「人の心の機敏が丁寧に描かれた映画」零落 せつさんの映画レビュー(感想・評価)
人の心の機敏が丁寧に描かれた映画
本作品は孤独、絶望、苛立ち、やるせなさ、そういった暗い感情を真摯に描いている。
制作陣と俳優陣が体当たりで本作を作り上げたのが感じられる。
堕ちに堕ちてく主人公は序盤からもう手遅れだったと思う。何もかもめちゃくちゃにして台無しにして、自分を支えようとしてくれてる人の心も受け取れず、自分勝手で、ああなんでそんなこと言っちゃうの、どうしてそんな風に傷付けるのと何度も思った。
漫画に向き合い続け、8年の大作を描き上げた、その彼の傷と孤独をもう彼自身も周りの誰も癒せない。
猫目の元カノが彼の正体を言い当てる。
誰しも人を傷付け、傷付けられ、自分だけひとりぼっちと感じた覚えがある。過去の愚かな行いをした自分自身を突きつけられたような気がした。
ぐるぐるとした気持ちを抱えていく生き方しかできない、さぞかし生きづらいだろう。私は彼より少し器用で良かった、なんていう浅ましい気持ちになる。
本当は甘えたくて、優しくされたくて、責任のない愛にだけ救いを求めた彼はすごく人間味があった。
スクリーンでは燃え尽きて鬱屈とした主人公から物語がスタートするし彼の作品は作中では数ページしか分からない。でも8年間漫画を続けられたこと、インタビューやサイン会、(新刊コーナーだとしても)店頭で人気漫画の隣にあることなどからして結構な人たちは彼の漫画を認めてる。きちんと才能があるという大前提があるのだけど、そこは観る人の想像に委ねられる。頑張り続けたんだろうしそれを見てくれてた人たちがいるのに、と思うと堕落ぶりが本当にやるせない。
感動的で盛り上がる作品が世に溢れる中で、この映画の万人に迎合せず良いものを作ろうというありようはまさに主人公が目指した漫画そのもののと重なる。