「81年前の今日、ベルリン郊外の美しい別荘でおこなわれた90分間の会議」ヒトラーのための虐殺会議 talismanさんの映画レビュー(感想・評価)
81年前の今日、ベルリン郊外の美しい別荘でおこなわれた90分間の会議
音楽が一切ない映画だった。自分の手を汚さず人間を大量殺害する計画が議題の会議。ユダヤ人殺害はもう始まっていたがドイツ以外の国も処分はドイツにお任せ、それを受けて(真面目な)ドイツは、効率性を最重要視した方法に既に着手していた。それにお墨付きを与えるのが目的の会議。準備万端で正確に報告するアイヒマンは決して凡庸ではなく有能な35才。さらに切れ者で優秀な議長のハイドリヒは37才。この2名を入れて制服組は6名、重要ポジションの官僚9名で計15名、議事録記録は若い女性秘書1名。
「私は牧師の息子であり、皆さんより年上だからか倫理的に考える。先の大戦も経験している。若いドイツ兵がどれだけ精神的ダメージを受けアルコール中毒などに苦しめられるか」と述べたクリツィンガーは51才、会議参加者の中で最年長者。
ハイドリヒの議長ぶりは見事だ。会議は90分、と開始前にハイドリヒは述べる。休憩を数回入れ、議論が多少紛糾するとすぐさま少数で、あるいは1名を呼んで個別に話す。自分が話しているときに口を挟まれたら丁寧に黙らせる。一方でこの計画や議題の進め方に納得が行かないメンバーには十分に意見を言わせ耳を傾ける。自身は無言と饒舌を上手く使いこなす。
議題、80年前の世界情勢、参加者が着用している軍服とバッジを除いたら、なんてすばらしい会議なんだろうと私は思ってしまった。沈黙もダラダラもない、怒鳴らない、気まずくとも自分の意見を言うことができる、野次なし。もちろん参加者間での嫌みやマウントはある。
印象的な言葉は例えば「考えずに行動すると失敗します」。「法律は基盤であって議題にはなり得ません」(ユダヤ人とは誰を指すのか?を定義した法律が既にあるのに、親や祖父母や曾祖父母の誰かがドイツ人であってもユダヤ人だろうと、「ユダヤ人」の範囲をどんどん広げる意見が出てきたことに対する法律家シュトゥッカートによる反論)。ハイドリヒは二人だけの場でシュトゥッカートの論旨の優秀さに触れシュトゥッカートの自尊心をくすぐる。自分が関わった法律はいじられたくなかっただけだろう。
そしてこの会議で決まってしまった。アウシュヴィッツ以後に詩を書くことは野蛮だが、アウシュヴィッツ以前にヴァンゼー湖畔で効率性最優先の野蛮は既に始まっていた。
アーカイブの大事さに心打たれた。議事録をとっていた、それが1部だけ残っていた、それが廃棄されず保管されていた。それがなければこの映画は生まれなかった。そしてこの映画はドイツで作られた。その意味はとても大きい。
おまけ(2024.8.10.)
ベルリン郊外、ヴァンゼー会議が行われた家=記念館を訪ねた。門と建物の入口も含めて中の1階は丁寧で詳細な展示で埋め尽くされていた。ドイツ語、英語、ヘブライ語、点字、音声による解説つきの豊富な資料。入場無料。来場者の寄付を受け付ける透明のケース。一部だけ残っていた議事録展示;A4サイズ15枚、ケースの左側にはタイプライターで打たれたオリジナル、右側は読みやすいフォントで打ち直されたPC原稿、1ページ目から最後の15ページ目まで全て読める。映画では「1月20日」だから家の周囲には雪が残っていた。暑く快晴の日、涼しい風を送ってくれる湖には沢山のヨットが湖に浮かんでいて夏のバカンス中であることに気づく。一方でそれに負けないほど沢山の老若男女の来場者は皆、真剣に資料を読み写真を眺め音声を聞いている。その場にいることに奇妙な感覚を覚えた。現在はどんな時代なんだろう。よくなっているんだろうか?
「普通のひとびと」というドキュメンタリーを見ました。
600万人のうちガス室が300万人。射殺が200万人。食料不足、環境等によるものが100万人とのこと。
その射撃手のことについてのものでした。
射撃主のメンタルを守るための「ガス室」という話が、立体的に見えてきました。
もし機会があれば、ぜひ見てください。
おっしゃる通り、いろんな作品でユダヤ人の迫害を知ることが出来ますね。
ユダヤ人にとっては、元々ユダヤ教のものをキリスト教はイエスが、イスラム教はマホメットが、なんて解釈を変えてるとしか見えないんでしょうね。
仏教でも宗派の違いで歪みあったり。
自由と平等とか言葉では言えても、信仰面でな根深い差別が払拭出来ないのだろうと思います。
共感ありがとうございます。
本日2度目の観賞で、前回見逃してた所とかを再確認できました。ユダヤ人虐殺ってナチスだけがやったように錯覚してたけど、ヨーロッパ各国の承認も得てドイツが請け負っていたって事もこの作品を見て知りました。
レビュー素晴らしいです。
NHKで「ベルリン戦後0年」というドキュメンタリーがあっていました。ショッキングなシーンがありました。今まで戦後のドイツの状況など考えたこともありませんでした。
アウシュヴィッツで何があったかは知識として知ってはいた。しかし、「ユダヤ人」の定義なんて考えたこともなかった。
「ドイツで作られたことの意義は大きい」まさに、その通りだと思います。
公文書を平気で改竄してしまう国はもはや国の体をなしてませんね。21世紀になってもこれですから、戦時中のアジア諸国への罪が証拠がないからと否定できるはずもありません。敗戦と同時に証拠となる公文書は焼き捨ててるでしょうし。
日本がドイツと違い、戦後いまだに周辺諸国と歴史問題を解決できないのはこの点にあると思います。
こんばんは!観賞後、talismanさんのレビューがめちゃくちゃ参考になりました!
コメントありがとうございました。
ですよね?!
俳優陣にとっても結構辛かったですよね?!あのセリフを覚えるのも大変だったのだろうと想像しました(笑)