劇場公開日 2022年11月18日

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「わたしには難解な作品でした。」ファイブ・デビルズ 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

2.0わたしには難解な作品でした。

2022年11月23日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

 これまで数々のタイムリープ系映画が世に放出されている中で、“嗅覚”という全く新しい要素を用いてタイムリープするという斬新さが斬新でした。これが掴めないと、むちゃくちゃ時間や描いている場面が切り替わっていく展開について行けなくなります。おそらく一回見ただけではなんのこっちゃとキツネに包まれた気分に陥ってしまうことでしょう
 スリラー系でもあり、また人種差別に加え、ジェンダーやセクシュアリティへの偏見を撃つ戦闘的な風刺劇でもある本作は、カンヌで新しい潮流として注目されている「超ジャンル映画」の一翼を担うものです。但し、テーマを詰め込みすぎというキライはあります。

 「ファイブ・デビルズ」という山々に囲まれたフランス北部の小さな田舎町が舞台。この狭い村社会の中で、物語の因果関係に絡んでくるメインの登場人物は5人。
 まずは8歳の少女ヴィッキー(サリー・ドラメ)。嗅覚が天才的に発達した彼女は、いろんな香りを研究するのが趣味。学校では変わり者扱いで、同級生の女子たちから酷いイジメを受けています。

 彼女のママである水泳のインストラクター、ジョアンヌ(アデル・エグザルコプロス)はまだ27歳という若さの白人女性で、高校時代に新体操で活躍し、現在は水中エアロビクスの講師をしています。ヴィッキーとは一見して肌の色がまるで違っているのは、彼女の夫、つまりヴィッキーの父ジミー(ムスタファ・ムベング)はセネガル生まれのハンサムな黒人男性だったから。消防士である彼は、ジョアンヌの同僚であるナディーヌ(ダフネ・パタキア)という女性と親密な関係にあったようで、彼女は顔の片側にヤケドを負っていました。このヤケドは何やらジョアンヌと因縁があるようです。
 ヴィッキーは香りに異常な執着を持つような女の子になっていきます。
 やがて、そこに父ジミーの妹、ヴィッキーにとっては叔母に当たるジュリア(スワラ・エマティ)が10年ぶりに姿を現わすことで家族のパンドラの箱が開くのです。
ジュリアが現われてから、ある出来事をきっかけにヴィッキーは、「香り」の力で不意にタイムリープできるようになります。そしてまだ自分が生まれる前の当時高校生だった10年前の母や叔母、父、ナディーヌの光景を見ることになるのです。

 この閉鎖的な架空の村の異様な雰囲気は、デヴィッド・リンチ監督の金字塔的なドラマシリーズ『ツイン・ピークス』(1990年~1991年)を連想する人も多いのではないか。それもそのはず、『ファイブ・デビルズ』というタイトルは実際に同作へのオマージュです。 劇中で家族3人がソファに並んで見ているテレビに映っているのも『ツイン・ピークス』です。
 そしてタイムリープという要素。「現在」と「10年前」──このふたつのレイヤーで語られる因縁の物語から浮かび上がるものは単純なものではありません。ヴィッキーがタイムリープして、見ていくものは、ジョアンヌの少女時代に深刻ないじめにあっていたこと。そのあげく通っていたハイスクールに放火してしまったこと。そして結婚前後から父ジミーは、ジョアンヌの家族から黒人差別を受けていたことろ。そしてついにジョアンヌの死亡の真相まで辿りつきます。
 「バックートウーザーフューチャー」風の明るい時間旅行とは違う。抑圧された欲望やトラウマ、人間存在の秘密に立ち会う異色のサイコスリラーでした。
 難解な本作の中でも一番謎なのは、最後にヴィッキーを見つめる謎の少女の存在です。あたかもそれまで描かれてきたヴィッキーのタイムリープを全て眺めてきたような出で立ちなのです。もしかしてこの少女、タイムリープの才能を遺伝してきたヴィッキーの子孫なのかもしれません。

 監督は仏名門国立映画学校フェミスの脚本科出身レアーミシウス。アンドレーテシネやジャックーオディアールら巨匠作品の脚本を任され、同時に監督業に進出した俊才。
 長編2作目の本作でカンヌ映画祭監督週間に選ばれました。私生活のパートナー、ポールーギロームがカメラマン兼共同脚本家。今回は巨匠への遠慮も必要ないからか、若き芸術家カップルは勢いに乗って創造性を爆発させています。
 香りの調合に始まり水の冷たさや炎の熱さ、自然や動物の肌触りなど五感を刺激する映像表現。ふれる・非日常を日常的に描くマジック・リアリズム的世界の中、論理より感覚を信頼。クリアに見え過ぎるデジタルカメラより、秘密の気配を捉える35ミリフィルムで撮影されたのは正解だったでしょう。
 深読み可能の重層的ドラマ。だが深刻過ぎず教訓も垂れず、ジャンル映画の楽しさに身を委ねられる。それがこの若き女性監督の演出の粋に見えるのです。

流山の小地蔵