「折れた鳩の翼」エンパイア・オブ・ライト sankouさんの映画レビュー(感想・評価)
折れた鳩の翼
舞台は不況に喘ぐ1980年代初頭、イギリス南部のリゾート地にある老舗の映画館「エンパイア劇場」。
そこで統括マネージャーとして働くヒラリーは、どうやら定期的に医者と面談し、薬を服用しているところから精神的に不安があるらしい。
従業員らは彼女に優しく接するが、支配人は自分の欲求を満たすためだけに彼女に性行為を迫る。
ヒラリーは生真面目な性格故に劇場で働きながらも映画を観たことがない。
ある日、スティーヴンという黒人の青年が彼女の指導の下で働くことになる。
音楽好きで従業員ともすぐ打ち解けるスティーヴンだが、ヒラリーは彼にどこか軽薄な印象を持つ。
が、彼は翼の折れた鳩を手厚く保護するような優しい青年でもあった。
次第に彼女は大きく年の離れた彼に好意を寄せるようになり、彼もまた彼女の想いに呼応するようになる。
しかし二人の幸せな関係は長続きはしなかった。
時代背景には深刻な経済的不況があり、街では黒人に対するヘイト活動が盛んに行われていた。
ある日ヒラリーは町中でスティーヴンに声をかけようとするが、彼の周りに数人の白人たちが群がり、罵声を浴びせる姿を見た途端に動けなくなってしまう。
社会的にも年の離れた白人と黒人のカップルは受け入れられないような空気感があったようだ。
誰も見ていないからと恥ずかしがるヒラリーをよそに、ビーチで素っ裸で走り回るスティーヴンの姿が印象的だった。
幸せそうな二人だったが、突如ヒラリーはヒステリーを起こし、二人で作った砂の城を破壊してしまう。
「男はいつも命令してばかりだ」と喚きながら。
どうやら彼女の心の病は男に原因があるらしく、スティーヴンは差別運動を恐れ彼女との距離を取ろうとするのだが、それを彼女は拒絶されたと捕らえてしまう。
そして彼女の鬱状態は悪化してしまい、彼女は病院に入れられてしまう。
スティーヴンはルビーというかつての恋人との仲を楽しみながらも、常にヒラリーのことを気にかけてはいた。
そして時が経ち、回復したヒラリーは再び劇場で働くことになる。
しかしヘイト活動が過激化し、スティーヴンは彼女の見ている目の前でリンチされてしまう。
ただただ彼女はその様子を眺めていることしか出来ない。
ヒラリーはスティーヴンの見舞いに行くが、看護師として働く彼女の母親と対面してから会いに行くことを躊躇ってしまう。
そんな彼女の気持ちを後押ししたのは、寡黙だが心の優しい映写技師のノーマンだった。
彼には長年会うことの出来ていない息子がいるらしい。
彼は「逃げずに会いに行くべきだ」と彼女を励ます。
そしてヒラリーはスティーヴンの母親の口から、「息子はあなたが好きよ」と告げられる。
スティーヴンは順調に回復するが、二人が一緒に過ごせる時間は短かった。
彼は大学に進学するために彼女に別れを告げる。
せっかく掴みかけた幸せは、またしてもヒラリーの手の間をすり抜けてしまう。
この世には試練ばかりが続く人生がある。
きっとヒラリーは今までも同じように悲しい出会いと別れを繰り返して来たのだろう。
彼女はスティーヴンの門出を祝いながらも、自分の寂しさを打ち明ける。
彼女はもう自分の気持ちに蓋をしない。
彼女は周りの目も気にせずに、スティーヴンをしっかりと抱きしめて自分の想いを伝える。
これは彼女にとっても新しい出発なのだ。
たとえどれだけ試練が多くても、いつかは光が照らされる日は来る。
それを信じて生きていくしかないのだ。
彼女はノーマンに初めて映画を観たいと告げる。
決して明るい結末ではないが、希望は確かにある。