福田村事件のレビュー・感想・評価
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星判定不能、何故なら停電で途中退場…
永山瑛太がちょうど扇子を出した時に、映画がブチっと止まった!!!!
映画館停電…ぐすん😢
社会派映画なのでテレビでやらないだろうし、払い戻しはされたから、また観るしかないかな。
でも、とても興味深いテーマの映画で真っ向から日本人の悪事を描いたものは初めて観た。
それが何か問題ですか?
欧米に踊らされて中国の土地を自国の領土にしようとした時「虐げられ無知で無能で貧乏な朝鮮人を中国から救う」というのが日本の大義名分だった。だから今も続く朝鮮の人への差別や蔑視は教育とメディアの犯した大罪。この頃から壮大なデマは始まっていたんですよね。
出自による差別も明治政府が創った嘘の歴史とそれを教えた教育、今も続く天皇崇拝、敬語乱発のメディアの罪
相手より上から物を言いたくて、相手を黙らせたい時、差別や蔑視は多用される。
「お前センジンか?アカか?兵隊逃れが!マオトコが言うな!エタの薬は何が入ってるか分からんぞ!女のくせに!非国民が!天皇陛下万歳と言ってみろ!」
SNSでも人を自死に追いやる言葉やデマはあるけれど、一旦軍事体制になってしまえば差別や蔑視に抗って自分が正しいと思うことを貫くには物理的な命の危険を覚悟しなければならない。
「それでも地球は回っている」と言って死刑になった人々に似ている。
映画の中で一番印象深いのは
「朝鮮人なら殺してもええんか?」
という言葉
戦前が既に始まってるとは言われるが、まだまだ命の保障があるうちに差別や蔑視と闘う言葉を持たなければならない。
「いいえ私は共産党員ではありませんがそれが何か問題ですか?」
「いいえ私は朝鮮人ではありませんがそれが何か問題ですか?」
「はい私は女ですがそれが何か問題ですか?」
「ぞうさんぞうさん、お鼻が長いのね?」
「そうよ、母さんも長いのよ。それが何か問題ですか?」
過去の失敗をかみしめることは未来にとって不可欠
2023/9/6に鑑賞した。
見終わって気づいたけど、福田村事件が起きたのは1923/9/6で、ちょうど百年前のことだった。
百年は、遠い昔のようでそうでもない。
1923年は大正12年で、私の父方の祖父母は大正6年あたりに生まれているから、彼らはもう生きていた時代なんだな。
東出昌大と永山瑛太が小競り合いを始めたあたりからの、凄惨で愚かな描写には強いショックを受けた。
加害者は無知で偏見があり、毎日必死で生きているどこにでもいる人たちだった。
私も、不安定な状況に追い込まれれば、あのような凶行を起こしうると思った。
あるいは、澤田(井浦新)のように何もできずに、誰かが誰かを殺すことを傍観してしまうと思った。
永山瑛太達の行商団は、被差別部落出身者だったらしい。パブではあえて伏せられていたようにも思った。
彼らも出自によって差別されることもある。差別されるものが、より”下”を設けて憎悪をぶつける。
愚かしいことだけど、今の世でもよく見る光景で、瑛太はにがにがしく思ってるようだった。
らい(ハンセン病)の患者に適当な口上で薬を売り、その罪悪感を別のらい患者への小さな施しですこしだけ慰める。
仲間が発する朝鮮人への憎悪をそらすために、朝鮮飴を売る女の子からたくさん飴を買って、女の子から扇子をもらう。この伏線すごいなと思った。
柄本明とその息子夫婦のくだりはなくても本編に支障はないけど、田舎の閉塞感、親子の微妙な関係が生々しく、印象に残った。
狭い村で、娯楽も社交も思想もぜーんぶ共有するしかない。村の空気にそぐわないことはできない。
あの感じ、地元を思い出す。
東出昌大と浮気する豆腐屋の嫁は、コムアイだったらしい。初めましてだった。
コムアイが豆腐に指輪を仕込んで井浦新・田中麗奈夫妻に波紋を投げかけたところで、東出・田中の船上のまぐわいを恨んで何かやばいことしないか心配してしまったけど、そっちは杞憂でよかった。
水道橋博士がすごいいやな役をしていて、学がある村長への劣等感、そんな中で在郷軍人会の会長?という、肩書ができて少しは劣等感をかき消せると躍起になってる感じがすごーく出てて、よかった。
新聞社でのやり取りも緊張感があって、脚本もすごくいいと思うし、役者も豪華でよかった。
永山瑛太を殺したのは、乳飲み子を背負っている出稼ぎ夫が朝鮮人に殺されたと信じてしまった若い女だった。
彼女を断罪すればいいとは思えない。
世の中の悪事は大体(共産)主義者、不逞鮮人がやってるとの言説が流布し、実際に共産主義者と朝鮮人をいじめ倒しているから恨まれてるって分かってるし、真偽を確かめる術がない。
その状況で、反抗できるわけないよね。
でも愚かしい差別や、差別を燃料にした虐殺は起きてほしくない。その防止には何ができる?
教育?大事だけど万能じゃない。格差是正?富める者が既得権益を手放すとは思えない。
人間の歴史は、美しい面と福田村事件のような惨たらしい面があり、特効薬はない。
ので、現時点で道半ばなのは致し方ないのだけど…
鑑賞後にニュース動画を見たら、松野官房長官が、朝鮮人虐殺は記録がなくて確認不能と言っていて、びっくりした。そういえば小池都知事は、虐殺被害者追悼集会への追悼文を出さないし、南京大虐殺もやっていないって考えるひともいるし…何を見るとそんな見解になるのか理解できない。そんな意見の人に政治を担われたくないと思った。
映画『福田村事件』を観て、「鮮人」という蔑称を初めて知った。まだまだ知らないことが多いんだなと思った。
日本人の弱さを噛み締める
アメリカの人種問題を扱った舞台作品を見たので
日本の差別問題もちゃんと見ておこうと思い鑑賞。
逆差別の意識を持った人たちが作ったのではと勘繰っていたところはあるが、誰かを一方的に責めるのではなくきちんと集団心理の恐ろしさを描いたものだった。
なぜこのような事件が葬り去られていたのか。たまたま被害者に日本人が混ざっていたからこれだって後に明るみに出ただけで、迫害は日常的に横行してたのだと思う。部落民のことすら私たちはほとんど知らない。
多数派に流されやすく、反対意見を述べることもできず、みんながやってるならうちもやる、今も昔も日本人のありのままの姿。戦争が人をさらに狂わせたとは思うものの、今の世代だって本質は何も変わらない。今SNSで起きてる言葉の暴力がいつか同じように恥ずかしいと皆が当たり前に思う日は来るんだろうか?
終わって気づいた水道橋博士、演じる自己陶酔感と、井浦新の臆病心、そして豊原功輔の自己弁護、どれもとても人間くさくてリアルだった。
ここのところ現実逃避のように見たくもない流行り映画をたくさん見てたけど、もっと色々考えることに繋がるものこそ映画として見る意味があるのではと思えた。まあ結局現実逃避の軽い映画も必要なんだけど。
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鑑賞後久々夜の渋谷を通って帰ったが、ただ酔っ払って騒ぎたい若者の町と思ってたのにそれ以上に奥は荒んでた。街は汚いし警察があちこちで尋問してるし、それでも堂々とラリってる人たちが暴れてる国よりはマシなんだと思うが日本も大概だなと思うにはピッタリすぎる締めくくりだった。
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しかし朝日新聞のクラファンで資金集めしたと聞くとどうしても捏造問題があたまをよぎりモヤモヤする。。
私もあなたも誰もが持つ人間の根源的怖さが描けたと思う。
命の使い方とタイミングは、自分で選ぶ。
100年前の、逃げ場も娯楽もない閉塞的な村社会の息苦しさは、想像以上だった。
お互いに見張り合うようなコミュニティの中では、プライバシーの概念もない。
事の是非を自分以外に委ね、ただロボットのように思考停止で生きる世界。
心底怖いなと感じた。
20歳の頃から、ひとりで海外に行く前に、武道の先生から護身術の手ほどきを受ける習慣がある。
先生は、どんな屈強な男性でも鍛えられないいくつかの急所を、実践を交えて教えてくれる。
幸い、今までその技を海外でも国内でも使ったことはないけれど、見えない武器を持っていると随分心強い。
そして、危険に対して敏感になる。
この映画を観て、護身術の先生の言葉を思い返した。
「私が教える技は、あなたの心、身体、命が絶体絶命の時だけに使いなさい。
但し、相手が一人で、武器を持っていない時だけ。
武器を持っていたり、複数人の時は、中途半端な抵抗はかえって最悪の事態を招く。
その時は、命を守ることだけ考えなさい。」
自分の信念を貫くこと。
矜持を守ること。
それは、人間としてとても大切なことだ。
けれど、そこにこだわるあまり、判断ミスをしてはいけない。
私は、命を守ることは、何より大切だと思う。
自分に使命があると知っているなら、なおさら。
大学生の息子たちは、この映画を観たらどう感じるだろう。
きっと、私よりももっと遠い世界の話だと思うのは間違いない(^-^;
朝鮮人なら殺してもええんか!瑛太さんの魂の叫び
まさに心の叫び、魂の叫びだ。
この魂の叫びが殺戮の引き金になった。
何とも皮肉な何とも残酷な何とも救いようのない展開。
思わず監督を恨んだ。
加害と被害
犠牲になってしまう、永山瑛太演じる香川の行商人の言葉
この映画のテーゼでもあろうかと思う
朝鮮人なら、殺してもええんか
多くのレビューで
評価されるのも、むべなるかなというところか。
長らく、ドキュメンタリーで傑作を撮ってきた森達也監督。初の劇映画というところで、一抹の不安がないわけではなかったが杞憂に終わった。
この題材をよく映像化された。製作陣スタッフ、強力なキャスト陣に敬意を表したい
企画やシナリオに、荒井晴彦氏が名を連ねているのも大きい。
100年もの間、闇に葬られていた歴史事実
映画の下敷きになった原作も読んだが、埋もれていた史実を丹念に取材した辻野弥生氏にも感服。
いまだ、関東大震災時の流言蜚語による虐殺を正視しない、この国の為政者たち。
震災時の虐殺はなかった、とする説などが流布する現代日本
俗な言葉になるが加害にも向き合わず、日本黒歴史ともいえる事実に目をそむけつづけるならば、歴史は繰り返されるだろう。違う形で。との言葉を残したのはどの歴史家であったか。
自分に問いかける。あの場、時代に生きていたなら自分はどう行動しただろう。殺す側?殺される側?傍観している?
煽っている?…
この作品は重層的かつ多層的に作られている。
つまり、視座がひとつではないというところ。
差別が構造的かつ複雑にあり、朝鮮人と間違われ殺害された日本人。彼らは被差別部落出身者たち。その彼らも大陸の人々に対する差別、ハンセン氏病の人々に対する差別心があり、それらをも描いている。
多くの方が見られることをお勧めする
真っ当なメッセージ
戦争中の不穏な空気感や、村社会の閉塞感などが淡々と丁寧に描かれ、事件が起こる流れが分かりやすくなっていたと思います。
人種差別だけでなく様々な差別意識についても触れられ、差別感情を煽る新聞等の存在も考えさせられます。
村の男女関係の描写は予想外に生々しく描かれて、抑圧された女性の立場も意識させられ、これはこれで印象的でした。
男女関係は複雑な心情を描いているように感じたためか、軍人や村長など他の人物描写はちょっと単純にも感じました。
とは言え、当時は実際にこういった雰囲気だったのかもしれませんし、これで人物たちのスタンスや事件への流れが分かりやすくなっており、差別意識の愚かさや集団心理の恐ろしさなども強くはっきりと伝わるようになっていたと思います。
行商の沼田のセリフも、至極真っ当な意見で大いに共感できます。
事件が起こったのは当時はそういう時代だったからとも言い切れず、やはり現代の日本においても重ねられる部分があり、改めてどこへ向かうのか考えるべき、という強いメッセージが伝わる作品でした。
23-110
今まで観てきた映画の中で最も濃厚でした
事実を元にしたフィクションではあるものの、人間の原罪を深く浮き彫りにした、大変示唆深い映画でした。
今まで観てきた映画の中で最も濃厚な内容でしたので、見終わったあとの余韻が深く、現実の世界への順応するのに時間がかかります。
「人間って何なのか」に関心がある方は、必見です。
日本映画の金字塔
日本映画の新たな金字塔が生まれた。差別を正面から捉えたテーマ、村の暮らしを赤裸々に描写し、その後の虐殺に絡めたストーリー、どれも良く練られている。
社会の頂点としての天皇、最下層の部落民、朝鮮人の図式、言わば日本社会のタブーに触れている。
この事件の中には社会の同調圧力を操り世論を操作し、国民を戦争に駆り出し、取返しのつかない事態を招いた戦前の政治、軍事状況の原型がある。
冒頭、主人公は川を渡り福田村に帰る。ラストに霞のかかった川面をゆっくりと走る小舟に乗り、何事もなかったかのように、村から出ていく。その間に讃岐の薬売り達は川を渡り虐殺の被害者になった。主人公は朝鮮半島の虐殺事件に意図せず加担したことを言い出せず苦しんだように、村での出来事を喋らないだろう。村人たちは、村長も在郷軍人達も、人知れず沈黙する。虐殺を取材した新聞記者の記事は、決して新聞に掲載されることはない。虐殺を止めるヒーローはどこにもいなかった。
この事件から100年経過し、それを未だに検証せずに見て見ぬふりをする政府は何を恐れているのだろうか。
過ちを歴史から学びたいと思う
「朝鮮人なら殺してもいいんか!?」
という台詞が全てを物語る。
史実に基づいた『福田村事件』を鑑賞した。
静かに暮らしていた福田村の住人が
関東大震災の不安とデマに煽られて、
讃岐から訪れた行商人を「センジンだ!(朝鮮人)」と勘違いをして、(妊婦の胎児含めて10人)を大殺戮を起こす、あまりにも酷い事件。
殺戮に発展した理由は
・行商人たちの讃岐弁が聞き慣れず、移民と思った
・行商の頭人が朝鮮の扇子を持っていた
というあまりにも短絡的判断だ。
インテリ少年が
「何のために生まれたんだ!」
と叫んで滅多刺しにされるシーンは目を覆った。
その瞬間は自分が正しい、と加害者の集団的心理が働く。
一瞬で真実と正義が湾曲され、最悪の不幸に巻き込まれていく。
噂は正しいのか?確認することもなく、
観ていて辛くなりますが、現代に通じるところがあって深く考えさせられます。
この時代は閉鎖的で軍国主義だから起きた残忍性だ、と片付けてはいけない。
100年経った今も
誹謗中傷に絶望して命を絶つ人間がいたり
震災や、コロナ禍でも差別が見受けられるのだから、骨の部分は変わってないのかも。
自分は被害者に立つわけがない、と思っていながら実は加害者になりうる危うさ。
思い込みではなく、真偽を確認する冷静さを失ってはならない。
声上げられない弱い立場の人を必要以上に叩く正義は、憂さ晴らしではないか?
色々立ち止まって考えたくなる作品だった。
評価されて欲しいが、やはり内容のせいか、あまり上映回数や映画館は少ないのが残念だ。
いつも尖った内容ではっとさせる森達也監督。
よくぞ作品にしてくださいました。
少年と二人の少女
朝鮮人の少女は何故殺されなければならなかったのか。
福田村事件を今此処に生きる私の目前に現実として蘇らせるため、脚本に様々なエピソードが多角的な視点で練り込まれ、生の人間の営みが描き出される。朝鮮の少女は飴を買って貰ったお礼に、可憐な扇子を讃岐の部落から来た薬売りの親方に引渡す。母国語の自らの名前を告げる悲痛な叫び声が新宿の映画館に鳴り響く。
ドキュメンタリー「放送禁止歌」で森達也のことを初めて意識した。その時から岡林信康の「手紙」は私にとって忘れられない歌となった。森達也にとって一貫したテーマである集団と差別の問題は、映画の中で繰り返し言及される。提岩里教会事件で朝鮮人が殺されるのを目撃し加担した教師の恐怖と悲しみ、亀戸事件で惨殺された労働運動家の無念、エタと呼ばれる行商人が癩病患者に薬を売りつける残酷さに意識が覚醒させられる。
渡し守が煙管をくゆらせ、閉ざされた村の境界線である利根川を見つめている。軍隊で酷い目にあった男の横には、シベリア出兵で夫を亡くした豆腐屋の未亡人が寄り添っている。密通を働いている男と女は村の因習からつまはじきの存在であり、同時に村を支配する軍国主義を諦観する役割を担う。
聡明な親方が率いる行商団はおおらかに旅を続ける。故郷讃岐を後にする際、少女は少年の首にお守りを掛ける。そこに入れられた水平社宣言の紙片によって、少年は「エタである事を誇り得る時が来た」ことを知る。
「朝鮮人が井戸に毒を入れた」流言に村人は惑わされ混乱を極めていく。「朝鮮人なら殺してええんか」親方は真実を投げかける。村の女は亭主が朝鮮人に殺されたと疑心暗鬼に囚われ、赤ん坊を背負ったまま何の感情も無く親方の頭に鳶口を振り下ろす。神社の前で自警団に針金で縛られた行商団の女子供はお経を唱え、それはいつしか水平社宣言の抵抗の言葉へと変わっていく。ある集団が恐怖から自らを守るため、自分たちとは異質の集団を排斥して抹殺しようとする。愚かな人間が生きるこの社会の現実が映し出される。
お守りの力で少年は生き延びた。故郷の橋の上で少年を待ちわびた少女がただ黙って立っている。醜い世の中にほのかに瞬く光のように。
闇に葬られた負の歴史に愕然唖然
劇場で予告編を観た時から鑑賞意欲をそそられ、ポスターを観て、絶対観たい!と思っていた今作をやっと鑑賞しました。
で、感想をと言うと…凄いヤバい。
頭をガツンとやられた感じで面白い、面白くないの次元で語れないぐらいの衝撃。
観る人を確実に選ぶ作品だけどこういった事件が過去にあったと言う事を知るべき作品として個人的には鑑賞すべしと言う感じ。
様々な社会派ドキュメンタリー作品を手がけてきた森達也監督はエッジの効いた作品を多数発表してきたが今回はよりエッジが効き過ぎかつ、意義の高い作品を出してきた。
関東大震災時にどさくさに紛れた朝鮮人狩りと称した自警団による粛清により、薬の行商の一団が濡れ衣、誤解、行き違いから暴行、殺害されると言うのが生々し過ぎる。
もう、クライマックスの暴行、殺害シーンは衝撃的過ぎて、観る側に重いショックを与える。
人権的差別に暴行に一気に頭が沸騰し、数の暴力による行動に観る側の加害者への報いを衝動的に念じてしまい、ショックと「目には目」の暴力衝撃を起こさせてしまう。
それだけでもヤバいのに映倫区分ではPG12指定だけど、下手なホラー映画やバイオレンス映画よりも違う意味でタチが悪い。
だけど、近年まで意図的に闇に葬られた負の歴史を知る意味でもとても意義の深い作品なだけに観る側のある程度の覚悟と情報が必要かと。
役者陣の熱意の高い演技で最初から異様に高いテンションにドキドキしてしまう。
特に水道橋博士さん演じる自警団軍人は当時の歪んだ日本人の象徴のような存在で怪演過ぎる怪演。
難点があるとすると本来の福田村事件に井浦新さん演じる澤田智一と田中麗奈さん演じる澤田静子の夫婦が京城から帰郷した事で物語が始まるが、ストーリーテラー的な澤田夫婦が流れを作っていても何処か余計な伏線も入っていて、少し蛇足感がある。
特に静子の倉蔵との情事は物事の伏線を膨らますポイントになるが、その後の智一と静子の関係性があっさりし過ぎていて余計に感じるし、物語の本質を濁らしている様にも感じる。
いろんな伏線を張り巡らせている分、本質に至るまでに少し中弛みが感じられているのとなんでもかんでも詰め込め過ぎるかなと思うのが個人的な一意見。
様々な災害に便乗した事件や事故は今も昔も変わらないが情報の錯乱による流言蜚語が怖すぎるが特に政府に意図的な情報操作がヤバすぎる。
軍国主義真っ只中で愛国心に溢れた国民がわんさか。
様々な国の事情や情勢が分からないから仕方ない部分があるにしても、それが情報統制の結果の部分も多分にあり、そこに人権・人種差別が組合わさり、いろんな伏線が張り巡らせ、大きな流れになっていく。
まるで幾つかの小さな亀裂が起こり、大きなひびとなってやがて決壊していくような様を見ているかのような錯覚に陥る。
また集団暴動の心理は現在でもあるが、ここまでのご都合主義の排他的主義に至るのはもう口あんぐりどころではない感じ。
時代が古い、悪かったとかの問題ではなく、集団心理による人間に潜む内なる悪意と衝動、排他的願望が怖すぎて、様々な誤解と罪もない人達への凄まじ過ぎる暴行が本当に悲しい。
また、この事件が被害当事者が二次被害を怖れて、口を噤んでいたことから、半世紀以上経ち、被害者側からの連絡が来るまで明らかにならなかったと言うのが怖すぎる。
加害者たちは極刑にならず、恩赦により直ぐに釈放となり、挙げ句の果てにはその内の者がその後に選挙にも出馬しているとは…
面の皮が厚いとか、喉元過ぎれば熱さを忘れるの問題ではなく、自身の中の正義がこんなにも利己的に解釈されるのかと思うと今の情報過多であっても平和な日本である事を有り難く思います。
数年前に公開された同じく関東大震災をきっかけに起こった朝鮮人排除事件を題材にした「金子文子と朴烈(パクヨル)」は韓国側の視点で描かれてけど、この作品は日本人側から負の歴史を暴いている分、何処か生々しい。
この作品とセットで観るとより意義が高いかと思いますが、大阪は十三のシアターセブンで福田村事件の上映に合わせて金子文子と朴烈の再上映されるとはごっつうええ感じw
関東大震災から約一世紀とタイミングとしてはバッチリで観れば観る程、調べれば調べる程に闇に葬られた負の歴史に目が離せなくなる。
怖いもの見たさではありませんが、覚悟を持って鑑賞するのであれば、十分に価値と意義のある作品かと思います。
全371件中、181~200件目を表示