「85点狙いの85点」ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー 映画読みさんの映画レビュー(感想・評価)
85点狙いの85点
ゲハ戦争なんて言葉がネットでできる6~7年前から、私の住んでいる地方少年少女の世界はプレステ派と64派で割れていた。サターン派? ごめん、学年に数名いたかどうか…
「アークザラッドⅡ」とか「FFタクティクス」とか、ゲームによって容赦のない極悪非道な物語体験をねじ込もうとするプレステ派に対して、64派は明るく・楽しく・教育的に正しい、間違っていないゲーム、人生を間違わせないゲーム、その急先鋒にマリオがいた。
カートに乗るのはともかく、いつの間にか怨敵クッパとも楽しくテニスをしている。ワルイージって何だよ。鳴き声「ワル、イージ」って、任天堂作品に出るにはそこまで徹さないとダメか? お前は突如生まれ、どこへ向かうことも許されず、ポケモンのように鳴いてキャラバリエーションの一つを達成する、「居る」ことだけに意味を与えられた存在。その生も想定されるキャラクターシートもひたすらに空虚だ。それでいいのかワルイージ? お前はどこから来て、どこへ行くんだ…?
プレステvs64時代になるにつれて、スーファミ時代やコロコロコミックで楽しませてくれたマリオのことが、どんどん嫌いになっていった。子供心に「真面目にやってくれなくなった」と思ったからだ。もうマリオはマリオの世界観で必死に生きてはくれない、テーマパークで仕事としておどけてみせる、人が入ってる「おもてなし」用の着ぐるみになったと。
だってタイトルが「マリオ64」だぜ? もし「ドラクエプレステ」「FFプレステ」なんてタイトルがあったらどうよ? いや、そんなのプレステvs64以前、マザー2が出た翌年辺りに「マリオRPG」が出たときから思ってたが。
同じ任天堂でも、マザー2に対して……マリオRPGかぁ。
この、健全感。ゲームなんていう「よくないもの」を、ママが口で噛んで食べやすくしてから赤ちゃんに口移しして食べさせようとしてあげてる感。やめてくれ、俺は人を斬ったら血がドバっと出るゲームで遊ぶ。だから剣は質量以上に重たく感じるし、それを握る手は覚悟があっても震える。マザー2の無人販売所で狂信者から万引きを疑われて襲いかかられるし、1日1時間のゲーム時間が過ぎたらエヴァンゲリオンを見て過ごす。
「マーマミーア!」「ヒャッホォー!(※マリオトルネード)ぐるぐるぐるぐるぐる」
誰だテメー!? 通称「マリオ4」、スーパーマリオワールドを裏ステージまでクリアした俺のマリオは、イタリア語なんか喋らねーーーッ
子供は大人の事情なんて知らない。
「なんだこいつ、キモ。馬鹿にしてんのか」と思えばそこまでである。
同じ任天堂でも、誰も彼も力に焦がれ、血みどろのバトルを繰り広げてくれているポケモン世界の方が真剣味があって、子供たちのヒーローだった。小学館の漫画「ポケットモンスタースペシャル」の善も輝けば悪も香り、トレーナー相手にだいもんじかまいたちれいとうビームも合法な世界観こそ、男の子が好む世界なのだ。
はっきり言ってマリオカートより後のマリオは「親が夢想する理想の子供(親好みの『いい子』)向け」に堕しており、子供たちはマリオ以外で遊んでいた。よほど強権的に制限され、押し付けられない限りは。任天堂のゲームのみ許されるお家ですら、マリオよりもカービィDXで夕日に沈み行くメタナイトの空中戦艦を眺め、ギャラクティック・ノヴァをテーテレテレレレテーレーレレーと崩壊させ、格闘王の道をガード禁止でトマト無しクリアしていた。来る日も来る日も、セーブデーターが呆れるほど消えても、何度でも。
すごく長い前置きになったが、ゲームと共に育ったおじさんとしては、
マリオとはいつからか
「万人にいい顔をしようとする、腰の引けたIP。
善良なる任天堂のコンプラに縛られた、張りついた笑顔のヒーロー
ゆえに作品的に攻めてくれない、退屈なキャラクター」
になっていたのだ。
いつの間にか消えていったマクドナルドのマスコットキャラクターたち並みに、その存在感は薄かった。ゲーム文化もとい任天堂の勃興期の功労者として、名誉職としてスマブラにとりあえずいる人。
この映画も、若者の付き合いで観に行ったが、正直期待はしていなかった。
どうせ腰の引けた善良さ丸出しの内容で、和気藹々とカート勝負とかテニス勝負とかするんだろうなー…見たいなー…流血しろとは言わんけど…腰の引けてない…善と悪、生と死、希望と絶望、そういう振れ幅が十分に発揮される…ちゃんとしたマリオの物語…
そして開幕…
クッパ「殺すぞ」
私「!?!??!?!?!?!?!!?♡♡♡」
マジか。「殺し」アリの世界観ってことをいきなり提示したぞ。
クッパはもろペンギン王国に侵略戦争しかけてるし、他の者たちを畏怖させ屈服させるだけの大火炎=暴力を見せつける。これは確かに魔王だ。そしてゲームだとクッパの砦でなぜか上下運動を繰り返していたトゲ突き鉄球は、空中要塞のアンカーだった。そのアンカーでマリオを叩き潰さんと攻撃していたと。やばいぞ、一個一個、解釈がガチな方じゃん。
いつ以来? というか始めてかもしれない
こんなに「ガチなマリオ世界」を見るのはよ…!
そして、そういう逆張り的なガチさだけではない。
「コメディ色の強い3Dアクションムービー」として、もう安心感しかない盤石な話運びと演出。
普通にやれば流血シーンや焼死シーンとなるような所も、当然その手前でうまくボカす。
プリンセス(ピーチ姫)も、「設定上かわいいのでかわいいってことで見てください」ではなく、「これは色々な意味でかわいいな、クッパも夢中になるな」と実感させる言動の積み重ねで描写されている。
作中でもわずかに触れられるが「滂沱の涙、感動の超大作」を狙っておらず、その要素を不純物としてあえて削って、そのぶん「何度でも気軽に見てとにかく楽しい、アクションコメディストーリー」に全力特化していると感じた。そしてその狙いは、十分に達成されていると。
ゲームからの3DCGアニメ映画と言えば「ドラゴンクエスト ユアストーリー」をまず思い浮かべてしまうのだが、あれもこのマリオの感じで見たかったな……
とはいえ制作体制や文化として、エンタメに対する造詣が、あれとこれではちょっと違いすぎるな……とやや落ち込むほどの差を感じたのも事実。
大感動はしないものの、BDを買って手元に置き、ふと思い出した休日に「ちょっと見てしまおうかな」と繰り返し再生したくなる出来だった。ある意味、大人から子供に「これいいよ」と渡しても一切押し付けがましく思われずに観てもらえる、全ての任天堂関係者にとって誇らしい作品の完成だろう。実際そうだ。偉大だよ、やってることが。
マリオのIP再生の口火を切った作品として、完璧な出来に思う。