「床いっぱいのパンと紅茶」父は憶えている Jaxさんの映画レビュー(感想・評価)
床いっぱいのパンと紅茶
父親役の監督と息子役の役者さん、そっくりだと思ったら本当の親子だったのか。
床いっぱいのパンと紅茶が美味しそうな映画である。
行方不明になって死んだと思っていた夫ザールクが23年ぶりに見つかったが、妻はすでに再婚していて…というキルギス版「ひまわり」だが、戻ってきた夫は記憶喪失だし一言もしゃべらないしあくまで映画は息子視点。しかも妻の再婚相手が村でも嫌われているモラハラクソ男。妻は子育てプラス義父のケアで疲れてきたし、娘は初めて会う祖父に懐いているが何故か父は娘を連れてゴミ拾いばかりしてる。
息子や元妻が懸命に夫の記憶を取り戻す話なのかと思いきやそうではない。かつての夫婦二人のドラマが叙情的に挿入されるのかと思ったらそうでもない。
これはかえってきたザールクを中心に周りの人の変化を描いているドラマなのだ。
たとえ記憶をなくして一言も話せなくても昔と変わらずザールクを愛している(元)妻ウムスナイ。
イスラム教においては夫が「タラーク」と3回唱えるだけで離婚できる。妻から離婚することも一応可能らしく「クル」と言うらしい。この場合は、すでに妻が夫から貰っている婚資相当額を返還する必要があるらしく容易なことではないのかもしれない。夫にとっても不名誉なことなのか、そのあたりの背景をもっと知っていると本編をよりよく理解できるのだろうか。いずれも男女不平等なことは本編でも明らかだ。
「女は厳しくしつけろと言ったでしょ」と息子に迫る母親という何ともミソジニーを内面化した姑の台詞がなんともえぐい。
記憶がなくてもザールクに会いに友人達が度々訪れるのを観ると、ザールクは村でも好かれていたんだろうな。
ゴミいっぱいのキルギスだけど、ザールクのおかげで村は少しずつ綺麗になる。
ラストでそれまでの黒一色とは打って変わって明るい色の服を纏うウムスナイに希望を感じる。クソ夫と離婚できているといいな。