「この映画はヒューマンドラマではない」西部戦線異状なし ジャックス•バロウさんの映画レビュー(感想・評価)
この映画はヒューマンドラマではない
冒頭でハインリヒが映し出されるため、観客は彼が主人公であると錯覚してしまう。しかし物語が進むにつれて、主人公はパウルであることが明らかになる。この構成によって、パウルが“たまたま”映し出されている人物のようにも感じられ、戦争の中で個人の存在がいかに取るに足らないものであるかが暗示されているように思える。中盤以降は、パウルとカットのやり取りが印象的で、人物描写の深さからヒューマンドラマのようにも見える。しかしこの作品はあくまで反戦映画であり、それを強く印象づけるシーンが多く存在する。まず戦争は狂気を生むというテーマが描かれている。敵兵を殺した後、(後悔からか)パウルがその兵士に許しを乞い、必死に救命処置を施そうとする場面は、戦争の非人道性と矛盾を如実に表している。またカットの死後、パウルの瞳からは希望が消え、憎しみに満ちた表情が浮かんでおり、戦争によって人間性が奪われていく様子が強調されている。次に人間の生への渇望が描かれる。兵士たちは泥水を飲み、戦争中であっても相手軍の食糧を盗むなど、生き延びるために必死だ。さらにフランツが自ら命を絶った場面では、同じ部隊の兵士が彼の食事を盗む描写があり、極限状況下での倫理観の崩壊が浮き彫りになる。そして命の尊さを訴える場面も多い。出征時と帰還時で車の数が減っていることや、アルブレヒトが火炎放射器で焼かれる悲惨な死、さらに停戦が間近に迫る中で無意味に突撃命令が下されるシーンなどがその象徴である。この映画は戦争映画でありながら、映像の美しさが際立っている。美しくも冷酷な映像表現によって、小道具や特殊メイクのリアリティが視覚的に強く伝わってくる。まさに、視覚と感情の両面から戦争の残酷さを訴えかける作品である。戦争映画の中で最も良い作品だと感じた。