劇場公開日 2023年11月3日

  • 予告編を見る

「「野獣」を意味する原題の多義性。二幕構成の“妙”にも引き込まれる」理想郷 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0「野獣」を意味する原題の多義性。二幕構成の“妙”にも引き込まれる

2023年11月7日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

悲しい

怖い

冒頭シーンは、野生馬を男たちが力づくで押さえ込みたてがみを刈ってまた放す「ラパ・ダス・ベスタス(野獣の毛刈り)」というスペイン北西部ガリシア州の伝統行事。これが原題「As bestas」(英題ではThe Beasts)の由来でもあるという。第一幕の前半は、スペインの山岳地帯の寒村に移住して有機野菜と古民家再生で村おこしをしようと奮闘するフランス人夫婦(アントワーヌとオルガ)と、風力発電誘致で補助金を得たい村人らの対立を、主にアントワーヌの視点で描いていく。インテリの移住者と粗野な村の男たちの対比で考えると、野獣とは村人たちのことかと考えそうだが、前半のハイライトに相当する取っ組み合いを見るとそれが早合点だったと気づかされる。村人からは、自分たちの理解を超えた移住者のほうが“人に非ざるもの=獣”とみなされていたのだと。

閉鎖的な地方のコミュニティーにおける差別と対立を描く映画として、今年は共時的に「福田村事件」「ヨーロッパ新世紀」といった傑作の日本公開が続いているが、この問題の一因は「部外者を自分たちと同じ人間とみなさないこと」なのだと改めて思い知らされる。「理想郷」というアイロニカルな邦題は、2019年の瀬々敬久監督作「楽園」を想起させもする。ここで挙げた過去3作を高評価した人なら、きっと「理想郷」も興味深く鑑賞できるだろう。

後半の第二幕は妻オルガの視点ですすむのだが、観客の多くは「これはありがちな展開とは違うぞ」と感じるのでは。夫婦の愛情と夢と執念に、母娘の愛憎が絡み合い、ぶつかり、地域の閉鎖性とはまた別のところに重点が移っていく。明白な解決策などない難問に、脚本も兼ねたロドリゴ・ソロゴイェン監督が打開へのささやかな希望を込めたストーリーであり、観客それぞれが自分なりの解釈をもとに他者との接し方をかんがみるのが望ましいのだろう。

高森 郁哉