間かと思えば、裏の顔的なキャラクターしかいない。のが面白い。
普通の夫は突然失踪するし
寝たきりの義父はセクハラするし
普通の主婦は新興宗教にハマってるし
健常者の息子は障碍者の婚約者を選ぶし
清掃員の家はゴミ屋敷だし
近所のジジイはクレーマーだし
隣の家人は猫を放し飼いだし
心の支えの宗教家は怪しい水を売りつけてくるし
ホームレスはムロツヨシ
一見、普通の家族に見えても、親切に見えても本心じゃない。腹の中で考えていることとは違う現実を選択しているから、物語上では殺人事件は起こらない。それが普通。私が生きている世界と何ら変わらない。
普通って一人一人が自己を抑制して初めて社会になっていくのだなぁと感じる。
ただ、とてもストレスが溜まる。
普通にするのって、周りの人間に合わせて働き、にこにこ笑いながら悲しみやイライラを飲み込むためには宗教だったり、お部屋だったり、自分のガス抜きをする必要があったんじゃないか。
主人公、依子が緑命水の教えを盲信している時には夫は生きている。最後、夫が死んで骨になったら、家から水は無くなって、祭壇も跡形もなく、夫の遺骨が置かれている。
つまり、依子にとって宗教は自分のガス抜き、アンガーマネジメントをして、普通の社会を生きていた。
一滴の水〜🎵と宗教で歌うけど、振り付きで3番まであって思わず笑ってしまうけど、歌詞をよくよく聞いてみたら当たり前なことを歌ってて、普通にすることって難しいんだなと、少し悲しくなった。
1人で水面に落ちれば、波紋はどこまでも広がっていくのに、人間と関われば関わるほど、自分の波紋はより大きな波紋に打ち消されてしまう。
波紋は声と置き換えても良いかもしれない。
胸の中に広がる声は関係が近ければ近いほど伝わりやすい。
モノクロで水面の上に立って描かれる波紋のシーンでは、近くにいた息子が、相対する立ち位置に変わり、恋人と同じ位置から母親に波紋をぶつけてくる描写が面白かった。
依子の好き嫌いが玄関の靴の位置で分かるのも面白かった。
映画ではほとんどの場合、主人公に感情移入して物語の世界に没頭して楽しめるのに、普通だと思っていた主人公が新興宗教にハマっているので、感情移入や同調することが難しく、観客も一滴の水と同じ、客観的に波紋を受け取る立ち位置で映画を鑑賞しなければならないのも面白かった。
主人公に感情移入しない、他人の目線であるからこそ、依子が災難に見舞われて奮闘する姿を「滑稽だなぁ。」と達観しながら観ることができた。
半額ジジイに「お客様は神様だろう?」と言われた時に
依子が「夫が癌なんです。神様ならどうにかしてくれますか?」と言って撃退したのが痛快だった。今度やってみようと心のメモに刻んだ。
生きているだけで、人と関わるだけで波紋が生まれ、自分の元に届いてくる。
関係が希薄なはずなのに、自分とは関係ないと思っているのに、ないはずなのにある。
庭の枯山水は自分の心の声を表面化させた形だ。
心理学でも箱庭療法と言う物があるけど、それに近い。
なのに、自分の心の庭にまで隣の家の猫が入ってきたり、夫が踏み荒らしたりする。
最後、棺桶に入って心の庭を渡る時、棺桶を運ぶ葬儀屋が歩道の飛び石をうまく渡れず棺桶が転がる。
依子の心の池に死んだ旦那が転がってる。
でももう、波紋は生まれない。
思わず笑いたくもなる。
怒りをおさめるガス抜きとして利用していた緑命水も入らなくなったところで、自分の元を去る息子から「昔やってたフラメンコでも始めたら?」と言われる。
依子は息子の波紋を受け取り、フラメンコを踊って幕が閉じる。空は天気雨。晴れているのに雨が降っていて、やっぱり普通じゃない。
今までの監督の作品とは違った雰囲気の作品だけど、やっぱり絵面は綺麗で清潔感がある。ゴミ屋敷も片付けるし、丁寧な暮らしぶりが垣間見える。
他の作品ではそれらは清潔感と清涼感を演出してるけど、今作では几帳面で潔癖で息苦しい。
ちょっとバーバー吉野に近い雰囲気だった。
これは何となくだけど、川っぺりムコリッタあたりで監督も身近な誰かを亡くされたんだろうか?
前作から死を意識する作品が続いている。
それとも、そんなお年頃なのか。
ともあれ、更年期の描写を含め、リアリティのあるキャラクターにいつも引き込まれる。
ムロツヨシがひょっこり出てきて、会話するのも良かった。ムロツヨシ出てきた!と思ったけど、一緒に観ていた相方は気づかなかったらしい。
それほどちょい役だった。
ハマる、ハマらないがある映画だと思うけど、私はやっぱり荻上直子監督作品は波紋を受け取れるな、と感じた。
波紋って、自分が黙っている時にしか自分の元に届かないんだな。
自分も声を上げると、相殺してしまうんだ。
波紋を受け取って欲しいなら、相手を黙らせる必要があるんだよな。
と、徒然なるままに考えを書き殴ってしまいましたが、自分の心と向き合える作品です。
是非、劇場でご覧ください。
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