「現代的なテーマを用いた人間の本性の描写」怪物 鶏さんの映画レビュー(感想・評価)
現代的なテーマを用いた人間の本性の描写
先日発表された第76回カンヌ国際映画祭で見事脚本賞を受賞した「怪物」を観に行って来ました。何カ月も前から予告編をやっていたので、どんな映画なんだろうと思っていましたが、「怪物」という題名の通り、かなり怖い映画だったというのが第一印象でした。
予告編の印象では、子供が「怪物」として描かれているのかなと思っていましたが、実際は子供だけじゃなく、親、先生のいずれの登場人物も「怪物」の側面を持っていることが描かれており、流石はカンヌの脚本賞を受賞した作品だけのことはあると感じたところです。
構成としては、まず親(湊の母親の早織)の視点で描かれる1章目、続いて先生(保利)の視点で描かれる2章目、そして最後に子供(湊と依里)の視点で描かれる3章目という3部構成になっており、それぞれほぼ同じ時間軸の話を概ね繰り返す形でした(別に何章だと明示されている訳ではありませんが)。偶然ですが、先日観た藤井道人監督の「最後まで行く」も、前半は岡田准一の演じる刑事の視点で描かれ、後半は綾野剛演ずる監察官の視点で描かれていました。ストーリーは全く異なりますが、同じ時間軸の物語を、別々の登場人物の視点で繰り返して描くことで、前章で疑問が残った部分を次章以降で答え合わせをするという手法の映画を連続して鑑賞したことになりました。こういうの流行ってるのでしょうかね?
物語の内容としては、学校のイジメやシングルマザー・シングルファーザーの家庭、学校という組織、そうした環境下で抑圧された子供、SNSで飛び交う流言、そしてLGBTQと言った、実に現代的なテーマを複合的に描いており、中々深いお話でした。映画が全て具体的な現実を描いている訳ではありませんが、この時代学校に通わせる親も、通う子供にも、相当なリスクがあるんだと感じると同時に、先生の疲弊はいかばかりのものかと、改めて感じたところでした。
カンヌ映画祭でパルムドールを受賞した是枝監督の「万引き家族」は、格差社会の象徴として万引き家族を描いていた感があり、ああした家族はいるかも知れないけど、何処にでもいるというものではない感じでした。しかし本作の登場人物たちは、何処にでもいる人たちであり、その分リアリティが極めて高く、それが怖い映画だという第一印象に繋がったんだと思います。
そして、題名である「怪物」、そして副題である「だーれだ」という問いに対する答えですが、冒頭にも触れたように、誰しも「怪物」の側面を持ち合わせており、誰もが「怪物になり得る」というのが私の答えでした。基本、個人として完全な悪人はいないものの、完全な善人もおらず、それが自分の属する集団や対人関係に応じて、悪にも振れれば善にも振れるということではないかと。本作は、そうした人間の本性を描写したかったのではないかというのが私なりの結論です。
俳優陣ですが、1章から3章までのそれぞれの主役である安藤サクラと永山瑛太、そして黒川想矢、柊木陽太は、いずれも迫真の演技でした。安藤サクラが上手いことには定評がありましたが、特に子役の2人が実に良かった!この2人の演技がなければ、本作は成り立たなかったと言っても過言ではないでしょう。彼ら以外では、校長先生役の田中裕子がいい味を出してました。隠蔽と論点ずらしにより保身を図る役柄で、ちょっと抜けたところがあるのかと思わせつつも、実は周到な策略を巡らせる一面も垣間見せるなど、相対的に「怪物」の要素が最も濃い人物を、絶妙な演技で表現していました。
最後に本作が遺作となってしまった音楽担当の坂本龍一に触れておきます。体調を崩された中での作曲だったようですが、透き通るようなピアノの音調が、逆に不安を掻き立てており、本作にピッタリだったように感じました。
そんな訳で、ストーリー、役者、音楽と言った各要素が見事に融合した本作の評価は、星5としたいと思います。