「知りもしない写真家の内面を大仰に言われてもねぇ」美と殺戮のすべて クニオさんの映画レビュー(感想・評価)
知りもしない写真家の内面を大仰に言われてもねぇ
薬害を根拠に美術界への莫大な寄付を拝受した施設をターゲットにピケ活動を実践する。要するに汚い金を尻尾巻いて受け入れるな、一件正当に見える論理。ですが、薬害であれば真っ先に起こすべき運動相手は違うでしょ、警察であり保健に関する役所であって、百歩譲って不買運動でしょ。ご自身がアートの方だから? 開館中に集団で押しかけ、一斉に空ボトルをまき散らし、盛大にチラシを舞い上げ、真っ赤な横断幕を掲げる、一般の閲覧者たちの迷惑顧みず。最近もあったルーヴル美術館で環境活動家らが「モナ・リザ」に向かってスープを投げつけるという事件、「健康で持続可能な食べ物」の権利を主張してとか。ヒトラーに愛されたワーグナーの曲に罪はあるのか?に近い、としか言いようがありません。
そもそも彼女の事を何も知らない私達、世界的に名高い写真家ナン・ゴールディンと言われても。彼女の作品は当然に画面に登場するけれど、前世紀末のポップカルチャーの危なさを抱えた写真で、良いも悪いも見当つきません。で、冒頭から本作の縦軸としてこの活動が縦断的に挿入され、最後にはメトロポリタンに引き続き、大英やらルーブルやらもサックラー家の名を削除し、よかったよかったと成果を描く。けれど名を消して、受け入れた財産は返却したのかまるで不明。そこまで言うなら大英博物館なんてアフリカ大陸等から強奪した宝物がごっそりあると言われてますよね。
この活動の根底にあるのが彼女の生い立ちにあると述べる。些かエキセントリックにも感ぜられるけれど、彼女の両親が子を持つべき人物ではなかった、とまで言ってのけるのは傲慢にしか聞こえない。写真のみならず映像でも登場する一家はどこにでもあるフツーに問題も抱えた家族写真じゃないですか。さらにレズビアンを苦に自殺した姉の影響をあげる。その余波で里子にも出されたとか。さらに80年代から90年代のポップなシーンでのゲイカルチャー、そしてHIVポジティブによる死者への共感。写真機材の財源確保のために娼婦にすらなった過去まで言う。久しぶりに聞くジョン・ウォーターズやディヴァインの名まで引用し、ケバケバしいドラッグの世界にどっぷりと浸かる姿を映し出す。
だから何なの? 「シチズンフォー スノーデンの暴露」で第87回アカデミー長編ドキュメンタリー賞を受賞したローラ・ポイトラス監督だから本作も素晴らしい? なんて気負いでしかない。数回に渡ってスライドショーとして彼女の写真が次々と映し出されるが、写真の凄さは動画にはない切り取った一瞬の真実こそにある。こんなドキュメンタリー動画なんぞより、彼女の作品写真集を見るべきでしよ。「All the Beauty and the Bloodshed」なんて大仰なタイトル、まさに羊頭狗肉ですね。