「みんな苦しい」怪物 大島あゆみさんの映画レビュー(感想・評価)
みんな苦しい
観た後に、頭の中がぐわんぐわんする映画。
登場人物それぞれの苦しさが伝わってくる。
まず、湊の母親。
夫が浮気旅行の際に事故死したという事実を封印し、夫を美化しながら生きている。
湊に対する愛情はたっぷりあるし、子どもを守るための行動力もある。
でも、ラガーマンの男と結婚しただけあって、男という生物をステレオタイプの男の枠の中でしか見られない。
それが湊を追い詰めるのだけど、湊が何に苦しんでいるのか理解できないので、勘違いして突っ走ってしまう。
湊が苦しんでいることだけは理解しているので、母親として苦しくてたまらないことは分かる。
保利先生は嘘がつけない人。
だから、学校を守るために謝罪させられる時もうまく喋れない。
教師としては誠実に子どもと向き合おうとしていたことが第二部で分かる。
にも関わらず、不器用さゆえにどんどん追い込まれていく。他の同僚達もすべてを保利先生に押し付け、ことなきを得ようとする。
湊と依里も、自分達を守るために保利先生を悪者にしてしまう。
子ども達は敏感だし、察しが良い。アンケートには、大人達が期待している答えを察して回答する。
湊は多分保利先生のことが嫌いではないけれど、何かというと「男だろ」「男らしく」と口にするため、男らしさがない自覚のある依里は保利先生に心を開かない。だから2人は自分達を守るために保利先生を悪者にしてしまったのだろう。
とても気の毒ではあるけれど、LGBTQの生徒がいる可能性に気づかなかったという点で、保利先生はやはり加害者でもある。
校長も最初は存在自体が胸くそ悪かったけれど、音楽室のシーンで本当は教育の現場が好きな熱い先生だったことが伝わってくる。
孫を誤って引き殺し、夫を身代わりにして刑務者に入れるだなんて、苦しくないわけがない。
夫が身代わりになったのは、校長を守るためではなく、校長が勤める学校を守るためなのだろう。
分かっていても、苦しくて苦しくてたまらないのだろう。でも、そのことは誰にも言えない。
音楽室のシーンで初めて校長の苦しみが分かる。
湊は感受性が強くて人の気持ちに敏感だ。
湊の苦しさが一番ヒリヒリ伝わってくる。
是枝監督は、本当に子役を活かすことが上手い。
友達として好きなのか、恋愛感情なのか、自分でもよく分からなくて混乱し、苦しんでいる。
そのうえ、依里が父親から虐待されていることやいじめに遭っていることにも心を痛めている。だけど、自分もいじめられることが怖くて、いじめから依里を助けることができない。
依里は湊のそんな葛藤を全て受け入れている。
この映画の中で、一番大人なのは、一番幼く見える依里だと思う。
依里はディスレクシアで、性自認も曖昧で男らしくはない。
でも、おそらく知能は高い。美的センスやアイディアにも優れており、天才肌だと思う。
依里の父親は、自分のセクシュアリティーを封印し、自分を誤魔化して生きてきたのだろう。
庭のゴミは気になるが、家はおしゃれだし、植物も好き。依里が花の名前をたくさん知っているのは、父親譲りで植物好きだからだと思われる。
この映画は依里の目線では描かれないので、詳しくは分からない。
きっと依里の父親は、ありのままの自分を受け入れている依里を否定することで自分自身を肯定しようとしている。でも、虐待で自分自身を肯定できるはずもなく、酒浸りになっている。
依里の父親もまた、苦しくて苦しくて仕方ないのだろう。
唯一、最も不遇な立場に置かれているはずの依里だけが、そこまで苦しんでいないように思う。
それは、依里が自分を否定せずに生きているからではないか。
そして、湊という存在に救われたからではないか。
愛されると人は強くなれる。
依里は、湊が自覚しているよりももっと強く湊の愛を感じているのだろう。
ストーリーも徐々にパズルのピースがハマっていって引き込まれるのだが、ストーリーを知った上で登場人物達の心の動きを見返したくなる。
苦しいけど、心に引っかかってしまって、何度も繰り返し観たくなる。そんな映画だった。