「法の正しさと生きづらさ」正欲 MP0さんの映画レビュー(感想・評価)
法の正しさと生きづらさ
とても現代的で難しい、複雑なテーマを扱った作品。
原作ファンや俳優のファンでもなければ、何か目的を持って映画を観るというのはかなり減ってきているかもしれない。そういう意味でこの作品はサブスクで観ようとすればスマホや他の日常の作業や雑音にさえ飲み込まれてしまう可能性が高く、集中して作品と向き合わなければ何を伝えたいのかも分からないと評価されてしまうかもしれない。
分かりやすさで言えば本作は分かりにくいし、複雑で、同時期に検察を皮肉る作品としては公開された『法廷遊戯』の方が一般的に評価されやすいと思う。
しかし自分が思いもしない、全く別な角度から鈍器で殴られるような衝撃でいえば本作の方が空恐ろしさを描いていると個人的には思う。
タイトルの「正欲」は性欲でもあると同時に多くの人が口にする「普通」や「一般」「平均」としての「正しく」あろうとする姿やそれに擬態して自身の欲望を隠す様を表しているのだろうか。
昨今、LGBTQに代表される性的マイノリティが世界的に注目を集め、諸外国の中には同性婚などに踏み切る国もある。
日本でもLGBT法案が通過し、心の性は女性と自認する身体の性は男性の人が女性の公衆浴場に入ろうとする問題や性犯罪者、小児性愛の問題が議論されているが、そうした中で既存の法律や社会規範が前提としているモノが崩れつつある現代だからこその作品だと思う。
作中には様々な他の人とは違う、自分にとって当たり前の欲を持つ人が登場する。作中に登場する日付から2019年を舞台である時代背景を念頭に考える必要があると思う。
非常に挑戦的な作品で、法の全体としている社会的規範や常識で計れない人々に対して適度な距離感とグレーをはっきりさせようとする現代の在り方に対する皮肉が込められていると評価している。
特に中盤移行のそれぞれの人物がどう繋がっていくのかは、本作の肝で、一般的に良い人とされる人が一番怖いという教訓でもあると思う。
また大学生の表面的なだけの言葉のキャッチボール、YouTuberの社会を知っている風に見せる演出などへの皮肉の込められ方も含めて演出が巧み。
★1.5は公開時期が時流を捉えるにはLGBT法案が通る半年〜1年前が適切だと思われた点。
また後の時代にどう評価されるかはわからないが、ホテルでのバストアップで夏月と佳道が語るシーンは解像度が高すぎ、ノイジーさや暗さが足らない気がした。
まるでそこだけ後から撮り直しでもしてツギハギをしたようなトーンの違いを感じた異物感から。
また夏月と八重子をどちらも黒髪ロングで揃えるのは意図してなのかキャラクターのイメージがダブり気味に思えたから。
以下、主な登場人物について。
★稲垣吾郎演じる「寺井啓喜(ひろき)」は横浜地方検察庁で働く検事。作中でもっとも模範的常識人だけれど、一番辛い立ち回りかもしれない。物静かに見える役柄から反転する怒号、苛立ちの演技は作中ダントツ。
不登校YouTuberに感化されて我が子がYouTuberになる。学校に行く時より我が子が生き生きとしていると喜ぶ母親。耳障りの良い事を言って広告などで収益化をしている人は詐欺師同然と…次第に夫婦と親子の関係は別居から協議離婚調停へ。いわゆるモラハラやペアハラ(ペアレンツ・ハラスメント)の役所。
★東野綾香演じる「神戸八重子」(かんべ)、金沢八景大学の学祭実行委員で「ダイバーシティフェス」を企画。兄弟もいるが、男性から性的に向けられる視線に吐き気や過呼吸になる程の男性恐怖症で、自分の言いたい事も面と向かって言えない。空気が重くなるような絵に描いたような陰気なタイプ。長い黒髪が重々しさマシマシに伝わり、そこから覗く表情は焦点がここではない何処か遠くを見ているようで光はなく、息が詰まりそうな演技が怖い。
★佐藤寛太演じる「諸橋大也」(だいや)、金沢八景大学のダンスサークルの花形。昨年のミスターコンテストの準ミスター。水に対して性的興奮をするが、人に暴露できず、誰にも理解されない事をダンスにぶつける。口数が少なく眼光の鋭さとキレのある動きの奥に何を考えているか分からない不気味さが同世代の学生には大人びて格好良く見えるかも。
★磯村優斗演じる「佐々木佳道」(よしみち)、偏愛を中学時代の桐生夏月と分かち合う。広島育ちだが中学3年の途中で横浜に転校。両親が事故で他界し、広島に戻り、同級生の結婚式で夏月と再会する。
★新垣結衣演じる「桐生夏月」、イオンモールの寝具売り場で働く販売員。結婚適齢期を迎えても恋人を作らず、親や周りから不思議がられ生きづらさを抱えている。メイクの影響もあるだろうけど、年齢相応に影のある演技も出来る女優さんなんだな改めて感じた。