「「心の病」と「人生の選択」をめぐる疑似体験」The Son 息子 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)
「心の病」と「人生の選択」をめぐる疑似体験
フロリアン・ゼレールの初監督作「ファーザー」が父と娘の関係を主軸に据えたように、監督第2作となる「The Son 息子」は息子とその父の関係が中心となる。ただし「ファーザー」が認知症を患った主人公の混乱した主観を視覚的なギミックで観客に疑似体験させたのに対し、本作は心を病んだ息子ニコラス(ゼン・マクグラス)の内面に迫るというよりも、父ピーター(ヒュー・ジャックマン)の視点を主軸に、何とか息子の力になりたいと願いながらもままならない過程を客観的に綴っていく。家族内の関係性に限定せず、パートナーや友人など大切な誰かが心を病んだら、自分はどうすべきなのかを問う思考実験として鑑賞することもできるだろう。
映画に進出する前に劇作家として成功したゼレールは、前作と同じく本作もオリジナルの戯曲を自ら映画化しているが、映画ならではの演出がとりわけ印象深い場面が2つあり、いずれも「陽」から「陰」への転換が恐ろしいくらいに切れ味抜群だ。2回目に出てくるシーンについてはネタバレを避けるため書かないが、第1は、後妻ベス(バネッサ・カービー)と暮らすアパートメントの居間で、トム・ジョーンズの陽気なアップテンポ曲「It's Not Unusual」に乗ってピーターがユーモラスな振り付けで踊り出し、笑顔のニコラスが、さらにベスがダンスに加わるという、多幸感に満ちたシークエンス(YouTubeに「【本編映像:ダンスの後…】『The Son/息子』」というタイトルで公開されている)。だが劇中に流れる音楽がBGMの寂しげなボーカル曲(Awir Leonが歌う「Wolf」)に切り替わると、ダンスの輪から外れたニコラスの表情は……という映像が、息子と親との心の距離を残酷なまでに提示し、観客に芽生えかけた楽観的な予感をばっさりと斬る。
本作にはさらに、人生の不可逆な選択について疑似体験させるはたらきもありそうだ。今クールでお気に入りだったドラマ「ブラッシュアップライフ」(脚本:バカリズム)に、「不倫ってさ、(中略)最後は絶対に誰かが不幸になって終わるでしょ?」という台詞があった。「The Son」のピーターも、離婚と再婚という元に戻すことができない選択をし、そのことをニコラスから非難される場面もある。「ブラッシュアップライフ」は人生を何度も繰り返すというフィクションゆえに選択もやり直せたが、現実の人生では選び直すことのできない重大な決断に直面することが多々ある。「あの時違う選択をしていたら、今頃どうなっていただろう」という誰にもである後悔と虚しい空想を、フィクションの形で実現してくれるのも映画やドラマの効用のひとつかもしれない。