「前作主人公VS今作主人公」ウィッシュ 軽井沢 豊さんの映画レビュー(感想・評価)
前作主人公VS今作主人公
壮絶な過去を経験した男が必死の努力の末に魔法を獲得して理想郷を築き「誰も傷つかない世界」という願いを自らの手で叶えた前作主人公と、理想郷の歪さに気づき「みんなの願いを解放したい」という願いを偶然手に入れた力で叶えた今作主人公の闘争の物語。
絵と歌は凄くいい。でも脚本は微妙。なんていうか、しょぼい戦争映画見てる感じ。ディズニーでなくても良い脚本。
ー以下はこの作品を見た後のもやもやの棚卸し文ー
この作品のテーマは「願い」。でも願いって叶えたら現実になる。
最後に出てきた、空を飛びたいと願った女と空を飛べる技術を開発したいと願った男は、願いを叶えるだろう。その後誰もが飛べるようになる場所を提供するために共同体(会社)を作るだろう。その共同体(会社)を維持するために対価を取るだろ。他の人は、対価を払えば空が飛べるようになるだろう。でも、対価を払わずに空を飛びたいやつ人も出てくる。そんな人が自分で夢を叶えるには2つの道しかない。ひとつは自分で作ること。もうひとつはその共同体や技術を奪うこと。前者はいい。ディズニーの目指すところだ。でも後者は?後者も同じ夢を叶えること。だけど叶えた先には、何かを失う人がいる。誰かの願いが踏み躙られることになる。これが本当にいいことか?
誰かの願いを叶えることは、誰かの願いの妨げになる。だからこそ願いを叶えるためには、別の誰かを犠牲にしないといけない。
願いというの欲だ。その力は人間に文明を与えて、技術を向上させて、生活を楽にした。一方で、誰かを害し、何かを壊して、人々を苦しめた。
だからこそ人々は願いに方向性を設けた。誰かの迷惑にならないようにしようとした。(隣人愛、慈悲…)
人の願いが無秩序だとしたらどうか?
「殺人はダメだ。人が死ぬと悲しいからだ。」という願いは、「俺はあいつを気に入らない。だからこそ害したい。」という願いと衝突する。そしてどちらかの夢は叶えられない。そのときその願いを叶える手段が強い人が願いを叶えられる。
夢を叶える。それはとてもいい響きだ。
でも、夢には善も悪もないことを理解しないといけない。
勝った方が正義なのだ。勝った方が夢を叶えられるのだ。そこにはただ叶った後の世界があるだけ。そんな当たり前のことをただ当たり前に見せつけるのは凡庸な作品。
でもディズニーに求めてることってこれか?
誰かの夢と誰かの夢のただの闘争か?そんなの現実でどんな場所でもやってることだ。ディズニーにやって欲しいのはそんなことじゃない!
誰もが平等に自由に夢を叶えて欲しい。いい奴もわるい奴も夢を叶えて欲しい。でも誰かを害するのは誰かが傷つくからダメだ、だからこそ誰も傷つかない夢を叶えて欲しいんだ。
王が疲れてるなら国民が手助けすればいい、夢を返して欲しいなら返して欲しいことを別の手段で言えばいいし、自分で叶えられる夢なら別の国に行って叶えればいいし、みんなほんのちょっとの努力で出来たことをなぜ誰もやらない?結果王を1人悪者にして、良かったふりだけしてる。スターというなんでも願いが叶う手段を手に入れて、自分たちの願いを無秩序に叶えるだけ。そんな先にあるのは無秩序な世界だけ。だからこの国はあと数年で滅びるだろう。でもみんな幸せだと思う。だってみんなの願いが叶うんだもん!もちろん悪人の「誰かを害する」願いもね。
誰かの願いを踏み躙って、叶える映画なんてクソだ!って叩きつけてくるような、善人も悪人もみんなが本当に夢を叶える、そんな大円団の作品をディズニーには求めてる。
