劇場公開日 2023年11月10日

「忘れられぬ、切ない言葉に胸が震える」正欲 mayuoct14さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0忘れられぬ、切ない言葉に胸が震える

2023年11月19日
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鑑賞方法:映画館

※映画の内容を語っている部分と純粋な感想の部分で文体を変えています。

昨年封切られた『ある男』に少し味わいが似ているが、こちらは死んだ人の話ではなく、今生きている人たちの話。

この群像劇の主要登場人物たちはみな死んだように生きている。「明日が来なければいい」「ひっそりと死ぬために生きている」
普通と違う、枠からはみ出た人生はその人自身にも、周囲にも、両方から否定されている。
そんな悲しみや苦しみ、ない方がいいに決まってる。

そういう「辛さ」を分かち合える人に少年少女時代に出会い、一度は別れ、思いを胸にずっと秘めていた主人公の二人。そして、忘れられないその二人は期せずして再会する。
その再会が、つまらなくて無為だったお互いの(特に、新垣結衣扮する彼女の)人生を切り拓く。
忘れられない人とは「恋人」でないところから始まり、彼から「この世界で生きていくために手を組みませんか」とプロポーズ(提案)される。
好きとか嫌いとかでない、このプロポーズが、本当に切ない。今でも涙が出る。
そうして始まった、心穏やかで平和な二人の暮らし。彼との生活で「もう一人でいた頃に戻れない」とベッドで抱擁して呟くヒロインの夏月。
ようやく手に入れた幸せがずっと続いて欲しい、と映画見ながら心から思った。

もう一組の男女が織りなす「その人の前でだけ素の自分で居られる」「どうせ誰にも分からない」「男性への拒否反応があっても、好きになってしまう」どうしようもなさに苦しみ、お互いがそれを吐露する物語にも心震える。

こういう、周囲との違い、そしてそれを分かってもらえないことから来る「孤独感」(孤独でなく孤独感というところが厄介なのだ)と必死に折り合う人たちに対峙する形で、稲垣吾郎扮するもう一人の主要登場人物、寺井が物語に深みを与える。
普通でないことをどうしても受け入れられない、普通に生きることを矜持にしている人物。

夏月がこの寺井と対峙するラスト付近「あなたが信じなくても、私たちはここにいます」という台詞も、私の胸に鋭く突き刺さり、忘れられないシーンとなった。

この映画、本当に脚本が良い。「目を開き、胸に刺さる」台詞が散りばめられている。
人が持つ「辛さ」と「優しさ」が、このような心震える台詞で紡がれた脚本力に恐れ入リました。

『あゝ荒野』も『前科者』も深く感動した映画。岸善幸監督も港岳彦脚本も自分に合うと再認識しました。
主要登場人物を演じた俳優は皆本当に拍手喝采を送りたい程素晴らしかったです。

地味な映画ですが、内容は特濃だと思います。

mayuoct14
すのめめさんのコメント
2023年11月20日

初めまして。私が感じたことを言語化されていて、とても共感しました。昨今多様性という言葉が、盛んに発せられるようになりました。【正欲】という映画は、その言葉に潜む胡散臭ささを見事に現してくれました。自分が想像できる多様性だけを受け入れて、わかったような顔をしていた私は、頭を殴られたような衝撃を受けました。目の前に存在しているのに、無いものとして扱われる苦しみを、少しも分かっていませんでした。マイノリティだと思っていた夏月と佳道が、これから先も2人で生きて行く事を選びました。そして皮肉にもマジョリティだと自認していた寺井の元から妻子は離れていき、孤独になりました。「多様性とは?」「普通とは?」作者に問われているように思いました。私は原作を読んでから、映画を見ました。登場人物を絞り、2時間余りという限られた時間に、大切なエピソードや台詞が見事に散りばめられていました。是非とも原作をお読みになって下さい。私が感じた一番多様性という括りから外れた人物田吉を、知っていただきたいです。

すのめめ