ゴジラ-1.0のレビュー・感想・評価
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面白かった。そして泣けました。
札幌にできたばかりのTOHOシネマズで轟音シアター初体験はやはりゴジラでしょう、ということで観てきました。素直に面白かった。そして僕は何度も泣けました。ゴジラ映画でもあるけれど、むしろ戦争映画としても十分に楽しめるクオリティーでした。日本人の心を揺さぶります。オススメです。今年の実写の邦画では一番良かったです。
神木くん、吉岡くんと二人の有名子役から俳優になった、世代の異なる二人が共演するのは感慨深いです。浜辺さんと共演だと朝ドラと同じですが、こちらの神木くんのほうが良いです。
(以下は僕の心の琴線に触れたことを書かせてください。ある意味ネタバレですがご勘弁を。)
十八試局地戦闘機「震電」が飛行する映像を観れたことは、VFXの名手山崎貴監督にただただ感謝したい(永遠の0での空母赤城にも感動しましたが)。僕は非常に心を揺さぶられました。ただ空母赤城と異なり一般的にはほぼ無名な試作戦闘機なので、映画館にいたお客さんでどれだけのひとが「しんでん」を局地戦闘機「震電」と理解したのかは不明ですが。
「震電」は終戦末期に空技廠と九州飛行機で共同開発された、先尾翼迎撃機、しかもなんと後退翼で、先細の機首にもかかわらず飛燕に代表される苦手な液冷ではなく、旧日本軍得意の空冷エンジンで(空気取り入れ口はまるでジェット機のように胴体両脇にあり、プロペラが後部にあるため重武装が可能(予定では30mm4門)で、さらに当時日本で唯一、火薬発射による脱出装置が取り付けられてたとされ、おそらく時速700km近くでたのではないかとも推測される、極めて先進的な設計思想の機体であるものの、試験飛行が終戦3日前の昭和20年8月12日であったとされる幻の局地戦闘機です。試作機はおそらく1機か2機だと思います。
太平洋戦争には間に合わなかったものの、ゴジラによる日本の危機を震電が救ってくれるなんて、それだけでも涙ものです。また射出装置が正常可動したことも涙ものであり、そもそも零戦を含め他の機体では風防を手動で開けての脱出なのだから、そんな余裕はないはずであり、山崎監督が神木くんを「生きさせる」には射出装置のある「震電」を選ぶよりほかはなかったとも思いました。
あれがゴジラ!(*゚Д゚*)
演技が臭い人や面白艦長もいてましたが(笑)
人間ドラマがメイン&ゴジラの恐さ気持ち悪さが出ていて面白かったです。
小さな女の子がモゴモゴ言ってるのが可愛かった(笑)
「核の原罪」に戦慄するリアリティーって・・・
1回目のレビューの後にいただいた「自分史と1作目への懐古ばかり、もっとしっかり本作ついて述べてください」というコメントが、実はかなり胸に刺さりまして・・・そんな訳で改めて本作に向き合った感想を述べさせてもらいます。
先ず、VFXについて。はっきり、これは歴代ゴジラの中で最高、巨大生物としてのゴジラの禍々しさもさることながら、強烈な既視感を覚える破壊された都市の描写にはシン・ゴジラさえ超えているリアリティがあり、その点は最大限に評価したいです。
一方、敷島を中心に様々な人々の、ゴジラという災禍を通してそれぞれの戦後を乗り越えようとするドラマについても、私は十分な説得力があったと思います。特に敷島の、「特攻からの逃避」と「ゴジラからの逃避」という2つの十字架を背負った心の痛み、そしてそれ故に、典子たちと一つ屋根の下で寄り添うように暮らしながら本当の家族として受け入れられない切なさ、哀しみは十二分に伝わってきましたし、だからこそ、今度こそは逃げないという敷島の覚悟と、それ故に姑息な手を使ってまで橘とバディを組むことにこだわったことも十分理解できました。敷島は既に、自分の命を賭すことを決意している、その死にざまを見届けてもらうのは橘しかいない。そんな彼の覚悟が橘にもしっかり伝わり、彼にはそれで十分だった。だから万感の思いで「生きろ」と敷島に言ったんだと、ここまでの神木・青木両俳優の演技を見ながら確かに熱くこみ上げてくるものがありました。
そう、ここまでは。
震電による攻撃でゴジラが崩れ落ちるシーンで、今まで描かれてきた敷島の物語へのカタルシスは感じながら、同時に胸に去来したのは「手ぬるい・・・まだまだだよ」という思い。何故、そんな思いを抱くんだろう・・・なんで、素直に感動の涙が流せない・・・我ながらそうも思います。
けれど仕方がない・・・70年近く生きてきて、米ソ冷戦やベトナム戦争、核競争、水爆実験・・・それらを「ここにある危機」、身近なものとして育ち、そして今という時代を生きている自分はそのように感じてしまうのだから。
先にこの映画のVFXについて「強烈な既視感を覚える」リアリティと述べました。そう、確かにあのゴジラに破壊された都市の光景を自分は既に見ている。ウクライナの都市、ガザ地区の街並み・・・(それまでにも、バクダッド、サラエボ、ベトナムのソンミ村・・・)
都市を破壊するゴジラに戦慄するのではない、同じ人間の暮らす都市を破壊する人間に戦慄を覚えるのです。ゴジラの炎に立ち上るキノコ雲より、プーチン大統領の背後に、黒いアタッシュケースを抱えて控える2人の高官の姿に戦慄するのです。
そのような思いを想起させる力強さを持ったリアリティを生み出した山崎監督だからこそ、この映画のクライマックスには、エンターテインメントの枠を超えてでも見る者の心に訴えかける「今」にコミットしたものを突き付けてほしかったのです。
やや不穏な余韻を残す病室での敷島と典子の再会シーンを見ながら、私はふと原民喜という作家の短編小説を思い出していました。戦時中の地方都市に暮らす人々の日々、ささやかな葛藤、軋轢などを淡々と描写し、終盤、それらが一区切りしてほっと息をつげるようなシーンのあと、「壊滅の序曲」というこの小説は次の一文で締めくくられます。
「……原子爆弾がこの街を訪れるまでには、まだ四十時間あまりあった。」
人類が核兵器を知ってしまって以降、この一文は全ての人間ドラマの最後に繋がるように思います。人々のドラマチックな、あるいはごくささやかな営み、様々なストーリーを根こそぎ消し去る無慈悲で非条理な核の恐ろしさを表すこの一行は、敷島の胸を打つドラマの後にも繋がるものでしょう。
そんな私が本作のエンドロールを見ながら尚も幻視したのは、最後により禍々しく巨大な姿で海上に起き上がるゴジラの姿、それは旧海軍の戦闘機に爆弾を積んで体当たりしたぐらいでは打ち崩せない、「世界終末時計90秒前」の現在にまで私たちの前に立ちふさがる「核という原罪」としてのゴジラの姿です。
オッペンハイマーが、原子爆弾を生み出した罪ではなく、より壊滅的な力を持つ水爆開発への障壁となったことで国家から裁かれるという、巨大な歴史の皮肉を目撃することになる1954年、その同じ年に公開されたゴジラ1作目。芹沢という人物の苦しみと死を通して「パンドラの箱」を開けた科学者の悲劇を描く先駆的な、おそらく最初の作品となった1作目こそ、私にとっては、全てのゴジラ映画の頂点であることに変わりがないでしょう。
それでも、あれだけの映像クオリティを見せてくれた山崎監督には、マイナス・ワンを1作目の正統な前日譚として、「核という原罪」を私たちに突きつける覚悟、矜持を持ってほしかった、というのが、今の正直な思いです。例えハッピーエンドでなくても、私達に突きつけられたそれから目をそらさない限り、エルピスはあると思うから・・・
【上のレビューを投稿したら最初に投稿したレビューが消えてしまったので、以下に再記します。くどくなりますが、合わせて読んでいただけたら、私のこの映画への思いが一通りお伝えできるかと思いますので・・・】
ゴジラ・マイナスワン 見てきました。その感想を、と言ってもほとんど1stゴジラ論的な内容になりそうだし、最後には来年日本での公開がついに決まった「オッペンハイマー」に寄っていくという感想になりそうです。何か鬱陶しそうでしょ。べた褒めの感想を期待されてる方はここでサヨナラしていただいてよいかと。
さて、ここで私個人のキャラ形成のバックボーンに触れると、私は昭和30年代前半生れ、10代の多感な時期を米ソ冷戦、ベトナム戦争、大国の核保有、水爆実験・・・といったニュースに触れ、常に頭のどこかに「核による世界の終焉」へのモヤモヤした不安を抱えながら育った世代です。(確か中国の水爆実験の直後に小学校の先生ができるだけ雨には濡れないように、と注意したのを覚えています。冗談なのか本気だったのか「髪の毛が抜けるから」
という理由で・・・)夜中に、明日にでも核ミサイルが降ってくるかもしれないという恐怖に捕われ夜泣きするという子供でした。
そんな私ですが、中学生まではゴジラ映画と言えば、ゴジラがキングギドラやコング、ヘドラなんかと派手なバトルを展開する怪獣スペクタクルという認識しかなかったのです。
私が1stゴジラを始めて見たのは高校2年生の時、京都の場末の2番館で「博士の異常な愛情」との2本立上映でした。(←この組み合わせも、完全に狙ってますね)
あの時、私の子供の頃から抱えていた「核」への暗鬱な感情とゴジラという稀代のキャラを描いた物語が完全にリンクしたのです。夜の大東京を、逃げ惑う人々を前景にして、遠くにゆっくり不明瞭な暗い影のように動いていくゴジラの映像は、あの時代の核に怯える暗鬱な空気感をそのまま伝えてくるのでした。
そして、核の恐怖を思う時、常に頭に浮かんだもう一つの思い・・・
「どうして人類は、そんな自らを滅ぼす力を手に入れたのか?或いは、その力を生み出した科学者は、そのことにどの様な責任を負うのか」
1stゴジラは、その問いにも一つの答えを描いています。
芹沢博士という人物の苦しみとその死を通して。
オキシジェンデストロイヤーもまた、水爆と同じ、人類にとっての絶対悪として描かれています。水爆の落し子であるゴジラ、それを抹殺するためのの最終兵器もまた人類を滅ぼすだけの恐怖の力を持っている。それはまさに大国間の際限ない核競争の図式そのもの、「瓶の中の2匹のさそり」を表しています。
そのような力を、人は持ってはいけない・・・だから、芹沢博士はそのすべてを封印するために自ら死ななければならなかった。ゴジラを抹殺するためのあの海中のシーンには、他のゴジラ映画(マイナスワンも含めて)に描かれたような、搭乗した兵器によってゴジラに体当たりする的な派手さ、勇壮さは全くなく、ただただ静かに、沈鬱で・・・
マイナスワンでも一筋の涙も流せなかった私が、多くのゴジラ映画の中で唯一、涙したのは、1stゴジラの最後、愛弟子が水爆に匹敵する力をその命とともに封印した海底を見下ろしながら、山根博士が万感の思いで一言「せりざわ・・・」とつぶやくあのシーンだけです。
今日、世界終末時計は、冷戦時代も含めて最も人類絶滅に近い1分30秒前まで進んでいます。そのような時代に、先の大戦のトラウマを乗り越えるリベンジマッチとしてのカタルシスはある程度感じたとしても、核という原罪に人類がどう向かい合うのか、を描き切った1stゴジラを超えるような評価は出せない、というのがマイナスワンへの正直な感想です。
そんな私ですので、はい、ようやく日本での公開が決まった「オッペンハイマー」への
思いがバク上がりです。
そう、私にとって芹沢博士はオッペンハイマーそのものなんですよ。
迷わず観ろよ、観ればわかるさ❗😆
2度観ました。永遠のゼロをめっちゃリピートで観たので、オープニングからウルっと来ました。大迫力のゴジラを映画館で観たくて行きましたが、ドラマパートも結構感動しました。安藤サクラさん演じる隣のオバチャン主人公を罵倒しますが、実は親切な人だったり。クライマックスはお馴染みのテーマが流れ、気分はアゲアゲ😆永遠のゼロは死んでいく悲しいストーリーでしたが、生き残るため、未来のための戦いはハッピーエンドで、また観たい。でもゴジラのテーマがずっと耳に残っています😁
ドラマのトホホな感じ
ゴジラ登場シーンはどれも恐ろしいし、迫力があった。
海の上でのバトルは、ザバーンと浮上しつつ、また海底へ。水しぶきが背びれだけが見えているのがいい。戦艦を破壊し、口から熱線を出す。
そしてなにより銀座シーンですよ。街を破壊しまくるゴジラ。テレビアナウンサーがビルの屋上で実況しながら、ゴジラに襲われるところなんて、すごいわ。典子(浜辺美波)が逃げまどい、電車にすべり落ちて、手すりにぶら下がる。海に落ちても走り出す。超人的なところありながら、リアリティラインがギリギリで楽しめました。
ゴジラのテーマソングも熱い。熱線できのこ雲が立ちのぼる。圧倒的な存在感で、絶望を与える。これ、人類どうする?勝てるの?そう思わせた時点で勝ち。
ただドラマパートは、欠点だらけ。敷島(神木隆之介)と典子(浜辺美波)はどんな関係なんだ!?恋愛じゃない。それじゃ男女関係になってないの?2人がどう惹かれたのか。2人の深い思いは?描ききれておらず、そうじゃなきゃ典子が犠牲になっても、悲しくもうれしくもなれない。
敷島が女の子に対して冷たいのもどうなの?お父さんと呼んでるのに、お父さんじゃないって。別れを考えてのことだろうけど、情というものが感じられず。
ゴジラ討伐作戦は、海を舞台にしているけど、効果があるのかないのか分かりづらい。どうせ失敗すのはわかっているから、ハラハラ感はない。
伏線もわかりやすすぎて、敷島は特攻しないだろうし、典子も生き残ってるだろうしと、驚きはゼロ。
ゴジラの登場も、敷島が過去を払拭するためのもので、すべてが予定調和なんですよね。それはいい点もあるのだろうけど。
山崎貴の過去作とリンクするのは、本作が総決算だと感じるところ。『アルキメデスの大戦』の戦艦シーン、『三丁目の夕日』の過去の日本再現など、培ってきたものはあると思いました。脚本は、別の人を入れるだけですべて解決なんだけど。
というわけで、山崎貴の好きではない点も出た映画だけど、とにかく迫力すごいので、楽しめるのは楽しめると思います。
世界よ、これがゴジラだ。
邦画とゴジラは切っても切り離せない。
『ゴジラ』は邦画における一大コンテンツである。日本人の大怪獣の認識は、大凡がゴジラを占めている。ゴジラ以前の時代には日本人は大怪獣をイメージ出来なかっただろうし、ゴジラがゆうゆうと東京を壊滅させた後の世は怪獣と言うだけでもゴジラという言葉を連想するであろう。
さて、映画の話。
感想として一言で言うと、「あんなん勝てるん?」で、結果もそう。再生、原子力包有、チャージが数分でできるエナジービーム(規模は一撃で3万人を消し飛ばす)、建物を一撃で壊す尾。
駆逐艦を三十秒足らずで全壊するし、銀座でビーム打つし、
勝てるわけないやん?
戦争被害者である主人公が成り行きで出会った母子といっこ屋根の下、なんとか戦争を忘れ始めてた時、その女も主人公をかばってゴジラのビームで消し飛ぶ。
そこで復讐を誓い、立ち向かう話。
結論から言うと、倒しきれない。ただ先延ばしになっただけ。でもそこは物語の外側だから関係ない。主人公は実は生きてた女と家庭を築くのだという終わり方をした。
あそこで勝てないのは、他作品に影響を与えるからなのか、ゴジラというものの恐怖心を薄れさせるからなのか、とにかくそこがハッピーエンドでは無いようになっている。
しかし、ゴジラが街を破壊する様は圧巻だった。もはや気持ちが良かった。非常に楽しい一作となっている。
戦争を生き抜いた人々の想い。
田舎の映画館なので週末でも普段はほぼ貸切状態なのが、今回は客席が半分ぐらい埋まりました。
これだけで人気の高さが伺い知れます。
そしてエンドロールに入っても誰も席を立とうとしない。これも僕が地元の映画館では初めて見た光景です。
評価に関してのコメントは敢えて控えますが、僕は船長(佐々木蔵之介さん)が決戦時の出航前に放った「みんな次こそ役に立てるかも知れないと思っている」という一言に痺れました。
感涙ポイントが他の人とだいぶ違うかもですが笑
命懸けの戦争を経て、生き残ってしまったという思いが皆少なからずあったのだろうと。戦地に赴いた人間なら尚更のこと。
その、生かされた命をどう使うか?
集結時、ゴジラとの戦いを選ばずに抜けていった人たちの選択もそれはそれで納得。あくまで強制ではなく民間人としての闘いなのだから。
ゴジラに関しては、その原点である純粋な破壊神たる存在に戻ったという印象。
シンゴジラの様に形態進化も然程無く(再登場時には大型化してたかも?)、熱線放射直前に尾ヒレがボコボコ突出し蒼く光る辺りは前作のオマージュともとれるが、存在自体は至ってシンプル。
その出自や体内構造など追求することもないのでゴジラ自身への思い入れや感情移入もなし笑
水爆実験により再び呼び起こされたような描写もありましたが、第1作のように人間の過ちから生み出された怪物という感じもありません。
つまりは本当に純粋で巨大かつ凶悪な人類の敵。
一方、その時の日本はと言えば敗戦を経てようやく復興の音が聞こえ始め、人々もまた生きる希望を持ち始めた矢先のこと。
そんな時にこんなのが襲ってくるんだもの。そりゃ絶望感半端無いわ。
CG、VFXに関して。
海での闘いはリアルが過ぎます。
海中をぬらりと航行するゴジラの質感も見事。
逆に、陸に上がって以降の動き方、歩き方はややぎこちなさも見える気がしました。
が、そこがまた不気味だという意見も笑
終戦直後が舞台だからこそ、キャッチコピーの通り「生きて、抗え」という人々の思いがより強く感じられます。
小難しい描写一切無し。単純明快なゴジラ映画としては勿論のこと、戦争を生き抜いた人々の想いが窺える作品だと思います。
これが高評価?観る目なさすぎない?
12/10追記
下記私の本投稿(12/9)に対して批判コメントがいくつかありましたが、あまり知能を感じ無い批判をされこちらもイラッと来たので反論追加します。
自分が好きなモノを批判されるのは確かに口惜しいのは理解出来ますが。
以下コメント意訳
①貴方(私)の批判は読んで無いけど低評価はおかしい
A.読みもせず何故私の批評がおかしい事がわかるのか?
②わざわざアカウント作ってまでマイナス批評するな
A.賛成のみを良しとして批判を認めない思考は言論統制と同じで劇中佐々木某が言ってた“我が国は〜”的な話と同じで危険な思考であることを理解してね
③私の批判点である震電に関して、脱出装置が付けられるのは試作機なので当然で物語を理解してない
A.では何故いかにも特効・死確定(脱出装置は付いてないですよ〜)みたいな演出で物語が展開したのか?(途中装置付いてますよ〜の匂わせ演出は散見されたが)『物語』の本旨を理解して無いのはどちら?そもそも震電がどう言う機体か詳細分かる人間の方がまれでその一点をもって理解云々言われるのは心外
上記のコメントは不愉快(解答の通り的外れな批判)なのでブロックしましたが真っ当と感じるご批判コメントは残してます。
私は作品(表現活動)を批判しましたが、上記の輩は私(個人)を批判したので反論しました悪しからず。
以下12/9投稿レビューーーーーーーーーーー
辛辣且つネタバレしながら書きますが見てない方はまずご自身の目で見て評価する事をおすすめします、私含めた他人には合わなくても貴方には最高の映画の可能性もあります。
今回のゴジラがあまりに高評価なので矢も盾もたまらず25年ぶりに映画館に行きました。
★良かった点
・ゴジラかっこよかったです、熱線の描写グッド!大画面と迫力の音響で見れて最高でした!
・幼女が可愛かった&芝居がゲロ上手!芦田愛菜さんの再来の予感
・他のレビューであまり見なかったですが、モスボールした駆逐艦の描写はなかなか芸が細かくグッド!
・ゴジラ再上陸後ぶっ壊された民家の庭に居た犬が逃げ切れた描写、細かいけど心温まる遊び心
★悪かった点
・端的に言うなら『全編通してご都合主義』かな
・戦後間もないのに役者がエキストラに至るまで全く痩せてない(赤ん坊もぷりぷりしてたが流石にこれは仕方ない)
・嫁生きてる展開:G細胞の描写はあるけど物語に関連性がなくG細胞のせいで嫁が今後の懸念材料になる終わり方はゴジラと言う懸念材料がいるので蛇足になる、そもそも生きてる事で物語が締まらない
・主人公生きてる展開:上と同じで物語が締まらない
・役者陣の芝居が臭すぎた
・神木さんが今話題の私人逮捕系YouTuberのガッツchにしか見えない
・ゴジラ再上陸前に疎開しないのか!?
・再上陸までに酒飲んでる場合か?
・常識的に考えて米軍&日本政府出てくるだろ?
・国家レベルの厄災に対して民間で対応するの?
・当時のインフラ的に整備士誘い出す手紙間に合わなくない?
・震電て脱出機構あるの?無いのに付けたのなら設計からやり直しレベルでは?
・駆逐艦同士の接触の損傷少なすぎでは?
・駆逐艦の海上での停泊位置近すぎ!
・漁船たちの連結早すぎ、ゴジラは深度800mで何時間も待ってくれてたのか?
・暗くシリアス気味に展開するのに嫁&主人公生きてるエンドならもう少し軽快に魅せて欲しかった(物語の展開とラストのミスマッチ感)
・自衛隊が出ないから仕方ないけど『自衛隊のテーマ』を使わない最悪手!!!
★見たかったゴジラ
・旗艦高雄で弱小連合艦隊を組んでゴジラに立ち向かう男たち!生き残った幸運艦達&男たちの最後の闘い!みたいな?胸熱すぎる!ただそうすると昭和版シンゴジラになっちゃいますかね〜
・舞台を昭和30年代くらいにして弱小自衛隊とゴジラの戦い!ただこれも今までのゴジラ映画と同じか〜
今回『ゴジラ-1.0』を見て1番思ったのは表題の通りで、上記の通りのご都合主義でゴールデンレトリーバーの唇並みにダルダルで締まりの無い筋書きの物語を多くの人々が高評価している事に疑問を感じた、と言ったところ。
物語を観る目が衰えた人が増え過ぎではと思った次第。
アメリカでも高評価との事ですがアメリカ人は多分ご都合主義なので(偏見)然もありなんですね。
人間ドラマがひどすぎる
人間ドラマについては、脚本、演出全てがひどい。
キャラの描き方
・安藤サクラの存在感が薄すぎ(どんな人なのかよくわからない)
・神木くんや佐々木蔵ノ介の大げさなセリフ回しと棒読みセリフ
・孤児の子供って必要?申し訳ないが演技になっていない
・爆風で吹っ飛ばされたのに生きてるって?
・戦後の悲惨な風景や空気感が全然伝わってこない(陳腐な美術)
山崎監督ってホント一流監督なの?
加えてアクションシーンもゴジラの恐怖感が伝わってこないし、何故日本に出現するのか等々描き方が中途半端。
こんな映画撮ってたら一生邦画は海外を超えられないわ。
海外でも放映するらしいが、恥ずかしいから止めてほしい。
平凡
何かただのでかいサメ映画みたいになってた。これゴジラの必要あった?地上でやったことなんて最初ほんのちょっとと銀座を壊す所くらいか?(夢オチ除く)戦後間もなかったり、銀座ぶっ壊されて大惨事なのに全然大惨事感がない。「見せ場は作った」と投げっぱなしで全然その後の苦労とか、良い意味での汚れた感じが全くなかった。
戦後、誰もが自分だけで精一杯の中さらに得体の知れない怪物と戦うという作戦にわりと大半の人たちが残ってるのも違和感が凄かった。戦後だよ?そもそも全体を通してもっと汚れ役が居て良かったと思うのに、皆善人すぎるよ(笑)
わだつみ作戦も既視感強すぎてシンゴジに悪い意味で引っ張られすぎじゃないかと。作戦内容も多分大丈夫の一点張りだったし、理論上可能かもしれない、そこまではいいとして罠に引っかかる可能性の問題とか全然考慮されてないし、それに大人しく引っかかるゴジラの滑稽さときたら...。そこは後に出てくる仲間たちが船で囲いこむ(一瞬で藻屑と化しても)とかいう流れにするとかあったんじゃないか。そもそも、吉岡秀隆は何処からデータを得たの?ゴジラのこと何も分かってないよね?ゴジラの放射熱線を撃ったあと次が来るまでのデータとか何処で得た知識なの??シンゴジはそういう部分をしっかり描いてくれてたから説得力があったけど今回はなさすぎて置いてきぼり感が凄かった。クレーンも1度折れてるのにその後の耐久度の高さとかどうなってんだと。
ラストも人間がゴジラ倒せちゃうんだと失笑。残骸が残っててそこから復活するからとか言いたいんだろうけど、あれはやっちゃダメだと思うしやってほしくなかった。ドンパチ大好き人間さま1番のハリウッド製のゴジラですらそれはやってないでしょ(笑)
「一部で言われてる」と話題の演技も実際酷かったと思う。何か力入りすぎててこれじゃない感凄かった。本人たちではなく、演技指導が悪かったんだと願いたい。
そして、これは完全な個人的感想だけど、造形含めて今回のゴジラ全然カッコ良くない!そういう意味でのマイナスなら納得な作品でした。
山崎監督だけど評判が良いからと重い腰を上げて4DXSCXと大枚叩いて観に行ったのにこれはガッカリでした。
なぜ皆んな感動するの?
最も重要な部分は神木隆之介の演技がハマるかどうかだと思う。自分はハマらなかった。特に朝ドラ「らんまん」を見た直後なので暗い主人公を演じる神木に違和感があったのかもしれない。これは明るい主人公の「らんまん」直後に起用した製作陣が明らかに悪いと言える。
またご都合主義や説得力不足が多い点も気に入らない。なぜ海に落ちたヒロインは危険なゴジラ進行方向の人混みへ戻ったのか。そのまま海辺にいた方が安全じゃないの?そしてなぜ神木は逃げ惑う人混みから一直線にヒロインを見つけることができたのか。神木は超能力者か?
ゴジラが痛い思いをしてまでなぜ何度も東京に上陸したがるかも分からない。縄張りの一点張りは無理すぎるのでは?何よりあの飛ばされ方して5体満足で生きてるヒロインは不死身なの?ご都合主義がすぎる。
更にゴジラの倒され方が納得いかない。いくらダメージを負ってるとはいえ爆弾積んだ特攻で終了?途中の機雷の方が威力強くない?。あれで終了は説得力が無さすぎる。
結論チープなストーリーを映像の迫力で誤魔化しているだけの映画に感じた。製作陣から何としても感動させるんだという意気込みは伝わったが、あのご都合主義&説得力不足の内容では感動できるはずがない。感動した人が多くいるようだが本当に理解できない。よほど日頃からチープな作品を見ているか、増税の嵐で日常生活に疲れているかのどちらかだろう。心の底から理解に苦しむ。
演技、物語の展開、色々すごかったです。
神木隆之介さんの特攻兵の演技、生き残ってしまった負い目やかつての同僚に殴られたシーンの目力が鬼気迫っていてすごかったです。
最後まで、生き残るのでは無く本当に特攻を選ぶのでは?と思わせる演技でした。
あとは、神木隆之介さんの演技も素晴らしかったです。飄々と軽いようで実は仲間想いのキャラクターにすごく惹かれました。
ストーリーはハッピーエンドで良かったです。
戦前戦後を時代設定されていて、衣服や病室の雰囲気も時代を再現されてるなと思いました。
あんまり真面目に見ないと面白い
良かったこと
・やりたいことがきちんとあって、そのために設定を肉付けして、それをきちんと処理したこと(作品として成立してること)。
・既存のゴジラやシン・ゴジラと差別化したうえで、ゴジラ映画の多様化に貢献したこと。
・ゴジラのテーマを大音量で流しながら、特撮(過去作品)ではできない規模のゴジラによる破壊とその恐怖を描写したこと。
悪かったこと
1番 ゴジラ自身が人類の犠牲者としての側面が弱い
人類の原罪と(ゴジラを介して)人類自身が向き合うのがゴジラ映画の根幹であるはず。怪獣映画としてエンタメに振ったゴジラ作品なら、それはそれでいいし好きだけど、-1.0はそうじゃないのに、ゴジラというよりは災害との戦い映画になっちゃってる。
ゴジラは神的存在であって、人類の犠牲者であって、人類の敵であって、それでも子供が見てかっけーとなる、そういった多面性があっていいヤツ悪いやつで簡単に括れない。そこが魅力だと思うのに、それが出てないのは残念。
2番 エンタメ性の弱さ
これはジャンルの問題だけど、特撮ものSFものじゃないから、とにかく戦闘が地味。戦闘をエンタメにするか泥臭いものにするかは自由だけど、それが中途半端。戦闘の展開はこれでいいから(ジャンル的にも)、カメラワークや台詞といった演出でもう少し盛り上げられないかなと思った。
最後の一撃が呆気なさ過ぎて、「え、これで終わり?」ってなった。
隣に子連れがいたから、もう少しエンタメしてくれたほうが良いのにな~、子供たちごめんね〜と思いながら見ることに…
アメリカゴジラほど徹底的にエンタメに徹せず、日本らしい宗教観が漏れ出てしまうような日本のエンタメゴジラを次は見たい。
ゴジラの映画をやってくれたことはありがたいし、こういう大人向けにして監督の知名度で動員を稼がないと儲からないのはわかるし、そういうゴジラがあってもいいけど、エンタメであること、子供を喜ばせることを忘れてほしくない。
3番 時代設定の割に現代的思考な脚本
終戦直後という時代設定は、今の人には再現不能でやっぱり無茶だったなという印象。初代ゴジラが終戦直後の雰囲気を今に伝えているだけに、これは手出しできないよ…
民間人を出すための無理くりな設定として、これ以外に無いのはわかるけど、時代的にセンシティブなところに手出ししちゃったねという感じ。
基本的にゴジラと対峙するのは国家的組織であるべきなのを、民間人の有志にさせたいがために終戦直後の権力の空白期間を使っている。命がけのことを民間人の有志でやるというのは、一見すると民主主義的で個人の意志を尊重しているように見えるけど、極めてグロテスクで無責任な行為でもある。と思う。
戦時中のグロテスクな国家第一主義、特攻と対比させながら、有志の戦闘行為を肯定的にきれいな行為のように描く、そう思うように視聴者を誘導するのはどうかと思う。初代ゴジラは特攻が日本を救うという話で(当時)叩かれて、今作ではそれを回避しようと現代的(戦後民主主義的)な価値感を入れたものの、僕にはそれが良いことには見えない。
軍隊が国民から付託されて戦闘行為を担っていること、軍人一人一人の命がけの行為(と命を奪う行為)を間接的に国民一人一人がお願い・命令・許可していること。それが国民国家の軍隊の前提のはず。
作中で「誰かが貧乏くじを引かなきゃ仕方ない」と何度も言われていたけど、それを引く(国民が引かせる)ための仕組みが軍隊であって先人はそれを整備してきた。
戦前はその整備が至らなかったという反省はするべきだけど、人が人に命を掛けさせるための仕組みがあるのに、それを無視して民間人が個人的に命を賭けることを肯定するというのは、究極の個人主義というか集団主義アレルギーでかつ、日本国民の他人(自衛隊員)に命を賭けさせてることへの無自覚さが垣間見えてしまう。
戦闘に赴く登場人物は一切を秘密にしていくから、周囲から応援されることもないけど(戦時中の強制的な動員を想起させるため避けたのだろう)、それ自体が間違ってる(本来は集団の付託が必要)ことだとは全く言われない。
結局、勝手に戦って勝手に死ね。それはお前らの自由だ。という身も蓋もない話を肯定的に描いてしまってる。
まだ、登場人物が命がけの行為に否定的だったりすると良いんだけど「仕方ない」の一言だけ済ませるもんだから、僕としては腑に落ちない。
主人公はまだ個人的な動機でやってるから分かりやすくて良いんだけど、復讐ものでよくある、「これは俺の戦いだ、お前らは出てくるな」的な回りを危険から遠ざけるような発言は一切無くて、みんなの作戦に全乗っかりしてるから、結局同じ穴のムジナで構成員の1人でしかない。
ゴジラ-1.0自体が、この100年の日本の国家的失敗(戦前の軍国主義とその反動としての無思慮な戦後民主主義)が生んだ怪物なのかもしれない。
IMAXの価値は無い
作品としては、山崎貴監督には期待して無かった分もあり、良かったと思います。
まぁ、ツッコミ所とかは多々ありますが、娯楽映画だからと思えばレベル。ツッコミ部分を解消して行くと140分位になりそうだしなぁ。
最初、小型ゴジラが出てた時「小さいな?」「ビキニ環礁原爆実験まだだろ?」と思ったけど、アレがビキニ環礁でゴジラ完全バージョンになったのねと。まぁ、何も無い所からゴジラが産まれるワケは無いし、今まで人類と遭遇して来なかった理由の説明にもなるけど、あの小型ゴジラは何だったんだ?(笑)と言う新しい謎が。
浜辺美波が「私が子持ちに見えますか?」と言うセリフ、まぁ今の時代だったら見えないけど、あの時代だったら子供居てもおかしくないなぁとか思ったり、夜なのに子供何処行った?とか小さなツッコミしながら観てました。
神木隆之介が特攻で生き残った(しかも、怖くって逃げた)事をずっと引きずっていた(実際の特攻隊の出撃前に終戦となり、生き残った人の中にも戦死した戦友への想いから、そう思っている人は居たみたいだし)けど、それよりも、小型ゴジラに対して怖くって撃てなかった事をハッキリと言葉にして「自分があの時に撃てば、銀座の事も無かった」って悔いて、ゴジラに対して特攻を決意するのに納得出来たかなぁ。映画の描写だと、単に戦争で生き残った事が罪みたいにも見える。その分、佐々木蔵之介の「戦争行かなかったって事は幸せなんだ」が有りますけどね。
タイトルに付けたIMAX。本来、IMAXとして撮影して無かったモノを無理矢理IMAX上映した様で、VHS時代の作品をリアルな4K作品として+α料金を取ってるのがなぁ。最初に見たIMAXがジュラシック・ワールドIMAX3Dだったので、没入感の落差が・・・・音響は良かったけども。チネチッタのLIVE ZOUNDなら通常料金で済んだなぁ・・・・・とか思ってしまう。
何度も色々な人の手で映像化されてきたゴジラ。この作品では登場人物の生活感をリアルに描き出し、怪獣映画でありながら見応え充分の人間ドラマでもありました。力作です。
またゴジラが映画にと聞いたときには、正直なところ
「今更どんなゴジラ映画を作るの?」 との猜疑心が
心の内にあったと思います。・_・; ゴメンナサイ
けれど 折角の日本製ゴジラなのだから観てみましょうかと
過度な期待はしないで(失礼)観に行くことにしました。
作品の予備知識はほとんどありません。どんなお話でしょう。
さあ鑑賞開始。んで…
鑑賞終了。
あっ という間の120分でした。 拍手。パチパチ
脚本も良かった(好み)、特殊撮影も素晴らしい(綺麗)
そして登場する俳優さんの演技。熱演・好演。おぅ
それらが全て合わさって、納得感と共感度がMAXの作品に
仕上がっていました。面白かった・_・ 。
第二次大戦末期の時代お話が始まり、そして戦後へ。
ほぼその数年間の時代で話が進んだのにはびっくりです。・_・
そして、ゴジラといえば自衛隊…ではなく(この時点でまだ無い!)
米軍から返してもらった旧日本海軍の軍艦(しかも武装が無い!)
倒しに行くのは元軍人、現在は民間人の有志(の勇士)
話が進むにつれて、気分が上がりました。萌えました。
奇をてらった兵器とかが出てこなかったのも好印象です。
(スーパー×とか) ← …あ 伏字になってない ^_ ^;
人の叡知と力を集めてゴジラに立ち向かい、これを倒す。
その過程の描写が、不自然さ無く描かれていました。
ゴジラの王道を行く作品かと。 拍手 ☆\^-^/☆
観て良かった。満足です。
もっと早く観に行けば良かった。
それにしても
登場する人物にここまで「生活感」を感じられたゴジラ作品って
初めて観たような気がします。・_・ ハイ
◇あれこれ
■オマージュ(かな?)
・泡に包まれるゴジラ(ゴジラ)
といえばやはり、オキシジェンデストロイヤー ですよね
・破壊される日劇(ゴジラ)
最後まで中継を続けるアナウンサー。(涙)
・ゴジラ頭上の戦闘機
ギガントの上を飛ぶファルコ。大小の対比が見事。(未来少年コナン)
・東京の街並み
茶川先生が住んでいそう …あっ 似た人発見 (三丁目の夕日)
もっとあったような気もします。
■口から吐きます
炎とか光線・熱線とか。口からを吐くモノって
色々あるなぁ と思い、思いつくままにつれづれと。
・ゴジラ(歴代のゴジラ様)
作品によって、吐くのが炎だったり放射能だったり。
今作では「熱線」?だったでしょうか。
・デビルマン(漫画のほう)
美樹を殺した人間たちに向かって吐く怒りの炎。…哀しい
涙なくして読めません…。(涙)
・巨神兵(ナウシカ)
2発目の発射に失敗し炎上。さっさとやらぬかバケモノ と毒づ
かれながらクシャナ殿下のために頑張ったのですが。(涙)
・アラレちゃん(Drスランプ)
ご存じ「ンちゃ砲」。 …えっ 違います? 駄目か
・波動砲(宇宙戦艦ヤマト)
口からじゃないし生物でもないけれど、充填から発射までの
一連の動きや光線の進む表現など、似ている気が。
・ジェノザウラー(ゾイド)
荷電粒子砲を放つ一連の動作。姿勢を一直線に伸ばして標的に
狙いを合わせる動きに「一種の様式美」があって好きでした。
◇最後に
ゴジラの細胞が復活中のようなエンディングでした きゃー
まさか続編のフリ? うーん。観たくないような…。
もし出来るとしたら、タイトルは
「ゴジラ -2.0」? もしくは
「ゴジラ -1.1」?
観たくないと言いながら、出来たら観に行きそう…
◇最後の最後
あの爆風に吹き飛ばされながら、生きていた典子(浜辺美波)。
切ないエンディングも覚悟してましたが生きてて良かった。
☆その逞しい生命力に拍手。
☆映画の感想は人さまざまかとは思いますが、このように感じた映画ファンもいるということで。
複数の色の糸が絡み合って、七色の美しい紐になる
驚くほど面白かった。戦後という時代背景設定が、たくさんの人の生き様を際立て、それぞれの視点が美しく描かれて、それらが最終的に一つになる。複数の色の糸が絡み合って、最終的に七色の美しい紐になるかの様だった。
最後のシーンで涙を堪えるのは難しかった。冒頭で主人公が抱え込んだ問いに対して答えが出る。泣くのを堪える一方で、「良かったね」と無意識に私の思いが言葉にでてしまうくらいだった。私はニューヨークの映画館で見たのだが、横に居たネイティブも涙を拭っているのをみて、より涙が出た。
私は決してゴジラファンではない。なので、テーマ曲を聴いたところでなんとも思わないし、思い入れもないので、古臭い曲は無しで!と思っていた。が、間違いだった。映画の後半で初めてあのテーマが流れた時、グッと緊張感が高まって、胸が熱くなった。
そもそもゴジラなんて言葉も通じないし、正義とかの概念すらない怪獣を題材に今更どんなお話を作るのよって感じで、懐疑的だった。ここは庵野さんのシン・ゴジが開拓してくれた(もしかしてオリジナルから?)流れなのかもしれないが、天災を通して日本がより強くなるというメッセージがすごく感じられた。特に今回は政府の力を借りずに民間で戦うという、ある種今の日本国民へのメッセージなのかとも思えた。
2023年の中で間違いなくトップ映画でした。
三丁目の永遠のアルキメデスゴジラ (いい意味で)
まさに山崎監督のここまでの集大成
1度目4DXで、2度目ドルビーシネマで鑑賞
何十年ぶりかに同一作品を劇場で複数回鑑賞した
ドラマパートへの不評を散見するが
敷島は訓練では優秀だったが、初の実戦が特攻であり現実感も無く覚悟もなく飛び立ち そして、覚悟のできぬまま機の故障と嘘をつき生還した
その夜、ゴジラの来襲を受け目前のあまりの恐怖の対象に引き金を弾けず整備士たちを見殺しにしてしまう
引き上げ後、典子 明子と共に擬似家族として生活を始めるが毎夜悪夢にうなされ、典子にすがるが、拒絶されてしまう
2度目同じような2人の夜のシーンでは、敷島は自分のトラウマの全てを打ち明け、典子は受け入れ敷島を抱きしめる
翌朝目覚めた敷島は初めて愛しい家族を見る目で典子と明子を見ていることから、前夜敷島と典子が愛し合ったのだろうと推測できた
まさにその日にゴジラが新宿に現れ敷島の目の前で自分を庇った典子が吹き飛ばされ
敷島は絞り出すように慟哭し黒い雨に打たれながら愛するものを奪ったゴジラを睨み見上げる
ここで初めて敷島は命をかけてでも仇であるゴジラを倒したいと思ったわけだ
命令されての特攻はできなくとも、多くの特攻兵がそうであったように、愛するものの未来のため命をかけてでもと、覚悟を決めた敷島
ワダツミ作戦に向かう面々もまさに同じ気持ちであったのだろう ドラマパートにも穴は無い!
ラスト典子の病室に入った明子がフェイドアウトするのがおかしいとのレビューを見たが
あのシーンで明らかに明子は典子に対して異質なものを感じたかのように
怯え、敢えて距離をとっているように描写されている そして、まるで感情がないかのように微笑み「あなたの戦争は終わりましたか?」と言いながら敷島を抱く典子の首筋に現れる動く黒いアザ 海中に沈みつつ再生を開始するゴジラ
次作への明らかな伏線である
北米でも好調なスタートを切り、世界中で公開されるこの作品
是非続編も山崎作品として作っていただきたい
迫力あり
戦後の焼け野原の雰囲気が出ていた。
CGであるが、迫力抜群。ゴジラものは特撮(ミニチュア・被り物)が一番と思っていたが、CG技術が進んだ今では、こういう表現も遜色ないと改めて感じた。
最後、唐突なハッピーエンドで面食らったが、これもこれでよかった。
ゴジラの出番少なくない?
ゴジラ好きですがガチファンではないので詳しくはありません。
敷島の寝ていて目が覚めるのと、気絶して目が覚めるシーンがやたらと多く、顔アップが多すぎてストーリーに集中しづらく映像の撮り方が気になりました。
役者さん達は時代背景とマッチしていて良かったです。
予定通りの場所に来ちゃうゴジラはともかく、ちょっと昭和な体型のゴジラだったり、背ビレの役割がエヴァのリミッター外れるシーンを思い出すゴジラでした。
もっとゴジラの活躍を見たかったなぁ。
近くに座っていたガチファンと思われる男性グループが終演後楽しそうに話していたので、それなら良かった良かったと思いました。
ゴジラ、バランス悪い
身体のゴツさに比べて、頭小さすぎる気がする。
あと、姿勢良すぎ。もう少し前傾姿勢(猫背気味)な方が「ゴジラ」という感じがあってよかったかも。
映画を見た感想は、はっきり言って「ゴジラでなくてもいいんじゃない?」である。
ざっくりしたあらすじは戦争のトラウマが残る主人公が、ようやく手に入れようとした幸せをゴジラによって壊され、かたきを討つというはなし。
物語としてはすごく良くできているとおもうけど、全体的に暗いし人間模様がメインなので、かたきがゴジラである必要性がかんじられない。
あと、ゴジラのメインテーマを流すのはあそこじゃない、と思ったのは自分だけじゃないと思いたい。
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