生きててごめんなさいのレビュー・感想・評価
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タイトルはそそるがあれでいいのけ?
なんというか、初っ端からコントみたいに面白いシーンがある作品は期待してしまう。
文学的な描写に気づけた自分がうれしかったり。
莉奈はなんであそこで立ち止まっていたのか不明だった長い階段は、のぼった先には素晴らしい景色があるんじゃないかと期待させる階段であった。でも実際に広がっていた素晴らしい景色は、のぼった階段の先ではなく、のぼってきた階段の下に広がっていた。それは過去を表していたんだろう。よく気づいた俺、むふふ。みたいな。
梨奈のポッケの穴(なんかな?)から落ちた部屋の合鍵を修一が黙って自分のポッケに入れるシーンも象徴的だった。
修一のこれからの恋を匂わすシーンのあと、成功した梨奈と再会し、お互いの恋愛事情を確かめ合うシーン。
梨奈は成功はしたが今でも思いは修一にあるのが明らかだ。
修一は莉奈とは別の新しい恋の入口にあったが、莉奈との未来も修一の行動次第で再び始まる展開に。
その象徴的なシーンが、修一が莉奈と一緒に踏切を渡るのか否かというシーン。
あれは渡ったね!だって既に莉奈とのコンプレックスは解消済みだし未練が微塵もなければここまでの展開になっていない。
だけどそれはそれで修一にアプローチかけてた彼女が気の毒だなあ。だからあれは修一の勘違いということにしとこう。
最後だなー
最後はっきりさせてほしかったな。
修一は結局どうなんだよ。モテるんだろうな。莉奈と立場が逆転したっていいじゃないか!そんなに気になるなら!と、わしは思ったけど。
人生長いんだし。だめか?
「実世界でもこんな事あるよな……」ってシーンが沢山ある。主軸の2人...
「実世界でもこんな事あるよな……」ってシーンが沢山ある。主軸の2人は勿論、出てくる登場人物それぞれに共感できた。最後も自分は2人がよりを戻しても幸せとは限らないと思ったから「仲直りしました!」みたいな終わり方じゃなくて良かった。レンタル配信で観たけれど「上映中に映画館に行ってみれば良かった!」と後悔するくらい面白い映画でした。
ひとことReview!
『生きててごめんなさい』ならぬ『駄目人間でごめんなさい』みたいな感じか。何だか男も女も他力本願みたいな感じ。私はそんな生き方をしたくないけど、先にそうなるかもしれないな...そんな不安を感じた作品。
自分すぎて寒気がした
序盤、ギリギリ働いているということ以外、「りな」が自分そのものすぎて寒気がした。
仕事に行く夫(ではなく、作中では恋人だが)にベッドから起こしてもらう描写など、誰か我が家を盗撮しているのか?と思うほどの再現度だ。
1日の大半を寝て過ごしているところや、友達がいないところ、人間ではなく動物に感情移入するところも。
ハッキリ何とは言わないが「社会になじめない、普通じゃない人間」をこれでもかというほどリアルに書いていた。確かに、「生きててごめんなさい」というふりをしつつ、「生きてるだけでいいじゃないですか」と私も思ってる。
が、後半才能が認められて…とそこまではいい(ありうる)ものの、コミュニティに温かく迎え入れられ…のところは、「いや、そうはならんのよ…」と冷めながら見てしまった。
けれど終盤の、結局彼女も頓珍漢な解釈をされながらコンテンツとして大衆に搾取されているという、サクセスストーリー的に終わらないところを丁寧に書いてくれたのはとてもよかった。自信にあふれたキラキラインフルエンサーになってたらずっこけるところだ。
私も夫に聞いてみたい。どうして一緒にいてくれるの?と。
あと、会社は辞めないでおこうと思った。
受け手の解釈に大きく委ねた映画
何をやってもうまくいかず、自己中心的で自分勝手な莉奈を修一が見染めるところから映画は始まる。
初めは上手くいっていた2人だったが、それは修一が1人じゃ何も出来ない莉奈を世話することで自分の現実での惨めさを誤魔化していたからだった。
莉奈が仕事を始め、自分よりも充実した毎日を送る事実に耐えられなくなった修一が度々莉奈に対して想いを忖度なしにぶちまけるシーンが散見されるが、その度に我に返ったように謝る修一の姿はとてもリアルに描かれていたと思う。
またこの映画は特に対比構造が顕著に描かれていた。小説を書くシーンでの天才と凡人という言葉に表れているように、努力しても仕事も夢もうまくいかない修一と、それをあっさりこなして最後は出版まだしてしまう莉奈が対比で書かれている。
修一が莉奈を自分の中で下に格付けしそれに満足していたのが悪いことなのかと問われれば、実は莉奈も途中で犬を拾ってきて世話していたように、自分がうまく行き始めた途端自分を頼ってくれる対象を探す修一と同一の思考を辿っていた。それについても修一と莉奈、莉奈と犬の対比構造で表しているのは比較的わかりやすく良かった。
さらに家から駅に向かうシーンでも冒頭の修一が仕事に向かう場合と、莉奈が家に帰る場合とで対比されている。目的や目標があって駅に向かう人物は途中の階段に気付き、そうでない方は気付かずスルーしてしまう。それに加えて修一が階段を登った先になにもない、と一蹴したのに対し莉奈は振り返って景色を眺めていたのを踏まえると、修一は頑張った先の結果だけを求めており、莉奈は結果ではなくその過程を振り返って大切にしているという対比になっていた。(修一はなにも得られなかったが莉奈は得ることが出来たということの暗喩でもあったか?)
最後のシーン、修一は渡ったのか渡ってないのかが曖昧になっており、受けての解釈に結末を委ねている。私としては修一は自分を見つめ直し、新しく莉奈と関係を築いていったと解釈したいところである。
評価としては冒頭のシーンの真意が掴めなかったこと、文芸サークルの先輩の話が思ったより深掘りされなかったことを鑑みて星4としています。
これはさ、一緒に渡っていいやつ?
出版社で働く修一は莉奈と出会い、アパートの一室で同棲をしていた。
修一は作家の夢を抱きながらも日々編集の仕事に追われている。
一方の莉奈は周りと上手く付き合えず、仕事もせずにダラダラと家で過ごすことが多かった。
ある日、ひょんなことから莉奈は修一の担当するコメンテーター西川の目に留まり、修一の出版社で働くことになる。
周りからちやほやされ成功の階段を登り始める莉奈に対して、修一はいつしか心ない言葉を浴びせるようになり……
蟹が飛ぶ。
あんなに心を掴まれるOPは久しぶりだ。
ラストとオーバーラップする踏み切りでのタイトルバックも素敵。
描かれる日常が美しければ美しいほど辛い現実が胸を刺す。
「誰かのために生きるな、自分のために生きろ」
この映画ではそれを伝えたかったように思う。
そう、これは生き方についての物語。
定職につかずアルバイトも長続きしない、両親からも見放され連絡を取れる友人もいない莉奈。
修一無しでは生きていけない莉奈だったが、しっかり自分を貫き通したていた。
社会性がないことを否定され続けながらも、好きなものは好き、嫌なことは嫌と自分をしっかり生きてきた。
その面倒臭いほどの純粋さを武器に次第に社会へ馴染んでいく。
一方で修一は自分の意思を無にして仕事に命を懸けている。
一見するとエリートサラリーマンといった感じだが、彼は仕事のために生きていた。
昔から憧れていた先生に読んでもらえると意気込み、小説の新人賞にエントリーするも案の定失敗に終わる。
自分の好きなことも削り、仕事のために生きていた彼は社会的には生きているように見えて人間としては死んでいた。
行き場を失った感情は愛と混ざり合い、そんなつもりじゃないのに悪口を吐いて目の前の人を追い詰めてしまう。
「俺は莉奈に憧れてたのかもしれない」
同じ職場で働いているにもかかわらず、2人でこうも違ったのは決してパワハラ上司やセクハラコメンテーターのせいではないと思う。
同じ世界でもどうやって見るのかで、視点も立場も気持ちも全く変わってくる。
現代人にはそれが欠けているのかもしれない。
この映画を語る上で外せないのがヒロインについて。
この多くの人から嫌われそうな役柄をヒロインに据えたのがなかなかの革命。
はじめは「あー、こういう子ね」とあまり好きになれなかったが、彼女の内面を知れば知るほど興味が湧いてくる。
人間上部だけでは分からない。
こういうヒロインこそ、ヒロインとして最適なのかもしれない。
そして、それを演じきった穂志もえかが素晴らしい。
最近好きな女優は?と聞かれたら彼女の名前が出てくると思う。
それから黒羽麻璃央の表情の良いこと。
安井さんのイヤミな役もハマっていた。
ラスト。
修一は踏切を渡ったのだろうか。
生きてればそれでいいじゃないですか。
仕事と恋愛の残酷さがキツくて当分は観たくないけれど、すごく好き。
階段を登りきった先にあるのは
修一には何もなかった。
莉奈には眼下に広がる街並みが見えた。
(登りきったという事実は変わらない)
テレビドラマにはない間、そしてそれに集中させる主演二人の魅力。2時間あきることなくスクリーンに惹きつけられました。
この二人の主演作を劇場公開時に観ていたってことが何年か経ったら自慢できるだろうな。
それ絶対に言ってはダメな言葉。言った本人もわかっててすぐに謝る。本当はそんなこと思ってなかったよって。
身につまされるほどよくわかるなぁ。
ペット産業の闇でもう一本作ってほしい。
哀しいね。
若い二人の恋愛だけでなくいろんなことに思いが膨らんでいく作品でした。
身構えないで観て大丈夫
タイトルが重いですよね。
自分を否定する人を見ると、すごく悲しい気分になるからね。
ただ、この映画はタイトルの印象ほど重苦しくはなかったです。
かと言って、軽いって感じでもなかったけど。
身構えないで観て大丈夫な作品だと思います。
それでね、この映画のタイトルを背負っているのは穂志さん演じる莉奈なんだけど、彼女は自分を否定している様には見えなかったの。
なんか、自分を肯定する事も、否定する事も出来ない人って印象を受けたんです。
まあ、人間なんて皆そんなものかもしれないけど。
そして、この映画で凄いなと思ったのが、出会った時と最後とで二人が変わっていない様に見えた事。
二人を取り巻く状況は一変しているのに、本質の部分は全然変わっていないと感じさせてくれるの。
だからね、最後は二人にはよりを戻して欲しいなと思いつつも、よりを戻しても幸せにはならないかもと複雑な気持ちで観てた。
なので、ラストシーンはあそこで切ってくれて、私には丁度良かったです。
不思議ちゃんの穂志もえか
出版社に勤める園田修一は、仕事に追われ小説家になる夢を諦めかけていた。清川莉奈は何をやっても長続きせず、アルバイトもクビになり、実家からも見放され、修一の家で同棲し、ほとんど携帯をいじりながらブラブラと修一の家で過ごすことが多かった。ある日、修一は高校の先輩と再会し、その先輩が勤める大手出版社の新人賞にエントリーしようと、小説を完成させる事にした。一方、莉奈は、修一が担当する売れっ子の西川に興味を持たれ、西川担当として修一とともに編集部で働くことになった。西川や社員たちが莉奈をちやほやしたため、修一は嫉妬心を持ち、喧嘩し、同棲を解消した。その後、修一は西川の承諾ないまま本を印刷してしまい多額の損害を出して出版社をクビになり、莉奈はイキゴメのペンネームでSNSに書いてたものを本にして出版し・・・という話。
最初の頃は莉奈が仕事も無いし住むところもないから泊めてあげてただけなんだろうけど、それなら携帯いじってベッドに寝てるだけの不思議ちゃんやってないで、掃除したり夕飯作ったりしろよ、って思って観てた。しかし、この事が後に本として出版されヒットするんだから、何がお金に繋がるのかわからない時代なんだなぁ、って思った。
莉奈役の穂志もえかは不思議ちゃんを演じてたがやはり透明感あって良かった。
声帯手術を受けた犬。
小さな出版社に勤める作家志望の修一は自分に自信がない。そんな彼が居酒屋に勤めるダメ店員莉奈と出会い同棲関係となる。
莉奈はいわゆる社会不適応者で何をやっても長続きせず、結果修一の家に転がり込み毎日ごろごろしている。一見、莉奈に優しい態度で接する修一はそんな彼女に文句の一つも言わない。
そんなふたりの同棲生活を変える出来事が起きる。ダメ人間と思っていた莉奈の独特な感性が大物作家の目に留まり、彼女はアシスタントに誘われる。それを快く思わない修一は彼女に冷たく当たってしまう。
作家志望でありながら応募作品を書き上げられず、くすぶった人生を送る修一にとっては、一見ダメ人間の莉奈は羽を切った文鳥の如く遠くへ飛んで行かない自分にとって都合のいい存在だった。あるいは声帯手術を受け吠えることのない犬のように。
そんな彼女が自分より才能を見出されて行くことに堪えられない修一の本音が出てしまう。修一の態度にショックを受ける莉奈。
弱いもの同士の恋愛はけして長続きしない。一見、優しい修一も自身の弱さを隠していただけに過ぎなかった。
不器用で何をやっても長続きしない莉奈は親からも見放され、親しい友人もいない。やれ生産性だの、自己責任だのと叫ばれる現在の不寛容な社会で自身の声もあげれず居場所がない彼女のような人間は生きづらい。
そんな彼女は言う。ダメ人間とか誰が決めるのか、生きてるだけでいいのではないかと。彼女は生きづらさを感じながらもけして自己否定はしなかった。そんな彼女が上げていたツイッターが注目され一躍時の人となる。
声帯手術を受けながらも微かな声で吠え続けた犬のように彼女の声は同じく生きづらさを感じている現代社会の住人たちには響いていた。
まさに今の社会で生きづらさを感じる若者像を描いた、単なる恋愛ものとは異なる一段レベルの高い作品。
今泉作品で常連の穂志もえかが儚くも健気な莉奈を見事に演じた。彼女の最高傑作とも言える作品ではないか。
本日本命二作品鑑賞のための時間調整で観た本作が本命を食ってしまった。ただラストは莉奈のトークショウを見に来た修一の後姿で終えてほしかった。二人が再びくっつくような期待を匂わすラストでは甘い感じがする。人生において自身の未熟さから失ってしまったものの大きさを修一が嚙み締めるラストでないと人生の苦みを表現した作品としては弱い気がする。
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