「回転セットを使った事故シーンは圧巻。脚本には難あり」非常宣言 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)
回転セットを使った事故シーンは圧巻。脚本には難あり
未知のウイルスを使ったバイオテロの標的になる旅客機に娘と一緒に乗ってしまった元パイロットを演じるイ・ビョンホンと、やはり妻が当該機に乗ってしまい地上で事件解決のため奔走するベテラン刑事役のソン・ガンホ、韓国の2大スターの競演を謳っているのだが、イ・ビョンホンは機内、ソン・ガンホは地上と別々のシークエンスに出演しているのが9割以上。ラスト近くに空港で“対面”する短いシーンがあるが、2人のスケジュールが合わなかったのか、切り返しショットがボディダブルを使った別撮りのように見えた。
事故シーンの撮影のため、回転する装置の中に実機の胴体部分を組み込むなどの工夫をしたようで、旅客機がコントロールを失って急降下するシーンでは乗客が吹き飛んで窓や天井に打ちつけられる様子がリアルに描かれ、思わず息を飲む。地上で重要参考人を追跡する警察車両が事故を起こした際の車内シーンも同様の撮影方法だろう。
脚本には難点もいくつか。まず、韓国・仁川発ホノルル行きの途上でバイオテロが発生して、緊急着陸を最初に打診する空港が、ホノルルよりもはるかに遠いサンフランシスコなのはなぜか。太平洋上の航路から距離が近いのはまず日本、次いでロシア、中国だろうし、米国の空港を選ぶにしても飛び地であるアラスカのアンカレッジの方がまだ近い。おそらく、日本領空での緊迫シーンを中盤以降で見せるため、先に米国の空港に拒否されるというプロットを入れたかったのだろう。
日本政府が要請を拒み自衛隊機に威嚇射撃までさせて着陸を阻止するという流れも、そもそも自衛隊が専守防衛の大原則に縛られていることに加え、国際的な非難を浴びるのが明らかな対応を断行できるほど本邦のトップには決断力がないことも考え合わせると、この非現実的なシナリオにため息が出てしまう。3カ国の元首が乗り合わせた原潜がクーデターで乗っ取られる韓国映画「スティール・レイン」もそうだったが、日本の自衛隊を敵役として安直に使いすぎではないか。エンタメ作品とはいえ、この種の偏った慣行が分断と憎悪をじわじわと煽っていくのではないかと危惧する。
ファーストクラスとエコノミーの乗客同士の諍いも、格差社会の縮図として描いているのだろうが、浅薄にストーリーにまぶされているだけで深い洞察が感じられず、うやむやなまま大部分の乗客が助かってよかったねという結末になっている。ウイルス感染を扱ったタイムリーさ、いくつかの見所はあるが、総じて大味のエンタメに留まった印象だ。