劇場公開日 2023年2月10日

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「タイパは低いが贅沢そのものの映画」バビロン 鶏さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0タイパは低いが贅沢そのものの映画

2023年2月22日
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鑑賞方法:映画館

今年のアカデミー賞候補ということで、「イニシェリン島の精霊」に引き続き観に行きました。「イニシェリン島の精霊」は1923年のアイルランドを舞台にしていましたが、本作「バビロン」は、1926年から数年間のアメリカ・ハリウッドを舞台としていました。いずれも100年程前のお話でしたが、アイルランドの孤島という田舎で物語が展開する「イニシェリン島の精霊」とは異なり、既にアメリカにおける映画産業の一大中心地となったハリウッドを舞台とする本作は、実に豪華絢爛な雰囲気満載でした。

ただ、冒頭から観客は度肝を抜かれるというか、拒否反応を示す人なら徹底的に拒否するであろうエログロなシーンが連続します。特にグロテスクなシーンは強烈で、象の糞にこれでもかとまみれるシーンを皮切りに、女性の小便を掛けられて喜ぶ変態プレイとか、大量の嘔吐物を成金野郎にぶっかけるシーンなど、兎に角無茶苦茶。エロなシーンも、欲情を駆り立てるような清潔感溢れる(?)セックスシーンなどではなく、大人数が参加するパーティー会場で衆人環視の下でマグワっているのだから、低劣で下品そのもの。また、アルコールはもちろん、コカインやマリファナなどの薬物もやり放題、人が死んだって闇から闇に葬る感じのアナーキーでデカダンな世界。それこそが1920年台のハリウッドの姿だったようで、多分に誇張はあるでしょうが、全くの創造物と言うことではないようです。
それにしても、いくら当時のハリウッドが滅茶苦茶だったからと言って、流石にやり過ぎという気がしたことも事実。これからご覧になられる方は、身構えて観て下さいませ!

ただ、過剰なエログロ描写だけがこの映画の特徴でないところが注目すべきところ。公式サイトによると、登場人物も、実在の人物をモデルにしているそうで、ブラッド・ピット演ずるジャック・コンラッドは、サイレント映画のスターだったジョン・ギルバートがモデルであり、マーゴット・ロビー演ずるネリー・ラロイは、やはりサイレント映画のセックスシンボルだったクララ・ボウがモデルになっているそうです。(ガンダムの登場人物であるフラウ・ボウの語源になったという説もあるそうですが、真偽のほどは分かりません。)ジョヴァン・アデポが演じたトランぺッターのシドニー・パーマーも、サッチモことルイ・アームストロングの雰囲気が醸し出されていました。

いずれもサイレント時代の掉尾を飾ったスター俳優だったそうですが、セリフ回しを必要とするトーキーの時代になり、特にジョン・ギルバートは急速に人気を失っていったそうです。そうした姿を落日を迎えた俳優の姿を、ブラッド・ピットが非常に渋く演じており、これが本作の見どころのひとつだったように思います。

また、デイミアン・チャゼル監督と言えば、「ラ・ラ・ランド」でアカデミー賞監督賞を受賞して注目を浴びましたが、切ないラブストーリーだった「ラ・ラ・ランド」に比べると、全然異なる作風で、かなり驚きました。ただミュージカル映画だった「ラ・ラ・ランド」のテイストもない訳ではなく、全編を通じて音楽が満載で、この辺は素直に素晴らしかったと思います。

さらに映画そのものも、1916年に製作された「イントレランス」という映画のオマージュになっていて、主人公たちの物語が同時並行的に語られる構成や、「イントレランス」で古代バビロンを舞台とする物語を描いていること、バビロンという都市が、モラルが崩壊し、退廃的な文化の象徴として聖書でも取り上げられていたことを、当時のハリウッドの無茶苦茶と重ね合わせていることなど、過去の名作やハリウッドの歴史を盛り込んだ壮大な作品であることは間違いありません。問題は、そうした歴史を知らないと、単なる悪趣味で下品で低俗な作品としか思えなくなってしまうところでしょうか。

普段映画を観る時には、事前に情報を得ないで臨むことが多いのですが、本作に限っては、ある程度公式サイトの解説を読んでから観た方が良いのではないかなと感じたところでした。

3時間を超える長編であり、かつ一定の情報を得て観る必要があることから、当節流行りのタイパを重視する向きには全くお勧めできない、逆説的に言えば非常に贅沢な作品だったということで、評価は★4としたいと思います。

鶏