銀河鉄道の父のレビュー・感想・評価
全34件中、1~20件目を表示
父でありすぎる父から見た息子・宮澤賢治
いやはや、宮澤賢治を子に持つと大変だ。それでも、そこに愛情があれば苦労が喜びに変わるのは、世間の親と同じなのかもしれない。
賢治は次から次へと行き当たりばったりで奇妙な行動に走るが、何故そうしたくなったのかという彼の内心の描写は、物語の中ではあまりされない。賢治が有名なこともあってつい物語の中心に置きたくなるが、主人公はあくまで父の政次郎だ。
賢治の動機に関する説明が少ない分、彼の行動はいっそう奇異に見える。胡散臭い商売(人造宝石)を思いついたり、宗教にのめりこむ。こんな家族が自分に実際にいたらもう大変だ。賢治の気持ちに同調するというより、政次郎の心労に同情する気持ちで見てしまう。
予告映像の雰囲気やテーマソングから受ける明るい印象に反して、中盤以降は死別の悲しみが繰り返し描かれる。祖父の喜助、トシ、そして賢治。「永訣の朝」が脳裏にあると、序盤にトシが登場した段階で死の気配を感じる。
これは、政次郎が肉親の死を介して生きることの意味に触れる、そんな物語でもある。子に先立たれる親の悲しみは、経験のない身には想像する術もないが、親子愛だけでなく、死の受容の物語であるように見えた。
賢治はもちろん強烈だが、トシの人となりがまた印象的だ。
賢治の進学を政次郎に進言するアプローチとして、ただゴリ押しのお願いをするのではなく、父をうまいこと持ち上げて納得させる。認知症の傾向が出はじめて暴れる喜助の頬を張り、「きれいに死ね」と言い放って抱きしめる。爽快感を覚えるほど、賢くて気丈だ。
インパクトのある「きれいに死ね」だが、原作のトシは喜助に面と向かってこう言ってはおらず、喜助宛ての手紙をしたためている。手紙の主旨を表す言葉として地の文に「きれいに死ね」という言葉が出てくるのだが、手紙の本文は実際に宮澤トシが祖父に宛てて書いた手紙の文章がそのまま全文引用されている。この文章が、祖父の心情への配慮も行き届いていて実に見事なのだ。
ちなみにこの手紙は、政次郎の意向により喜助に見せられることはなかった。
原作で手紙の要約として提示された言葉を、本作ではトシがずばり口にしたわけでちょっと複雑な気持ちにもなったが、映像化するならこうするしかないし、森七菜の演技がよかったので原作とは違うよさがあるシーンになっていた。実在の宮澤トシがこのメッセージを祖父に伝えたいと思ったその願いが、フィクションの中で叶えられたような不思議な感慨があった。
賢治が亡くなる場面で政次郎が「雨ニモマケズ」を朗読し始め、その後号泣という演出は、正直御涙頂戴感が強くてスーッと冷めてしまった。そしていきものがかりの流れるエンドロール……いきものがかりは予告で分かってはいたけれど、いきものがかりのファンの方には申し訳ないけれど、「星めぐりの歌」でも流してくれた方がまだ余韻にひたれたかな。
邦画にありがちなアレンジで最後に安っぽさが出たのは残念。
やはり自伝物は・・う~ん・・・
確かにエンディングは泣けた。がそれは役所広司と菅田将暉の演技のおかげ?演技と言えば物語の中で母役の坂井真紀が最後に見せた母親としての存在感。まさにあのワンショットの為に全編奉公人のような押さえた演技をしてたのかと思うと、驚きと感動があった。ストーリー的にはどうしても出来事だけをトレースしがちなちぐはぐさが鼻について気持ちが最後まで入りいらなかったが、最後賢治が逝くシーンは俳優たちに助けられた。
賢治に思い入れのある身としては
正直菅田将暉さん演じる賢治に違和感があった。賢治というよりはただただ菅田将暉だった。確かに賢治は内に激しいものを持っていたと思うけど葬儀であんな振る舞いをするような激しさではないとか、脚本、演出上の違和感もめちゃくちゃあった。あとシンプルにつまらなく感じた。
永訣の朝
小学生の頃に国語で永訣の朝の一部分を習った。学習テープの今にも消え入りそうな声が今も耳に残っている。勝手に宮沢賢治とは貧しい出自なのかと思っていた。
優しいと言えば聞こえは良いが裕福な家の育った夢見がちなお坊っちゃんだった。沢山の取材をしたと聞いたし実話に近いのかな?
本人はもがき苦しんだのかも知れないが、親バカとも言える父の愛のなかでぬくぬくと育った。短命ではあったが彼は彼らしくひたすら彼らしく生涯を終えたのでしょう。
長生きしろよ。子を2人も見送らなくてはいけなかった父の気持ちを思うと胸が痛い。
役所広司さん好きです。娘に甘い父。まんまと娘の口車に乗り進学を許す。いつの時代も父とは娘に甘いものなのだとクスッとしました。
エンディング曲は、なんかどうだろう?ほんわかほのぼのしすぎでは?もう少し自然が映える壮大な曲がよかったな。
雨ニモ負ケズ
妹トシを思いながら物語を書きたいから別荘に行くのくだり、とても感動して涙しました。
雨ニモ負ケズで、南に死にそうな人がいれば、恐がらなくていいよと言い、がありますが妹トシが祖父に言った言葉でしたね。兄妹の絆をそこでも感じられた。
二人の子を亡くした父
明治•大正から昭和、結核という病気の恐ろしさに身震いした。
大事に大事に育てたわが子を二人も亡くしてしまう父と母。
父政次郎の子煩悩ぶりには驚く。
文明開花の明治の父だと祖父喜助に言い切る父政次郎。
祖父喜助もまた長男政次郎の誕生を喜んだ父だった。
賢治が赤痢に罹患した際には病院に泊まり込んで割烹着をつけて看病。自身はその後腸カタルに罹るぐらい弱るまで尽くしたのだろう。
質屋を営み裕福な暮らしで賢治の思うまま学校に通わせる。賢治のわがままに怒りつつも最後は折れて譲る父。
療養しているトシの元に行き母と交代してご飯を作ったり看病したりする父。
トシを見舞いに来た賢治が作品を読んで聞かせるとトシが喜ぶのを見て喜ぶ父。
トシの最期を迎える為家に帰る大八車を引く父の必死な姿。
アンデルセン童話に憧れる賢治とトシ。
賢治はもともと精神的に虚弱なのか。
人のために何ができるかずっと考えて来たが、と。
なぜか日蓮宗に傾倒。
詳しい入信理由が描かれていないのは、賢治の突然の思いつきか、実家の浄土真宗に対抗してか。
(『漢和対照妙法蓮華経』の『如来寿量品』を読んで感銘を受け、傾倒していったらしい。)
家出して国柱会館に。母親からの仕送りにも手をつけず。
トシ病気の電報受け取り実家に向かう途中、
原稿用紙を大量に買う。
別荘で療養するトシに風の又三郎を読んでやる。
銀河鉄道の夜も。トシ喜んで聞く。
実家に帰ったトシ、
トシ、虫の息の中、アメユジュトテチテケンジャ。
賢治は庭の雪を取って来てトシの口に含ませる。
トシの葬式。賢治、狂ったように日蓮宗を唱える。
大丈夫か、と聞く優しい父。
賢治の唯一の信奉者だったトシを失い、
何をする気も起こらない賢治に
父がトシの代わりになると言う。
春と修羅の永訣の朝、アメユジュトテチテケンジャ。
評判は良かったのに売れない。
買い占める父、賢治。
別荘にこもって本を書く決意をする。
農業をして農民にも地質学を教える。
羅須地人協会。
チェロも演奏。
結核発病。
賢治は父に、お父さんのようになりたかった。
と言う。子供の代わりに物語を生んだ、と。
ああ、だからワシは賢治が書く本が好きなのか、
孫だから。
昭和8年、病床に臥せる賢治に農民の客。
必死の思いで、話を聞く。
身売り、首くくる、などこの農民の窮状を理解できたか?
この客を迎えた賢治の家の様子とはあまりにかけ離れている。
父が身体を拭いてやろうとすると、
母が私の子だから私にも世話させてくれ、と。
身体を拭いてあげると気持ちよくなった賢治。
父、雨ニモマケズを叫ぶ‼️
昭和10年、全集出来上がる。
微々たる宮沢賢治さんファン。
雨ニモマケズを小6の時全文暗記した。
宮沢賢治さんの細かな背景を知らなかった。
財産家のボンボンとは思いもよらなかった。
貧しいながら色々多才だと思っていた。
よくよく考えれば詩や小説書いたりチェロ弾いたり、余裕ないとできないわけだ。
農業博士、天文学など知識豊富な面もあった。
人のために何かしたかった思いはあるのだろう。
トシ、アメユジュトテチテケンジャ、と
今際の際のトシが賢治に雪を取って来てと願い、
賢治が取って来てあげる様子が印象に残っている。
菅田将暉さんを観ていてよりもっと泥臭い雰囲気の俳優の方がふさわしく感じてしまった。
大変上手いのだが、どんな役もそれなりにこなす器用さが鼻についてしまう。
朴訥さが感じられないのかな。
本作そこがダメであった。
父と息子の物語、脚色されているかと思うが、
あんなに親バカな父と勝手気ままなボンボンのペアとは知らなかった。
人の内面を外からは計り知れないが、
あの息子にして数々の作品を生み出したか合点がいかないようでもあり、内面はまた違ったという思いもある。
ただただ、役所広司さんの演技には感嘆しかない。
記:
看護師ではなく看護婦だったこの時代、字幕マチマチ
大正3年盛岡中学校卒業、
質屋を悪徳と言う、
日本の存在感の乏しい父という存在
(ネタバレですので鑑賞後にお読み下さい)
※本来の長いレビューを書く時間が最近ないので、短く
この映画は魅力ある人物として宮沢賢治(菅田将暉さん)、妹の宮沢トシ(森七菜さん)、出演場面は短いですが祖父の宮沢喜助(田中泯さん)の3人があげられると思われます。
そしてこの3人は、劇中でいずれも死に行く人物だと分かります。
しかし、死に対峙して生命を燃焼させた3人とは反して、この映画の主人公であるはずの父の宮沢政次郎(役所広司さん)の魅力がどうも映画の中から伝わって来ないと思われました。
父・宮沢政次郎は、実は宮沢賢治の求めに初めはことごとく反対しており、その後になし崩し的に賢治の要求を認めてしまうという繰り返しでした。
つまり、父・宮沢政次郎は、主体的には宮沢賢治を初めから助けていないのです。
もちろん他作品を参照するまでもなく、父・宮沢政次郎を演じた役所広司さんの演技は本来は凄まじいレベルであるはずです。
なので父・宮沢政次郎の魅力が伝わって来ないのは、(役者の演技の問題ではなく)父・宮沢政次郎という人物自体に魅力が欠けていたのが理由と思われました。
つまり、一般的な日本の父親という存在の薄さが、特に戦後からの解釈でここでも父・宮沢政次郎に凝縮される形で際立ってしまった、とは思われました。
あと、特に映画序盤の画角が不安定で、画質がCG合成の影響なのかかなり悪いのも気になりました。
銀河鉄道の兄妹という題材であれば傑作になったのかもとは正直思われました。
菅田将暉さん森七菜さんなどの演技の素晴らしさだけでなく、エピソードの面白さも沢山あり、優れた作品になる可能性があったと思われただけに、惜しい作品になっているなと思われました。
賢治の幸運
二世代で商売を成功させてきた財力が、賢治にもたらした影響は多大だったに違いない。
しかし一番の賢治の人生の幸運は政次郎の息子であったことなのだろう。
わがままで奔放な息子・賢治の傍らで、父・政次郎は長男として厳しく躾けていこうとするも、側からダダ漏れしてしまうような愛情深さを覗かせる。
そんな姿に、あらあらと思う一方でクスリとしてしまったのは何故か。
それは、政次郎が賢治の生涯のどんなときも見放すことなく人間くさい愛で彼に寄り添い通した点に答えがあるのだと思う。
政次郎を見ていると、父として自分とは違う生き方を突き進んでいく息子を、自分の人生いう宇宙の中に何度もあらわれる珍しく魅力的な流れ星でも眺めるようにおもしろがっていたようなところに気がつく。
そうか…彼はその先のいつの日かにある賢治だけの個性で放つ瞬きを誰よりも信じ、悩む部分さえも眩しいほどのたのしみのひとつに変えていけれる人だったんだと。
しかも、そのひたむきな思いは押しつけることなく実に自然だったからこそ、息子の究極の〝支え〟になっていたのがわかるのだ。
ノスタルジックな映像に方言の独特な趣きが加味され綴られる物語は、静かで地味で興奮する刺激はない。
しかし、たしかに沁みてくるのは、誰かの子として、また、親として生きるかけがえのないひとときとその儚さを照らしそっと心に触れる力があるからなのだ思う。
政次郎が乗り込んだ美しい銀河鉄道はこの世に生まれて死ぬ生命のつながりに思いを馳せさせるシーンだった。
そこには、時代のなかで斬新すぎた父親像を裏表なく貫いた笑顔が誇らしさと共にあり、再会した2人への心の奥から湧くような言葉とトーンは、後に賢治を世に送り出すことになった政次郎の人柄そのものだった。
大切な人との別れのすべてを終えるとき、言葉をひとつ伝えるなら私もきっと「ありがとう」を選ぶだろう。
享受できた運命への感謝をあらわすこれ以上やさしさに満ちた響きがあるのだろうか。
追記
菅田さんの役者としての真摯な熱量にまた敬意を抱きました。
役所さんは言うまでもありませんね。
よき家族の物語
宮沢賢治の物語というより宮沢家の物語。
その視点を賢治ではなく父親から描くことで、どう愛し育てたかを昭和初期という激動の時代を背景に当時としては珍しく寄り添い歩む親子の姿を丁寧に描いてた。
その愛情を浴びた彼が生み出すもの全てがその礎となってる様に思え、親から子への普遍の愛を紡いだ物語となっている。
賢治を支えた父、妹、弟、そして母の素晴らしさ
冒頭、汽車中で役所広司氏演じる政次郎が、長男である賢治の誕生を喜び、帰宅してから真っ先に生まれて間もない賢治に駆け寄り、田中泯氏演じる喜助から窘められる。賢治が赤痢に罹って入院したときには、坂井真紀氏演じる母のイチを差し置いて付き添い続け、自分が腸カタルに罹ってしまった。中学校に進学した賢治は、政次郎の期待に反して成績は低く、家業の修業をさせようとしたが、心優しい賢治は、却って客に騙される始末であった。森七菜氏演じる妹のトシの勧めを承けて賢治の高校進学が認められたが、人造宝石製造や日蓮宗に傾倒し、やはり家業から遠ざかってしまった。イチは、賢治の本心は政次郎に褒めてもらいたいのではないかと推察していた。「修羅」という言葉がそこで出て、後の詩集の書名にもつながり、学部生時代の恩師がその詩集にこだわられていたことを思い出した。東京の女学校を卒業し、郷里で教師になっていたトシが結核で倒れ、賢治が駆けつけて初めての作品である『風の又三郎』を書き上げて読みきかせ、やがてトシは亡くなってしまい、火葬釜が使用できずに野外で荼毘に付され、浄土真宗での葬儀が営まれていたところ、賢治は勝手に日蓮宗の弔い方で割り込み、落胆の様子を示したところ、政次郎から逆に励まされることになる。賢治の作品解説や岩手の資料館展示解説でも、トシの影響力が大きかったことは結構ふれられていたな、と改めて思い返すことであり、森氏の演技力にも感嘆したものであったし、森氏自身もインタビューで、トシが宮沢家の精神的大黒柱なのではないか、と答えている。私塾「羅須地人協会」を立ち上げて地元農民に農業についての勉強会を行う傍らで創作活動を続けている様子も描かれ、チェロの演奏場面は、『セロ弾きのゴーシュ』につながるものであった。豊田裕大氏演じる弟の清六が政次郎が引退した後、別の商売を始めて家族を支えるのであるが、風貌が賢治役の菅田将暉氏にそっくりであった。政次郎が賢治の結核罹患に気づき、実家に戻り、相談に来た農民が妻や娘を売らなければやっていけない、と訴える姿は、『グスコーブドリの伝記』で描かれた大冷害の被害にも通じるが、同様の被害が繰り返し起こっていたのだろうか。そのときの回答は連作障がいだということであったが、近代農法の限界でもあるのだろう。臨終に際して、イチが政次郎に介護の交代を申入れする様子は、それまでの政次郎の積極性の高さを示すものでもあった。政次郎が「雨ニモ負ケズ」の詩を叫ぶ場面は、原作にも史実にもない、本作独特の創作場面であり、政次郎の賢治への愛が爆発する場面でもあった。結末は、冒頭のように、汽車に政次郎が乗り、車中を進むと、賢治とトシの座席に辿り着き、『銀河鉄道の夜』の登場人物のような会話を始めるというものであった。「賢治の学校」の創設者がどう観たのか知りたい。次は、石川啄木氏を描いた映画作品を観たい。
いがった、いがった〜
宮沢賢治って名前は知ってるけど、恥ずかしながら教科書に出てきた作品しか読んだことないから、彼がどんな人かは知らなかったけど今回の映画で結構しれた気がする。
賢治が中学や高校に行って見聞を広げたが良いものの、怪しい商売を始めたり、日蓮宗にのめり込んだりと、賢治が素直で優しい性格だからこそ陥ってるシーンを見ているとなんとも言えない気持ちになってしまった。賢治が”南無妙法蓮華経”と懸命に唱えてるシーンで、芦田愛菜主演の「星の子」が頭をよぎった。この映画もすごかったなぁ。とりあえず、自分もあんな風にはならまいと気をつけようと思った。
菅田将暉が宮沢賢治の中学からオッサンになるまで演じてたけど、どの年代もそんなに違和感なくてガチで凄すぎやろと思った。宮沢賢治のちょっと変わっている雰囲気を演じきっていてファンになったかも。
お父さんが子どもたち思い出すごく良い人で感動。宗教にのめり込んだりとクセの強い息子を叱りながらも優しく接する姿に感動。役所広司の演技もすごく良かったなぁ。
あと普通に賢治の妹役の森七菜が普通にかわいかったなぁ。
最初の方のおじいちゃんの認知症が進んできているシーンで、昔から認知症はあると心のどこかではわかっていたけど、認知症は最近話題になってきているもんだと思ってきたので、昔から認知症はあったんだなぁと思わされた。自分が老人になった時に認知症を治したり軽減できる治療が確立されることを祈る。もちろん、変な宗教とかに騙されないように日頃から注意をかけることも忘れずに気をつける。
すごく内容や演技も良かったものの、ちょっとだけテンポが悪いシーンもあるかなぁって感じてしまった。あの間が今作の良さを引き出しているのかも知れないが、個人的には128min→110〜115minくらいにまとめれたらすごく気持ちよく見終われたかなぁ。
内容はとても良かったから原作小説も読んでみようかなぁ。
作家、宮沢賢治と父の物語。
宮沢賢治の物語だと思っていたら、父親目線の物語だった。
思った以上に宮沢賢治は、狂っていたけど、父親の理解があって、なりたっているんだなと思った。
あの時代は、結核が流行ってたし、どうしようもないけど、
だからこそ、妹の死や自分の上手くいかない歯がゆさとか、どういう風に生きたいとか
宮沢賢治の想いが物語として、光ったのかもしれない。
所々いい部分はあったけど、
間延びしてたりして、長く感じた。
もう少し展開があれば、長く感じなかったのかもしれない。
でも、良作だった。
親というもの…⭐︎
宮沢賢治の父親を主役にした作品。
宮沢賢治については、もう知られているように思うが、違う視点からの物語は
なかなか面白かった。
なんと言っても、役者陣が秀逸!
役所広司はもちろん、菅田将暉、圧巻の演技の田中泯、慎ましやかな妻を演じた坂井真紀、
しかし個人的には森七菜にびっくりした。
賢治の妹のトシ役が素晴らしかった。
賢治が挫折しながらも、自分の生きる道を探すのをひたすら見守る父親を役所広司が
本人のように描いていく。
風の又三郎や月夜のでんしんばしら等、オノマトペを効果的に使った賢治の作品にも
心惹かれるが、やはりトシが亡くなる際に詠まれたと思われる「永訣の朝」が心に
響く。
自分は、映画「蜜蜂と遠雷」の中で 松坂桃李が家族と課題曲の「春の修羅」を
話すシーンがとても好きだったこともあり、この詩には特別な想いを感じた。
親は、(もちろん、そうでない親も多いと思うが)果てしなく子供をあんじていると
思わせてくれる物語だった。
最後に役所広司が賢治の手帳から盗み見た「アメニモマケズ…」の朗読にやはり
ジーンと来る。
星2.5
『銀河鉄道の父』という題名がわかりにくいです。
『宮沢賢治の父』としたほうがもっと役所広司さんの輪郭がハッキリしてわかりやすかったと思います。
森七菜さん、菅田将暉さん、役所広司さん、三人とも主人公みたいでした。
個人的にはイマイチな映画でした。
古典的で強い、父子愛、家族愛の物語
童話作家・宮沢賢治の父親・政次郎を主人公にした、父子愛、家族愛の物語である。宮沢賢治作品から想像していた賢治像、家族像とは異なる、父子を中心にした家族愛の物語である。父親の視点から宮沢賢治に迫っているので、俯瞰して、客観的に宮沢賢治像を捉えることができる。
本作の主人公は、質屋を営む宮沢賢治の父・政次郎(役所広司)。彼は、長男の賢治に質屋を継がせようとするが、賢治(菅田将暉)は頑なに反対し、中学、高校に進学する。卒業後は人工宝石、宗教に没頭していく。そんな時、賢治の妹トシ(森七菜)が病気になり、漸く自分の歩む道を定め執筆活動を開始するが、家族の運命は大きく変わっていく・・・。
役所広司が、演技巧者振りを存分に発揮している。家長としての威厳、自分探しに苦悩、葛藤する賢治との対立と寛容、作家になった賢治への惜しみない支援、そして、病に倒れた賢治への献身的な愛。様々な父親の顔を巧みに演じて、古典的で人間味溢れる父親像を作り上げている。
菅田将暉も、家業を継げという父親に逆らって、自分探しに彷徨、苦悩する繊細で一途な賢治に成り切っている。賢治は、もともと作家志望であり、自分探しをするまでもなく、素直に作家になれるはずである。しかし、そうはいかないのが青春期に誰もがぶち当たる自分探しという壁である。賢治は、真面目に、作家以外にやるベきものを探し求め、苦悩、彷徨していく。しかし、病気の妹に、賢治の求める道は作家だと気付かされ、ついに執筆活動を開始する。
後半は悲劇の連鎖であり過酷だが、父子愛、家族愛が感じられ悲劇に立向っていく
父子、家族の姿に胸が熱くなる。
終盤。賢治の才能は出版社に認められるが、作品は売れなかった。彼は自分の作品を世に広めることを家族に託して他界する。家族は彼の願いを叶える。彼の作品はこれからも読み継がれていくだろう。
本作は、宮沢賢治の父親を主人公にして、古典的で強い父子愛、家族愛を描いた良作である。
卍解←
宮沢賢治の人生というよりも
彼を支えた父親の物語📖 𓂃𓈒 𓂂𓏸でした。
予告を観た感じでは、ユーモラスに溢れ
コメディかと思っていましたがちょっと違っていました。
そしてまた予告編でいいとこ全部見せそんな感じが否めません。
.
.
宮沢賢治の人となりをほとんど知らないので
放蕩息子っぷりや、宮沢家が「質屋」で
比較的裕福であったことを初めて知りました。
著名な作家というものは、爪に火をともすくらいの
苦労人の印象しかなかったのですが、それとも違いましたね。
(偏見でしかない🤣)
無知ですみません😫
.
.
中盤までは、良さを感じなかったのですが←
ラスト15分でそれはないわ、泣かすなや😫って
なります。母(坂井真紀)もよかったです。
宮沢賢治(菅田将暉)というよりも
父 政次郎(役所広司)の独壇場でした。
役所広司に至っては、ファミリアがコケた
印象だったので安心しました。←いらん世話w
.
.
それにしても結核で娘と息子を亡くすなんて
親として、これほどまでに残酷な事が起こって
いいのだろうかと思うほどです。
日進月歩、医学の発展に感謝いたします🙏
日本の世界遺産「役所広司」素晴らしかったです😍
観終わった後に役所広司と菅田将暉の記憶しか残っていない素晴らしい映画でした。
父親過ぎる父親によって賢治の死後に作品でこの世に生き返った賢治、相田みつをは息子によって作品がこの世に出た事を思い出しました、今年は大凶作の映画作品かと思ったけども救われました映画を観る勇気が湧きました
親と子の絆とすれ違い
個人の感想と解釈であることをご了承の程よろしくお願い致します。
映画とは不思議な縁で結ばれています。
今日は映画館にくる予定ではなかった。
映画を観るなら他に観たいものもあった。
でも、自分の今の気持ちと上映時間のタイミングで
本作を観ることにしました。
とても観てよかった。
この作品に出会えてよかった。
もし、今日出会えてなければ
配信になってからもこの作品を観ることはなかったとも思います。
子供に先立たれた親の目線で観ると、
どんなに振り回されていいから
どんな生き方でもいいから
長く生きて欲しいと思う気持ちはわかります。
親を散々振り回した子供の目線で観ると、
本当に申し訳ありません。
もう僕には何もできない。
どうすることもできない。
こんな子供でごめんなさい。
と思う気持ちもわかります。
親は子供の1番の理解者でありたいと努力をするものです。
子供は親に認めてもらいたいものです。
そこがちょっとの感情のすれ違いでうまくいかなくなったりもします。
親の心、子知らず。
されど子の心、親も知れず。
だからこそ、お互いに元気なうちに、
会えるうちに、
話せるうちに、
一言でも多く会話して
素直な気持ちをちゃんとはっきりと
伝えておかなきゃいけない。
って思いました。
子供が親より先に亡くなるのは親不幸だということも理解できます。
残された親は生きているだけで罪悪感を感じから。
自分自身も高齢の親よりも一日でも長く生きていなきゃと思います。
でも、亡くなった子供が親不幸だとは全く思いません。
自分も最後は
「ありがとうございました」
と言って旅立ちたいと心に決めました。
素晴らしい作品に出会えてよかったです。
「綺麗に死ね」
不安定ながら、父目線のため心情の説明がされない賢治を菅田将暉が(たまにあばれる君に見えるくらい)好演。
役所広司も硬軟織り交ぜた名演で全体を支えるが、そんな中で本作の鍵となるのはやはりトシを演じた森七菜。
父の説得から病床の姿まで、素朴ながら芯のある姿は彼女ならではの奥行きが感じられた。
また、本人のみならず賢治が死に取り乱さなかったことも、「綺麗に死ね」の言葉があってこそ。
登場シーンが劇中で最も画面が明るかったことが象徴するように、宮澤家を照らす存在でした。
ただ、話が断片的な上に“間”を取らずカットが切り替わることが、切り貼り感に繋がっていて残念。
子供がカメラをガン見していた祖父の葬列シーンは撮り直しもカットもせず、画的には素敵だが話的には完全に不要なチェロのシーンは入れる。
わざとらしいスロー演出なども含め、引き算ができずに各シーンの余韻が殺された印象です。
母親が「最後くらい」と清拭をする場面も、それまでの“添え物感”が強すぎて、今さら我を出されてもと感じてしまった。
タイトルも惹句としては素晴らしいが、内容的には『銀河鉄道の夜』を引くには違和感があります。
しかしながら、政次郎が『雨ニモマケズ』を暗唱し慟哭するシーンでは涙腺が緩んだ。
「質屋を継げ」に対する反応で賢治の変化を、ランプの火の調整(賢治は小から大、政次郎は大から小)で二人の違いを出すのも上手い。
惜しい点はありましたが、演技も画作りも十分に良かったです。
久々に感動の純文学映画!
昔は跡継ぎとして生まれた男子には、家を途絶えさせない為の使命があり、それも含めて長男が生まれた時の父親政次郎の喜びようを観ていたら、私の父親もこうして我が長兄の誕生を喜んだのだろうなと、長兄に甘々だったことに嫉妬していた自分の子どもの頃を思い出した。
そして、思春期の真っただ中の賢治が少々狂気を帯びて反抗する場面ではちょっと引いたが、その激しい感情の迸りを父親役の役所さんがまるっと包み込んでくれるので、あとは賢治が大人になって行くのをただただ観て待った。
だけど、待っていたら。。。。悲しい結末が襲って来て、気が付けば私の頬から涙がとめどなく流れていた。
辛いとか、悲しいとか、そんな言葉では表現できない「死」という現実を見せつけられたけれど、父政次郎はそれを乗り越えて、作家宮沢賢治を作り上げた。
私の両親はすでに他界しており、母親とは大人になってから女同士としていろんなことを話をしたし無条件に尊敬しているが、父親とは大人になってからもずっと疎遠なままで、父親とも生きている間にもっといろんな話をしておけば良かったと寂しい思いが後を引いた。
全34件中、1~20件目を表示