「現代のポリコレから断罪したハリウッド全盛期のスキャンダルへの哀悼と嫉妬」バビロン Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)
現代のポリコレから断罪したハリウッド全盛期のスキャンダルへの哀悼と嫉妬
サイレントからトーキーに変わる映画産業の大転換期にあたる1920年代後半から1930年代前半のハリウッドを舞台にして、様々なスター始め俳優、プロデューサー、監督、他スタッフの映画人が入り乱れる群像劇。それは時代再現のノスタルジーでなく、現代のポリティカル・コレクトネスの視点から断罪するかの暴露趣味と、そのカオスのエネルギー表出に潜むハリウッド全盛期に対する作者デイミア・チャゼルの嫉妬まで汲み取れるという、何とも複雑怪奇な印象を抱く。サイレント時代のハリウッドを題材にした作品では、ほぼ同時期を扱ったミシェル・アザナヴィシウス監督の「アーティスト」(2011年)と、古くは映画の父D・W・グリフィスの「イントレランス」をオマージュしたイタリアのタヴィアーニ兄弟監督の「グッドモーニング・バビロン!」(1985年)や美男スター ルドルフ・ヴァレンティノを主人公したケン・ラッセル監督の「バレンチノ」(1977年)を連想するが、この作品の醜悪と淫靡の大胆不敵な描写力には驚きを隠せない。映画としての綺麗事を排した勇気ある挑戦とも言えるが、このチャゼル監督の演出エネルギーに感心しながらも映画美術の点では物足りなさを感じてしまった。これがイギリスのピーター・グリーナウェイやメキシコのギレルモ・デル・トロのような映像美であったならと惜しい気持ちもある。
ブラッド・ピットが演じたジャック・コンラッドのモデルは、「肉体と悪魔」でグレタ・ガルボと共演したジョン・ギルバート。トーキーになって声のイメージダウンで人気を落とし失意の中亡くなる有名スター。「アーティスト」の主人公のモデルと重なる。主演女優らしい存在感のマーゴット・ロビーのネリー・ラロイのモデルは、スキャンダル女優として名を馳せたクララ・ボウ。ロビーは美しさと演技力を持ち合わせた素晴らしい女優さんと再認識する。チャゼル監督の分身であろうマニー・トレスを演じたディエゴ・カルバは、登場する映画人の中で唯一のまとも人間を好演している。ルイ・アームストロングをモデルにしたジャズトランペットのシドニー・パーマーを演じたジョヴァン・アデポは、描き足りない脚本のせいか、それほど印象に残らず。トビー・マグワイヤのギャングのボス役は怪演で好印象を持つ。ジャックの友人のプロデューサー役のルーカス・ハースは、1985年のピーター・ウィアー監督の「刑事ジョン・ブック目撃者」の名子役でした。役者を続けていたのをこの作品で知る。女流監督ドロシー・アーズナーをモデルにしたルース・アドラーを演じるチャゼル監督夫人オリヴィア・ハミルトンが登場する場面がいい。特にトーキーでのスタジオ撮影の録音で苦労するエピソードが面白く、撮影機の音を封印するためにカメラマンが箱に閉じこもるところが可笑しかった。このシークエンスと並びこの作品で光る場面は、冒頭のドイツ出身の監督オットー・フォン・シュトラスベルガーの野外撮影シーンの迫力と夕陽を生かした演出のこだわりを見せるところ。演じるのは「マルコヴィッチの穴」の監督スパイク・ジョーンズ。短髪の頭でドイツ人役から、これは明らかにエリッヒ・フォン・シュトロハイムをモデルにしている。プロデューサー泣かせの制作費が掛かる超長編映画の製作は、現代では不可能であるし、誰からも相手にされないであろう。シュトロハイムは、サイレント時代を象徴する映画監督でもっとも異質の巨人だ。このシュトロハイムの代表作の一つ「愚なる妻」や最晩年のサム・ウッド監督の「チップス先生さようなら」の大物プロデューサー だったアーヴィング・タルバーグが登場するのは珍しい。アカデミー賞のなかで個人名が入る最も名誉ある賞。37年の短い生涯で数多くの映画制作に携わった天才プロデューサー。演じるのが「イングリッシュ・ペイシェント」の監督アンソニー・ミンゲラの息子さんマックス・ミンゲラという人。そして、一番驚いたのは、ネリーの父ロバート・ロイを演じたジュリア・ロバーツの兄であるエリック・ロバーツ。同年代だけに時の流れを感じ、「コカコーラ・キッド」「暴走機関車」が懐かしい。
この映画の良い点は、そのキャスティングの的確さとジャスティン・ハーウィッツの音楽。映像を邪魔せず、また映像を補う迫力もあり、そしてクラシック音楽の使い方も個人的に好みだった。3時間を超える脚本には不必要と思われるおちゃらけシーンもあって、その表現意図を理解しがたいものが残る。最後のマニー・トレスが映画館上映の「雨に唄えば」から彼自身の映像の記憶が蘇り、走馬灯のように駆け巡るモンタージュがいい。それは映画の歴史を振り返るデイミアン・チャゼル監督個人の映画に捧げるオマージュとなり奇麗に終わる。現代の映画制作からは想像できない、飛び抜けて不道徳で情熱的で正直で直向きであった映画人の姿。
おはようございます。
物凄い映画知識に基づいたレビュー、拝読しました。
このレベルのレビューは、今の私には無理ですね。
勉強になります。
有難うございました。では。