「哀しい終末ドラマ」VORTEX ヴォルテックス ありのさんの映画レビュー(感想・評価)
哀しい終末ドラマ
いわゆる老々介護の問題を描いた作品だが、高齢化が進む日本でも身につまされる話ではないだろうか。ミヒャエル・ハネケ監督の「愛、アムール」が連想された。
映画は老夫婦がバルコニーで楽しそうにワインを飲んでいる所から始まる。その後、二人が同じベッドに入ると、突然画面が分割し、以降は夫と妻それぞれにフォーカスしたスプリットスクリーン・スタイルで映画は進行する。
認知症を患った妻。それを介護する夫。一つ屋根の下に暮らしながら、二人の心はどんどん離れていく。そんな関係が冷徹に切り取られながら、人生の終末が残酷に提示されている。
何とも世知辛い話であるが、老いには誰も抗えない。これが現実なのだろう。
老夫婦には離れて暮らす長男がいる。おそらく彼がもっとしっかりしていれば、この状況も少しは変わっていたかもしれない。しかし、彼もプライベートで色々と問題を抱えていて余り当てにならない。介護施設に入るという手もある。しかし、慣れ親しんだ我が家を離れたくないという理由で彼らは頑なにそれも拒む。結局どうすればよかったのだろうか?中々解決策が見つからないのが、観てて何とも歯がゆかった。
監督、脚本はこれまでに数々の問題作を撮りあげてきたフランスの鬼才ギャスパー・ノエ。今回はセックスとバイオレンスといった過激な表現を封印し、老夫婦の日常を淡々と紡いでみせ、正に新境地という感じがした。
特筆すべきは全編を貫くスプリットスクリーン・スタイルで、これは実に野心的だと思った。前作「ルクス・エテルナ 永遠の光」でも試用されたが、その時は実験趣向の強い中編作品で今一つ効果的とは思わなかった。しかし、今回はその演出意図が十分に伝わってきた。二つの画面に分断されることで老夫婦の関係崩壊がいやが上にも意識させられた。
また、最終的にこの分割画面は一つにまとまるのだろうな…と思って観ていたら、これもいい意味で予想を裏切られた。ラストには一抹の寂しさを覚えたが、同時に魂の浄化のような安らぎも覚えた。
意外性のあるキャスティングも秀逸である。夫役を演じるのはイタリアン・ホラーの巨匠ダリオ・アルジェント。今回が映画初出演ということであるが、中々どうして。哀愁を漂わせた枯れた味わいが魅力的である。いっそのこと監督兼主演で老人ホラーを撮ってみてもいいのではないだろうか。