怪物のレビュー・感想・評価
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少年の友情あり、サスペンスあり、ポイントボケボケ、最後に弱い者いじめのカス坂本龍一の名前。。。
最初は、サスペンス調、、、
後半は子供の友情?
どっちつかず。。。
盲目的に
信じてきた価値観があった。
それが跡形もなく崩れ去りつつある今
人々は自らの意志と判断で価値を定義していかなくてはならなくなった。
そうすると、オレ、ワタシあってるでしょ?
間違ってないよね?の確認ゲームが始まり押し付け
思い込みが極度に表に出てくるようになる。
表に出てくるだけならまだしもゲームなので勝敗や順位が求められ嘘、騙し、陥れ。などの
技が繰り出されゲームは殺伐化するもんだw
もう良い加減人間が定義決めするような価値なんてたいしたことない。って事に気付く時代が来ているのに。
そんな世界に🌍大丈夫?と投げかけをしてくれている映画なんじゃないかな◎
深い
昔から聞いた事がある話かも?
教室の出来事だったり
ふざけるのと、イジメがわからない子供
同調しないと浮いてしまったり
見てみぬふりをすると、逆に煽られたら?
子供達の言葉足らずさを汲み取れない先生
自身の物差しで計りきれなかったため
目に見えない大きな波にのみこまれて潰れてしまう
ただただ子供を守るため、周りが見えなくなる母
子供の成長を受け入れられず比較し焦る父
教師、親、子供の三方向からの見方で解釈が変わる
スマホが場面に出たけど
町の風情はどこか懐かしかったり
廃電車が山に放置?
現代の話にしない為か
昔から聞く解決できない問題
是枝監督ズルい。
最後はいつも、自分の中で答えを出させる。
答えは一つではないからか…
みんなイジメも差別も区別も
虐待も根拠のない噂も決めつけを
しない世の中がいいのは知っています。
でも、できないのも人間です。
身近な問題で、考えさせられました
自分じゃ自分が何者か分からないから、教えあって生きていく
鑑賞後、熟考させられる作品だ。
人と人が分かり合う
人間はデバイスではないから、そもそも同期なんてできない。
だから、永遠に分かり合うことなんて、あり得ないのかもしれない。
これが私自身の考えだ。
部分的にもしくは一時的に分かり合う事はたくさんあるとおもうけど。
それでも日々は過ぎていくのであって
生きていく糧を得るために、何らかの労務をしながら
できればその精度を高めながら、暮らしていくのだ。
だから、無理に分かり合うことなんかせずに、
できるだけ自分にとって必要な情報だけを得るようにして、
むしろ孤立化を図った方が生きやすい、なんてこともあるだろう。
但し、人間は社会性があるから、本当に一人ずつだと生産性は低いから、
なんとなくダマのように固まり合って、塊同士は必要レベルで理解しあう努力をして生きてる。
こういった原理原則は人間の歴史において
今も大昔も 大して変わらないんじゃないかと思う。
***
この映画は脚本としては登場人物それぞれの目線により
見え方かわるよね、っていう仕掛けになっていて
でも怪物って誰なんだ?っていうプロット。
私の感じ方だが、
怪物なんていなかったじゃん、というのが感想だ。
各章における演技の方向性はともかく、
皆がみな大人なだけだし、異常者なんかいない。
反面「怪しい」という意味においてはとてもよく描けており
物語序盤では誰しもが怪しく見えたりする。このあたり面白い。
(棒読み謝罪なんか見てて教員をぶん殴りたくなりましたね・・・)
主人公の二人の子供は、いじめ問題への本能的な正義感と、クラス社会との相反に悩んでいて、
ただでさえ可哀想に思えるのにくわえ、LGBTの感受性にもお悩み。
家庭環境にもお悩み、って(はぁーー・・・)、
子ども的・超複雑シーズンを過ごしていて、
この子たちを助けてあげられるのは金八先生くらいしかいないんじゃないか、
とか 馬鹿な妄想をしながら見ていた。
最後はきっと事故で・・・というのが私の感じ方だったが、
それでヤッホー!と感情爆発させ解き放たれた 子どもたちの姿は
この社会から解き放たれてやっと 開放される心 ということになるけど
現代社会はこんな悲劇的なんだろうかって・・・
思考が悲哀ループしてしまった。
***
最後にひとつだけ
おでこにカードをあてる怪物だれだゲーム(?)っていうのかな、
「あなたはこんな特徴だよ」って自分じゃない人から
ヒントを出してもらって 自らを知っていく 示唆的なこれ。
これはこの映画の、語り継がれるべき名シーンだと思う。
人生にとって大切なことと思う。
みんな怪物。
湖のある郊外の町に住むシングル家庭の母と息子の話。
息子のアザや元気の無い姿を見て何かあった?と問いかける母(安藤サクラ)、先生から「豚の脳」と言われた!とそこから始まるストーリー。
本作を観て思った率直な感想は。
タイトルの「怪物」、観る前は子供が消えたと予告で目にしたのでホラーよりの作品なのかな?と思ったら違った。
友達の様で友達になりきれない湊と依里、クラスメイトから虐められてる依里、依里といる事で自分も虐められるのではないかと距離をおく湊。
「豚の脳」と言った保利先生(瑛太)と周りにいる教師達、息子に何をした!と学校に乗り込む母親、保利の意見とは話が噛み合わず...。保利の主張、教え子に何もしてない、誤解です!の意見は通らず学校側の言われた通りに話せ、とりあえず謝罪と促される。
これらの事に共通するのは不特定多数の人間で独りの人間を攻撃、虐める、力で押さえ込むなんだけど、作品に限らず身近で起こりうる話。
人間も動物、大人も子供も学校や社会に出れば少なからず弱肉強食の世界で生きてる。
ラストは怪物達の目から解放された湊と依里はホントの友達になり、笑顔で草っ原を走った!って解釈でOKなのかな?私にはホントの友達になれたって見えた。
エンドクレジットの坂本龍一さんの曲も作品のイメージに合ってたし泣けた。
ラストの疾走感がたまらない
観る前は、怪物探しの映画かと思っていました。敢えて怪物を挙げるとすれば、依里をいじめていたクラスメイトかなと思います。
随所に坂本龍一さんのピアノの音が、効果的に心に染み渡っていきました。
重要な場面を別の角度から再現しているので、徐々に全貌が明らかになっていき、納得です。
「ヒミズ」の作風を丸くした感じですね。
ラストの湊と依里が「線路はないよ」と言い、ひとすじの希望を持ち、走り抜ける姿に心が躍りました。
カンヌで評価されたこと、わかる
日本でこういう映画ができたことが嬉しい。子どもに焦点を当てたこのタイプの映画はフランス語圈や制作にフランスが入っている作品に多い。「トム・ボーイ」「Girl ガール」「リトル・ガール」「無限の広がり」など。だから「怪物」がフランスの映画祭で評価されたことは嬉しい。
坂元さんによる脚本が素晴らしい。今のところ是枝監督の映画(あまり好みでないしそんなに見てないけれど)の中で一番好きだ。キャスティングがよく、二人の子役が映画の質を高めていた。視点と時間軸変化の映像化が現代的・羅生門構成で頭の中でカチカチとポイントを変える感じが快感だった。ワクワクする要素と音と映像と光と暗闇と美しく恐ろしい自然を追いながら最後まで息を詰めて見た。
「男らしく」「男だろ」とか、「子どもが普通の家庭をもって子どもを持つまで」(そこまでがんばるとか、そこまで出来たら自分の子育て終了)とか大きなお世話なんだけど、お母さんも先生もそう言ってたね。子どもは苦しいけどお母さんのことも先生のことも好きだからどうしていいかわからなくなってしまう。
誰かだけしか幸せになれないのは幸せって言わないんだよ。この箇所の田中裕子にほっとした。
緑がきれい、秘密基地が懐かしい、このお話の結末は決めないでおく。
【”人心に潜む様々な怪物。そして自覚無きある資質を持つ二人の小学生が起こした事と生まれ変わり。”今作は、視点が変わる事で、出来事の見方が全く変わる現代情報社会に警句を鳴らす作品でもある。】
ー 今作は、序盤はミナト君の母親(安藤サクラ)の視点で、中盤はミナト君の担任であるホリ先生(永山瑛太)、校長先生(田中裕子)を始め学校側の視点で描かれている。
観ている側は、序盤の展開でミナト君の付いた”嘘”を含め、母親の視点で学校側の不誠実な態度に苛立ち、その後ホリ先生たちの視点で描かれた内容を観る事で、ミナト君と喧嘩をしていたホシカワ君との真なる関係性に気付くのである。ー
◆感想
・ホシカワ君はその衣装や女の子のような顔つきも含めて、自らのクィアの資質を自覚している小学生であると思う。
ー 彼の愚かしき保守的思想を持つ父(中村獅童)の訪ねて来たモリ先生に対して言った言葉。”アイツは駄目です。豚の脳ですから・・。人間に戻すんです。”
そして、ホシカワ君の身体中にある痣は、この父親が付けたモノであろうとすぐに分かる。尚、ホシカワ君の母親は、既にこの世にはいない。-
・ミナト君の母親は、亡きラガーマンだった父の遺影の前で、ミナト君に自覚無き”呪”をかけている。
”お父さんみたいな、男らしい男になって普通の結婚をさせるまで、お母さんは頑張るよ!”
ー 母親の自覚無き”呪”により、ミナト君は”男は男らしく生き、女の子と結婚するのが幸せ。”と刷り込まれている。
故に彼は、ホシカワ君に対する想いと彼からの想いの狭間で苦しみ、学校では皆の前では仲良くしないようにするのである。-
・赴任して来たホリ先生が、ミナト君の付いた”嘘”により追い詰められて行くシーンが恐ろしい。
ー ミナト君の母親から見るとモリ先生は明らかに教職者としては不適格な人物であるが、学校側の視点では、ホリ先生は生徒に対する接し方も問題なき良き先生である。逆に学校側から見るとミナト君の母親はモンスターペアレントなのである。
だが、孫を不慮の事故で亡くした校長は学校を守るために、ホリ先生を父兄会を開き謝罪させるのである。-
・ミナト君とホシカワ君は廃線跡にある、列車を秘密基地にして、相言葉を”怪物だーれだ。”にして、列車の中で楽しそうに遊んでいる。
ー あの列車内の二人の楽しそうな姿が、彼らの真なる関係性を示していると思う。-
・そして、台風が近づく中、二人が遊んでいた秘密基地を土砂が襲う。
ー 必死にミナト君の母親と、ホリ先生は列車の中に入るのだが・・。ー
■これは、勝手な個人的意見であるが、ミナト君とホシカワ君は二人の秘密基地で、土石流に呑み込まれてしまったのではないかと思う。
故に、ラスト、陽光が燦燦と降り注ぐ中、ミナト君とホシカワ君が誰の眼を気にすることなく、楽しそうに手を繋ぎ走って行く姿を見て、私の琴線は震えたのである。
<今作は、人心に潜む様々な怪物(場合によっては、ミナト君の母親のように、自覚はない。)と共に、幼きクィアの資質ある二人の男の子の姿を、親、学校側、及び二人の視点から描いた作品である。
そして、今作は自分に都合の良い情報を取り入れる傾向にある現代社会への警句とも取れる作品なのである。>
是枝監督と合わないようだ。
はっきり言って、この監督の作品は私の好みではない。
こんだけ持ち上げられて、カンヌに出展するのだからきっと日本代表の凄腕監督なんだろうけど、、映画評論家の方々からしたらお叱りを受けそう笑
人間の生々しさ、ちょっと気持ち悪いところ、
なんと無く懐かしさを感じる風景。
俳優陣の芝居の上手さ。(校長先生のご主人は当てはまらず)
だいたいの外枠は好き。
だけど、この監督、基本視聴者に委ねる映画なんだよな、、だから?それで?どうなったの?が全く描かれてない。
別に問題も提起してるわけでもないんだろう。
起承転結の「結」がないと私は言いたいのだが、
そもそも「起」すら視聴者が勝手にそう捉えただけだよね、と言われてるよう。
LGBTと思春期の話。
怪物だ〜れだ。
怪物は自分を否定する(と思われる)人達かな?
それぞれが自分を偽って生活してるわけだ。
これだけイジメの事を色々問題視されているのに
なぜか1番のいじめっ子にはフォーカスが当たらない。
まるで、いじめられる子に原因があるような描かれ方。
先生、あの場で飴玉舐めるのは絶対駄目だよ〜
あの始終不穏な空気の校長先生も
結局のところよく分からないな。
孫は事故なのかな?故意なのかな?
どの登場人物にも感情移入できなかったけど、
ちょっと余韻に浸りつつ考察してみます。。
坂本龍一さんのピアノ、とても良かった。
それで星3にしておきます。。。
視点変更が生む真実への道
感想
個人的には、是枝監督作品の中では一番観やすい作品だった。
・物語構成
母親、教師、子供の3つの視点で同じイジメ問題多面的に魅せる脚本が素晴らしかった。視点変更がされる度に明かされる真実の連続に、ラストまで没入しっぱなしだった。
心情描写も複雑に描写されるので、鑑賞後は複雑な心境になった(褒めてます)。
個人的には学校の上層部側の思惑パートがかなり不快で(良い意味で述べてます)、観ていて辛くなった。
人間の救済を求める貪欲さが全編通じて描かれる作品テーマが好みだった。
・演技
実力派俳優陣が勢揃いしているので、集中して鑑賞出来た。特に、主人公の子供の母親とメインの子供二人組の演技は自然さ感じられた。
誰
怪物だーれだ
怪物は誰なんだ
怪物とは一体なんなんだ
そうゆう議論が映画見終わったら出来るかも
キャストの皆様とても良い
シングルマザーの安藤サクラが叫ぶシーンとラストシーン泣きそうになる
結末は観た人によって分かれると思う
観た人同士で話したい🥺
私の結末の感想は
2人は亡くなったと感じてしまったなぁ
生きてる意味のエンディングかもしれないけど
2人の魂を見ている
最後はそんな終わり方な気もする
ラブストーリーなのか…
架空の土地での物語なのか、方言は全く無かったのが不思議な感覚だった。各視点でのストーリーが展開され、順序が変わると、また別のストーリーになりそうで面白い。
誰しも嘘を吐いた事はあると思う。管楽器で嘘を吹き飛ばし、ホラ吹きを演出してたのでしょうか。安藤さくらさんの生まれ変わりのくだりも別のTVドラマとシンクしてるかと勝手に思って、微笑。
果たして誰が怪物なのか。。。
多様化した小学生のラブストーリー。
二人だけの秘密を知られたく無いから、嘘。
それに翻弄される者たち。
台風一過で晴れ渡る中、草むらを楽しく駆ける二人。
ハッピーエンドと捉えてた。
良かれと思って行動しても逆の結果になる事もある
大きな湖の湖畔の町で、息子がいじめに遭ってると思い学校に確認に行くシングルマザー、生徒思いなのに誤解され学校を辞めざるをえなくなった担任教師、モンスターペアレント対策と学校を守るために保身に走る校長以下他の教師たち、一部を切り取り売れる記事を書き教師を追い詰めるマスコミ、そして本音を言えなくなった子どもたち。
学校でいじめられっ子を助けると一緒にいじめられたり、その子が好きでも言えなかったりし、そしてある嵐の日、2人の男子児童が姿を消してしまった。そして・・・という話。
良かれと思って行動したのに、誤解が誤解を呼び、繕おうとして逆に酷くなり・・・というストーリーは悪くなかったし、シングルマザーの立場、教師の立場、子供の立場、と同じ場面でも違う人から見ると全然違った事がわかってくる様子は、既視感はあるものの面白かった。
一度誤った認識をされてしまうと、先入観から悪循環に陥ってなかなか抜け出せないものだと思う。
それはわかるが、怪物って何なんだ、って観てたが、最後まで観てもよくわからなかった。
それと、LGBT?そうなのかなぁ?BLって事?DVは有ったようだけど。
2人の児童役の黒川想矢と柊木陽太は彼らの気持ちになれるほどの良い演技だったし、安藤サクラ、永山瑛太、田中裕子らもさすがの演技だった。
奥深い作品なのだろう。もう一度観たら、また違った感想になるのかもしれない。そんな重い作品だった。
過去イチ
是枝作品ではダイナミックなお話だったと思う。登場人物毎に時間が進むのも面白い、3人目位から飽きたけど。ラストは現実、答えがないのでおとぎ話にするしかないか? 田中裕子凄い、獅童だけは別キャストにしてほしかった。
完全な演出ミス
シナリオは面白く良くできているし、キャストも申し分ない。
3部構成作品でここまでキャラクターが違うのはいかがなものか?
まず瑛太のキャラクターが一部と二部で全く違う、別人かと思うほどだ。
1部は変人に演出しすぎていて2部で???になってしまう。校長もしかりで意味深すぎるし、こんな校長いないだろうってしらける。
映画の手法としてありがちで、別角度から見るとこうなる的な事は良くあるが、ここまでキャラクターが違うとこの手法じゃないほうが良かったのだは?
ラストは死ななければ一緒にはなれないって事なの?
物語全体を包み込むベールがそれぞれの尺度から少しずつ引き剥がされた...
物語全体を包み込むベールがそれぞれの尺度から少しずつ引き剥がされた時、見えて来たのは美しい刹那だった。
少年たちの儚さや脆さの中に宿る、煌めくような人生の瞬間。
奇跡のような怪作。
ーーーーー
坂元裕二が舞台挨拶で、自身の幼少期の実体験に基づくと言っていたが、だとしたら坂元裕二はパトリシアハイスミスでもありルカグァダニーノでもあり、オルコットのようでもある。
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