劇場公開日 2023年6月2日

「額のカードは自分には見えない」怪物 おじゃるさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5額のカードは自分には見えない

2023年6月3日
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鑑賞方法:映画館

悲しい

怖い

難しい

何度も予告を観て気になっていた本作。公開日はあいにくの悪天候で、大雨・洪水警報の中での鑑賞となりましたが、おかげで観客3人という恵まれた環境で落ち着いて鑑賞することができました。

ストーリーは、一人息子・湊の異変から担任・保利の体罰や暴言を疑った母・早織が、何度も学校に出向いて激しく詰め寄ったことで、学校もそれを事実と認め、大勢の保護者の前で担任が謝罪し、マスコミも取り上げるほどの問題となったが、実は担任や学校だけが知る事実があり、さらには大人たちの認識とは全く異なる、当事者の子どもたちだけが知る真実が存在し、しだいにそれが明らかになっていくというもの。

全体を母親パート、担任教師パート、子どもパートで描き、同じ出来事でも立場や考え方の違いから、それが全く異なる見え方をすることを描いています。珍しい手法ではありませんが、三つめの立場があり、それが子どもであり、そこにこそ真実があったのだという描き方がおもしろいです。

まずは母親パート。シングルマザーとして人一倍息子を愛していたからこそ、息子の口から出た言葉に大きな衝撃と深い悲しみを覚えたことは容易に想像できます。それが、学校の不誠実な対応によって不信と怒りに変わり、攻撃へと転じていくのも無理からぬことだと思います。ただ、学校の描き方には悪意しか感じませんでした。あんなでくの坊のような校長はいません。学校の内情を少なからず知る身としては、まだこんなステレオタイプな描き方しかできないのかとうんざりします。しかし、これはあくまで母目線でのこと。親の目には、今でも学校はこう映っているのかもしれません。

続いて担任教師パート。ここでまったく別の真実が顔をのぞかせます。先のパートの裏側が見え、とても優しく熱心な保利先生の姿が浮かび上がります。とはいえ、別人レベルの描き方なのは気になりました。こんな先生が、校長室で保護者対応中に飴を食べたりしません!しかも、先輩教師たちの動きは変わらず、トカゲの尻尾切りによる学校の保身。ここでも、熱心な教師が学校という組織につぷされるような描き方に強烈な違和感を覚えてげんなりしました。学校が守りたいのは学校ではなく、子どものはずです。そのために、全てを詳らかにしないというなら、まだ説得力があります。

そして、最後の子どもパート。ここでやっと本作の真価が発揮されたように思います。大人たちは、自分たちの見たものが真実であり、それが全てであるかのように誤解し、怒りや憎しみを抱き、次々と負の連鎖を生みだします。また、子どもの気持ちをわかった気になり、型にはめ、自分の理想や希望を押し付けます。でも、子どもにも自我があり、彼らだけの社会があり、その中で折り合いをつけて生きているのです。大人が大切にすべきは、そこに寄り添うことではないでしょうか。

タイトルの「怪物」は、我が子かわいさで暴走する母親、子どもに寄り添えない担任、保身に走る学校、事件をおもしろおかしく書き立てるマスコミなど、そのどれもを指しているように感じます。また、当事者の子どもたちも、自分たちの行動や嘘がどれほど多くの大人を巻き込み、人生を狂わせたのか、知らなかったではすまされないでしょう。そういう意味では、無自覚に大人を振り回す子どもたちもまた怪物と言えるかもしれません。

人は誰しも怪物になり得るし、なったということを自覚できないのかもしれません。それは、額に掲げたカードを自分自身では見られないのと同じです。他者の目に映る自分の姿を教えてもらい、自らを振り返る必要があるように思います。

キャストは、安藤サクラさん、永山瑛太さん、田中裕子さん、中村獅童さんらで、ベテラン俳優陣が安定の演技で魅せます。それを前に、子役の黒川想矢くん、柊木陽太くんが、中心となる二人の少年役を堂々と演じきります。

おじゃる
おじゃるさんのコメント
2023年7月18日

奴さん、コメントありがとうございます。レビューを上げておられないようなので、こちらに返信いたします。

飴の件ですが、ご教示ありがとうございます。私も他の方のレビューで存じておりましたが、まさにそこですよね。たいていの人には非常識に映る行動でも、保利先生には彼なりの理由があったという事例から、物事の二面性や自分の物差しで人を測ってレッテルを貼ることの危うさを描いていたのだと思います。そういう意味では、大衆が持つマイナスイメージのわかりやすい例として、保利先生をあのような人物として描いたことは理解できます。

しかし、そうであるなら、母親の目にでくの坊のように映った校長も、「教師の責務や矜持や信念に基づいてあえてでくの坊を演じていた」とか、「何かを守ろうとする言動が母親の目にはそう映ってしまった」などと描いてほしかったです。まあ、でも、上の方にある大吉さんのコメントにも「子どもが通っていた学校は…今作で描かれた学校よりも酷かった」とあるので、数は少なくとも現実にある学校の姿なのかもしれません。
ついつい私自身も、自分の尺度だけで物事を捉えていたようで、お恥ずかしい限りです。

おじゃる
奴さんさんのコメント
2023年7月18日

横から失礼します。飴の描写については私も気になってましたが、是枝監督自身その点を解説なさっているようにその前に恋人から飴を渡された際、「舐めて落ち着くように」と諭された事を思い出してのソレだったようです。あとステレオタイプと指摘なさるのは理解出来ますが何もかも現実と照らし合わせては映画という虚飾の世界は描けないと思いますし、もしかするとああいう校長も居るかもしれない、そう思わせることがなによりも大事なんじゃないかと。擁護ではなく私的な感想です。

奴さん
クリストフさんのコメント
2023年6月23日

「怪物だーれだ」が終始頭の中で流れながら観てたので、
あの2人のゲームが流れた時、全ての合点がいきました。
ホントの自分は、自分には分からないんだ、という事を。

クリストフ
おじゃるさんのコメント
2023年6月22日

カツカツさん、コメントありがとうございます。レビューを上げておられないようなので、こちらに返信いたします。
確かに母親フィルター越しなので、学校はあのような描かれ方をしたのだと思います。ただ、私としては「同じ現場の同じ言動でも、立場の違いから捉え方は全く異なる」というように観せてほしかったです。しかし、本作の描き方では、母親パートと担任パートではまるで別物を観ているかのようで、そこがとても残念でした。

おじゃる
大吉さんのコメント
2023年6月22日

それは置いとくとしても、東京03の角田さんをわざわざキャスティングしてるってことはそういう意図があってのことなんでしょうね。
失礼しました。

大吉
大吉さんのコメント
2023年6月22日

私の子どもが通っていた小学校は毎年、他校で問題を起こした先生や心を病んで休職してた先生が赴任してきました。田舎なので先生たちのリハビリ施設みたいになってました。飛ばされてきた校長は教育委員会の方しか向いていませんでした。もちろん良い先生もいらっしゃいましたが逆に浮いていました。今作で描かれた学校よりも酷かったですよ。

大吉
カツカツさんのコメント
2023年6月20日

あくまで母親フィルターを通した視点ってことかと。

カツカツ
humさんのコメント
2023年6月17日

おじゃるさんの、このタイトルにぐっときます。。。レビュー見返すたび、このタイトルで目がとまります。

hum
Qooさんのコメント
2023年6月16日

そうですよね、飴はないですよね笑
そして、校長先生の心のこもってない謝罪にさらに嫌悪感増しましたが、そんな学校側の対応もなかなか有り得ないですもんね。

Qoo
ガンーカタさんのコメント
2023年6月8日

私も同じように教育関係者なので、やはり担任の行動、校長や教頭の行動、マンガのようないじめの様子、同級生のあまりにもひどいいじめの放置など、実際の現場ではどれも考えられないような、あまりにも偏った描かれ方に辟易してしまい、客観的に映画を観ることができなかったように思います。レビューを読んでみて、改めてこの映画の良さに気づかされました。

ガンーカタ
サプライズさんのコメント
2023年6月5日

学校の描き方は古臭くてガッカリでしたね。堀先生も校長も良い先生なのに、母親目線の時の印象が悪すぎる。子どもパートが良いだけに、勿体なかったです。

サプライズ
ゆきさんのコメント
2023年6月4日

す!素晴らしいレビューで震えましたwなるほど!!私の評価は星2だったのですが、主様のレビューを読んで星増えましたw あのゲームの解釈が、、おおおーー!!すごいです。又お邪魔します^ ^

ゆき
おじゃるさんのコメント
2023年6月4日

eigadorama3さん、共感&コメントありがとうございます。本作のレビューを上げておられないようなので、こちらに返信します。
あのゲームは、「自分では見えない」ということのほかに、「一瞬で何者にでもなりうる」=「きっかけさえあれば誰でも怪物になりうる」という意味もあるのかな、なんて思いました。

おじゃる
満塁本塁打さんのコメント
2023年6月4日

おじゃるさん返信お気遣いありがとうございました😭、是枝監督は好きなのです。ただ今回はディテール描写が深い割に、子供のシーンの多すぎが重なり、ショボいテーマで鈍重で疲れました。賞を取ったのは素晴らしいですが、私個人的にはどうでもいいかなと。ありがとうございました😊

満塁本塁打
eigadorama3さんのコメント
2023年6月4日

『怪物だーれだ!』のゲームはそう言う意味合いだったのか〜!確かに👍

eigadorama3
満塁本塁打さんのコメント
2023年6月3日

コレで感動するのが 正しい国民だ❗️的な

満塁本塁打
満塁本塁打さんのコメント
2023年6月3日

なんか戦前の全体主義感じます。失礼します。

満塁本塁打
2023年6月3日

共感ありがとうございました☆私も映画を観た帰り道は土砂降りの雨でした。本当は中止しようとしたのですが観賞できて良かった作品でした❁

美紅